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第17話 優しさにふれて

 さんさんと降り注ぐ太陽を浴びながら煌く海を眺め、春樹は座り込んでいた。


 海の家はもう目と鼻の先であるが、今朝見た夢のせいか気力というのが湧かなかった。ぼんやりと海を眺めながら、忘れてはいけないことなのかと眉を寄せる。



「春樹、何やってるの」



 そうやって声をかけてきたのは棗であった。彼も海の家へと向かう途中だったようで、春樹を見かけて声をかけてきたみたいだ。


 春樹がちらりと見遣りながら膝を抱えれば、どうしたのさと棗はその隣に座った。



「何もないよ」


「なんか嫌な夢でもみた?」



 そう言われ春樹が目を見開くと、やっぱりねぇと棗は呟く。どうしてわかったのだと言いたげに見れば、彼は「昔もそうだったじゃん」と答える。



「此処に遊びに来た時もさ、嫌な夢見たって言ってへこんでてさ。そうやってた」


「そうだったかなぁ……」



 春樹が「よくそんなこと覚えているね」と言えば、「思い出したからね」と返される。春樹の姿を見て思い出したのだという、こういうことあったなと。


 それで何を見たのさと棗に問われ春樹は黙った。だって彼に言えることではなかったから。言ったとしてどうなるというのだ、これは家庭の事情である。


 春樹ですら関われないことなのだからと、途端に黙っていれば棗は「言えないなら聞かないよ」と呟く。



「誰だって知られたくないことってあるからな」



 そんなことを無理矢理聞いたりはしないさと棗は笑いかける。本当に彼はよく出来ているなと思った。元気で明るくて、それに比べて自分はどうだろうかと考えてなんだが虚しくなってくる。



「棗って悩みあるの?」



 悩みなどないといったふうには見える姿に春樹の口からは言葉が零れていた。あっと思った時には遅く、棗は目瞬かさせている。


 つい出てしまった言葉に春樹は驚くも、言ってしまったものは取り消せない。なんとも言いたげにじとりと見遣れば、そうだねと棗は空を見上げた。



「おれさ、学校辞めたいって思ったんだよね」


「え」


「その時さー、死んでやろうかってなった」



 棗の言葉に春樹は信じられないといったふうに凝視してしまう。そんな驚くことでもないだろと彼は笑うと今はそうじゃないと言い足した。



「嫌だったんだよ、学校の奴らの考え方が」



 何かあれば調子に乗っている、気味が悪い、根暗だ、邪魔だと影で囁く。賛同しなければ除け者にされ、標的になる。


 なんでそうやって他人を追い込んでいくのだろうか、自分のやっていることが正しいと本気で思っているのだろうか。そんなものが正しいのならば、こんな世界にいたくはない。



「でもねー、死ぬの止めたんだわ」


「どうして?」


「馬鹿らしくなった」



 あいつらのせいでどうして自分が死ななければならないのだ。自分の人生をあいつらによって、終わらせられるのが正しいことなのか。


 どうして人生を無駄にしなくてはならないのだ。これは自分の人生だろう、あいつらのものではない。棗は吐く、あいつらにくれてやるものなどないと。



「だから、死ぬのやめた。学校にも行ってるよ、ちゃんと」



 居心地が良いかと問われるとそうではないけれど、あいつらにくれてやる人生はないのだから、気にすることはない。そう考えるようになってから生きやすくなったと棗は笑う。



「そうだ。春樹もおれの通ってる学校に来るか?」


「え……」


「今の学校、行きたくないんだろ?」



 何でそんなことが分かるのだと見遣れば、棗に「あの時のおれに似てたから」と返された。



「嫌な学校なんてさ、無理して行くもんでもないよ。別の学校に移るなり、なんなり出来るんだからさ」



 やり直しはきくのだからその学校に固執することはない、逃げていい。棗ははっきりと言い切る。そんなもののために人生を無駄にすることはないのだ。


 これは考え方は一つの答えなのかもしれない。自分には考えもつかないことだなと春樹はは棗を見つめる。彼はきっと強いのだ、自分より。



「……考えてみる」



 どうせ自分は此処に住むのだから、転校というのを考えていいかもしれない。あの学校にはとてもじゃないが戻れそうにはないのだから。春樹の返事に棗は考えてみるといいよと、明るい表情をみせる。



「そーいえばさ、龍玄さんと出会ったのってあの砂浜?」


「……そう、だけど」



 それがどうしたのだと春樹が言えば、聞いてなかったからと返される。彼とどう出会ったのか、そういえば言っていなかった。ただ、綺麗な龍と美羽という子と泳ぐ約束をしてしまったと簡潔に話しただけだ。


 龍玄の見回る場所だからそこしかないよねと棗は話す。彼も知っているようで、そういえば有名なのだっけと春樹は思い出した。



「有名って言ってたよね、彼」


「だって龍玄さんは海の神様にこの土地を任された龍だからね」


「ふぁっ!」



 春樹の反応に「知らなかったの?」と棗は目を瞬かせる。そんなもの聞いたことなかったぞと春樹が言えば、知ってると思ったと返事がかえってくる。それだけこの港町の住人には当たり前のことらしい。


 この港町は海の神様の加護がいただいて繁栄している。そんな神様からこの土地を任されている龍は、海を見回ることで鮫などの被害を受けないようにして、海難事故や海での自殺も減っているのだという。


 それを聞いてなるほどと、春樹はだからあの時に止めに入ったのかと納得する。



「夜に出歩けば出逢えるからね、あそこなら」


「う」


「あー、いいよいいよ。話さなくても」



 夜に出歩くなんて何かあったのだろうからねと棗は話さなくていいという。話さなくていいと言われて春樹は俯く。彼ばかり自分のことを語ってくれているなと。


 なのに自分は何も話していないくて、それはなんだが不公平な気がした。棗を横目で見遣ればなんとも思っていない表情だ。



「海に入ろうと思ったんだ……」



 春樹は口を開いた。たったその一言だけで棗は察したようになるほどねと頷く。



「学校で苛めれてさ……親は離婚するとかで毎日言い争って……」



 ぽつり、ぽつりと零していく。学校でのことを、親とのことを。棗は黙ってその話を聞いてくれた。何か意見を言うわけでもなく、ただただ吐くその言葉を聞いてくれた。



「みんな勝手なんだよ、僕のことなんて考えなくて」


「そうだね、生き物って勝手だと思う」



 相手のことよりも自分のことが大事で、身を守ることを優先して、他者を攻撃することしかできない。全員が全員そうだとは言わないけれど、そういった人間が目立ってしまう。


 春樹の周りには助けてくれる存在がいなくて、此処に逃げてきてやっと落ち着けたのだ。祖父母も棗も龍玄もみんなあいつらとは違っていた。



「逃げていいっていってくれたの、棗ちゃんと龍玄さんだけだよ」



 逃げることが悪いことではないと龍玄は言ってくれて、やり直しがきくのだからそんな学校からは逃げていいと棗は言った。そんな言葉をかけてくれたのは祖父母を除けば二人だけだ。


 学校に行かなくなれば父は叱り、母は邪魔だと言った。どうして行けないんだ、そんなことでと毒づかれて邪魔者扱いをした。



「逃げていいんだぜ、春樹」



 棗に優しく微笑みかけられて、春樹は零れる涙を拭いながらうんと頷いた。

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