「あんたが悪い!」
「そっちが悪いにゃ!」
しゃーっと花音は鳴くと、弥生はやんのかおらとテーブルを叩く。睨み合う二人に挟まれながら春樹と棗はそれを眺めていた。
二人の喧嘩のきっかけは、テーブルに置かれているものに原因があった。綺麗に割れた湯のみがぽつりと置かれてあるのだが、それは宗司のお気に入りのもであった。
どうしてそれが割れているのかと言うと、少し遡る。営業も終わり片づけをしたあと、弥生が宗司にお茶を出そうとしたのが始まりだ。花音が「わたしが淹れる!」と割って入ってきたのである。
そこからは湯のみの奪い合いであった。わたしがわたくしがと取り合い、手を滑らせた二人によって、湯のみは床に叩き付けられた。その光景を見ていた春樹と棗は思わず額を押さえてしまったほどだ。
もちろん、その場には宗司もいたわけだが気にしている様子はなく、怪我は無いかと叱るでもなく二人を心配して、今に至る。
宗司は電話対応で席を外しており、もう帰ってもいいのだが棗はハクが迎えにくるようだ。春樹も龍玄が来るのを待っているのだが、その間ずっと二人が言い合っている。
「棗もそう思うだろ」
「棗ちゃん!」
「どっちも悪い」
ぴしゃりと棗は言い放つ。湯のみをもって喧嘩するほうが悪いのだという言葉に春樹も同意するように頷く。そう言われてしまうと二人も何も言い返せないのか、うっと言葉を詰まらせていた。
好きな気持ちは分からなくもないが、周囲をちゃんと見なくてはならない。一歩間違えれば、怪我をしていたかもしれないのだからと棗に注意されて二人はしょんぼりと肩を落とす。
「宗司おじさん好きな気持ちは分かるけどさ。周囲に迷惑かけたらだめだよ」
「棗はいいじゃないか、ハクと相思相愛だろう!」
「それ、大きい声で言うのやめてくれ?」
外に聞こえたらどうするのだと棗が嫌そうに顔を顰めれば、弥生はいいや言うねと指を差す。
「日頃からイチャイチャして! わたくしだって宗司さんとイチャイチャしたいんだぞ!」
「そうにゃ、そうにゃ!」
二人の関係を羨ましく思わないわけがないだろうと、弥生は前のめりになりながら言う。それに同意なのか、花音まで加勢してきた。棗は面倒なことになったぞと眉を寄せる。
こうなった二人の共闘は凄まじい。そのイヤリングも彼らか貰ったのだろう、送り向かいまでしてもらってと、羨ましく思っていたことを上げていく。
二人はだんだんとテーブルを叩いている、自分たちもそうなりたいと嘆きながら。なんという光景か。春樹はフォローもできず、ただそれを見守るしかなかった。
「おう、羨ましいだろ?」
「自慢か!」
「いや、自慢ではない。つか、ハクとは付き合ってねぇし、付き合うかどうかはあいつの頑張り次第だろ」
「愛されてるからって上から目線にゃ!」
棗はもう付き合うのも面倒なのか、返事がだんだんと適当になっている。その言葉は彼女たちの火に油を注ぐものではないか、春樹がひやひやしていると、テーブルを叩きながら二人が立ち上がった。
「今日という今日は決着つけようか、棗!」
「そうにゃ!」
「相手から想われている時点でおれの勝ちだろ」
棗がばっさりと切り裂けば、うっと弥生は胸を押さえ、メアリーはにゃっと小さく鳴く。
全く持ってその通りだなと春樹でも思った。どうあがいても棗に二人は敵わない、相手に想われているのだから。
「は、春樹ちゃんはどっちの味方にゃ!」
「えぇ、僕!」
花音の言葉に春樹は自分を指差せば、そうにゃと鋭い眼差しを向けてきた。
そんな瞳で見られても、正直に言えば二人の味方にはなれない。かといって、棗の味方かと問われるとそうとは言えず。
「春樹、放っとけ。こいつら学習しないから」
「酷い!」
「酷いにゃ!」
一途に想われているからっていい気になるなと二人に言われても、棗は平然と「告白してから言え」と意に介さず。
まず行動してからにしてくれと言われては、弥生も花音も言い返せない。
「ハクと比べるなら、あいつのように毎日告白して来い。そしたら少しは気が引けるかもしれないぜ」
「うぅ……」
「てか、この話そろそろやめた方がいいのでは。龍玄さんやハクさんがそろそろ……」
「オレがどうかしたか?」
その凛とした声に春樹は飛び上がるように後ろを振りかえれば、こちらを見見遣る龍玄と、なぜか胸を押さえているハクがいた。二人を見て全てを察したのか、棗は龍玄にいつ来たと問うた。
「俺は今さっきだが、ハクは先に来ていたぞ」
「あー、なるほど。じゃあ、さっきの話は聞いていたってことか」
棗ははぁと溜息をつくとテーブルに頬杖をついた。
「棗! 付き合えるかはわしの頑張り次第というのは、ほ、本当か!」
「そうだな。ハクの頑張り次第では考えてやるよ」
「よかったな、ハク」
もう少し頑張ればいけそうじゃないかと龍玄に言われて、ハクはテンションが上がったように元気の良い返事を返していた。棗は「自重って知ってる?」と彼に言うけれど、聞こえてはいない。
「ぐぅ、棗が羨ましい」
「ほんとに羨ましいにゃ」
「お前ら二人はさっさと告白してこい」
いつまでも行動に移さないほうが悪いと棗にはっきり言われて、ぐさりと胸を刺された二人はテーブルに突っ伏した。
もう何も言えないようで、うぅと呻っている姿というのはなんとも可哀そうな光景だったけれど、春樹にはただ見守ることしかできなかった。
***
仄暗い室内が月明かりでぼんやりと照らされているのが目に留まる。ぼんやりとした頭にリビングから聞こえる言い争う声が響いて、部屋を出る。
ゆっくりと足音をたてずに忍ばせて扉から顔を覗かせれば、荒れるリビングの中心に立つ男と女。表情は恐ろしく歪んでおり、睨み合っている。
「お前が引き取ればいいだろう!」
「どうして私なのよ! アナタが引き取りなさいよ!」
子供の世話は女がするべきだろう、そんなの偏見よと男女は言い争っている。あぁ、またこれかとその光景を眺めながら思う。そんなふうになるのなら、どうして産んだのだ、僕を。
そっと扉から離れると寝室へと戻っていく。聞こえる怒号を背に溢れる涙など気にするわけでもなく、早く寝てしまおうと。
「あぁっ!」
そこで目を覚まして、春樹は部屋を見渡しながら夢であると自覚する。
(最近、見てないと思ったのに……)
忘れるなということなのか。こんな思い出したくもないことを、忘れるなと神様は言うのか。春樹は顔を覆いながら、どうして楽にさせてくれないのだと愚痴った。
せっかく此処に来て忘れられそうだったのに、考えなくてもよくなっていたというのに。今は何時だろうか、壁にかけられてる時計を見ると春樹は布団から出た。