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第15話 その瞳は反則だと思う

 遊泳時間が終わり、あれだけ騒がしかった砂浜からは人が消え波音が響いていた。すっかりと暗くなってしまったな空を春樹は海の家から出ながら見上げた。星が一つまた一つと瞬き、月がぼんやりと海を照らしていた。


 綺麗な空だなと眺めていれば、海の家の戸口に人影が見えて視線を落とす。



「あ、ハクさん?」


「……君は棗の友人だったね」



 海の家の戸口にハクが寄りかかっていて、その傍には龍玄もいた。春樹は「棗ならもうすぐ出てきますよ」と入り口を指差した。


 それを聞いたハクが指されたのほうを見遣れば、ふわりと欠伸をしながら棗が丁度出てくるとことだった。



「あ、来てたんだ」


「当然だろう!」


「分かってる、分かってる。どこかでご飯でも食べるかー」



 ハクは嬉しそうに棗に近寄る。彼の三尾が犬の尾のようにぶんぶんと振られていた。余程、好きなのだろうなとその様子だけでさっしてしまう。


 凄いなと思いながら春樹が眺めていれば、棗に「春樹も一緒にどうよ」と誘われた。


 春樹は少し考えて首を左右に振った、家できっと祖母が夕飯を作って待っているだろうからだ。



「龍玄さんは?」


「俺は春樹を送っていこうと思う」


「なんで?」



 龍玄の発言に春樹は疑問の声を上げる。送っていかなくても大丈夫なのだがと春樹が不思議そうにしていれば、棗は「そうしたほうがいいかもな」と納得したように頷いた。どうしてそこで納得するのだと見遣れば、「この時期は危険なんだぜ」と返された。



「海水浴で観光客が集まるじゃん。唯一の歓楽街に人とかで溢れるわけ、声かけも増えるんだよ」



 家に帰るにはその歓楽街の近くを通らなくてはならない。酒を呑んで陽気になった人間やあやかしなどが、声をかけてくることがあるのだという。


 特にあやかしは老若男女問わず気に入った人に声をかけるので質が悪い。棗に「春樹はそういうの断るの苦手だろ」と言われて頷くしかない。


 現に今日は何度かナンパをされ、棗や龍玄に助けられている。夜ともなると一目が少ないこともあり、危険性はそれなりに強まるだろう。



「よ、よろしくお願いします……」


「安心しろ、無事に送り届けよう」



 春樹は龍玄に送ってもらうことにした。棗は食事をしたあとにハクが送るらしい。じゃあなと棗は手を振り、ハクとともに砂浜を歩いていった。


 龍玄と二人っきりになった春樹はなんと声をかければいいのか分からず、思ったことを口にした。



「どうして送ってくれるの?」


「どうしてって、夜は危険だろう?」


「いや、そうではなくて……」



 何が違うのだと言いたげに龍玄は春樹を見つめた。その視線になんと言えばいいのかと春樹は言葉を探す。


 送ってくれることが悪いわけではない、どうしてそうなったのかというのが知りたいのだ。そうやって問えば、「危ないからだろう」と何を言っているのだといったふうな返事が返ってきた。



「もし、春樹が一人で帰るのなら危ないだろうと思ったからだ」


「でも、龍玄さんには関係ないじゃん? 僕のことだし……」


「危険だと知っていて無視することは俺にはできない」



 そんなことをすれば、もし本当に春樹の身に何かあった時に後悔すると龍玄ははっきりと口にした。そんなきっぱりと言われてしまうと春樹は何も言えず、もごもごと口篭もる。疑問に思った自分がなんだか申し訳なくなった。


(こういうのをさりげなく出来るところが、良いんだろうな)


 これがイケメンのすることかと春樹は返事の言葉を選んでいる時に思う。悪意も下心もなく自然にやってのける、それが彼の良いところなのだろうなと。



「龍玄さんって優しくて苦労しそう」



 思ったままの言葉が口から零れていた。それを聞いてか龍玄は笑う、確かに苦労はしているなと。口に出すつもりはなかったので、春樹が口元を押さえれば、そんな様子を気にすることはなく彼は言った。



「ハクなんかは放っておけないしな」



 あれは初恋が棗だったのだと龍玄は話す。そのため、どうアプローチをすればいいのか分からず、いつも空回りしているのだとか。


 確かに必死さと好きだというのは伝わってきてはいた。恋愛に関しては彼は初心者で、それでも頑張っているのだという。



「ハクの相談を受けるのはいいが、俺もそんな得意なことではないからな」



 得意でないことなうえに彼の空回る行動に苦労はしていた。それは大変だろうなと春樹は思ったが、得意ではないということに反応してしまう。


 龍玄は人間の春樹から見ても綺麗な龍である。そうなれば、人間であろうとあやかしであろうと彼を好く者が現れるだろう。それだけではない、龍玄だって誰かを好きになることもあるはずだ。



「そんな感じしないなーって思ってたけど」


「なんだ、そのぎこちない感じは。俺だって得意じゃないこともあるぞ」



 春樹の反応に苦笑しながら龍玄は言う、恋愛というのは難しいものだと。相手を好きになったとしても、自分は嫌われているかもしれない。そうでなくとも、好かれるように努力しなくてはならないのだ。


 一方的に想っていても相手に伝わらなければ意味がない。付き合うようになったとしても、好きがずっと続くとは限らないのだ。


 付き合って一ヶ月も経たずに別れるなどよくあることで。その気持ちが本当のものなのか、自身でも分からないという時だってある。


 それはそうだなと春樹も思った。これが恋愛感情としての好きなのかどうか、分からないというのはあるものだ。



「恋愛というのは難しい。相手からの好意を断る時とかな」


「あー……」



 相手からの告白を断る時というのはきついものがある。断ったところでその人物を好きだと慕っていた存在に陰口を叩かれる。告白してきた相手は自身は何も悪くないと、むしろ失恋した被害者だと露骨に悲しむのだ。



「龍玄さんはモテそうだから断るの大変だろうなぁ」


「なんだ、それは。褒めているのか?」



 そうは聞こえないがと言いたげな龍玄に、悪い意味ではないよと春樹は慌てる。ただ、大変そうだなと思っただけなのだ。彼は優しいからそう思わずにはいられない。


 けれど、だからと言って龍玄が良い気になるとは限らない、不快に感じさせてしまうことだってある。そうやって春樹が慌てていれば、気にしていないさと彼は笑う。



「俺以上に良い男など山ほどいるぞ」



 龍の中じゃそれほどでもないさと答える龍玄に、彼がそれほどでもないとすると龍の女性の理想高くないかと春樹は驚いた。


 話を聞くと、どうやら龍の女性というのは、見た目の美しさや性格などよりも強さを求めるらしい。どれだけ強く男らしいかで相手を見極めるのだという。



「俺は腕には多少自信があるが、龍の女性がいう男らしいさというのは無いからな」


「えぇ! 龍玄さんって体格は良いほうじゃん!」



 龍玄の体格は良い方だ。背丈も高く芯が通っている立ち振る舞いで、着物からでも程よく筋肉がついているのが分かる。


 人間からしてみれば十分すぎるほどだというのに、龍の女性は目が肥えているらしい。そういえば、龍の女性が人間と付き合うことが少ないと聞いたが、これが原因なのかと春樹は納得する。



「なんというか、あやかしの基準ってこうも違うものなんだなぁ……」


「全く違うぞ」



 人間にも基準というのがあるだろうと龍玄に聞かれて、それはあるなと春樹は頷いた。容姿や性格、家柄など人によって様々だ。


 春樹にもあるだろうと言われ、うーんと考える。これといって自分のタイプというのを考えたことがなかったので、ぱっとは思いつかなかった。


 強いて言うならば優しい人だろうか、細かいことを気にしないという点もできればほしい。あとは間違ったことさえしなければいいかなと春樹が答えれば、龍玄はなるほどなと腕を組んだ。



「春樹は理想が低いほうだな」


「え、そうかなぁ」



 これでも高いような気がしなくともないのだが、それでも低いほうだと龍玄は言うのだ。人間だけというわけではないが、自分が聞いた中では低い方である。どんな理想を聞いたのだと問えば、いろいろあるぞと話してくれた。


 まずは容姿が良い、これはよく聞くことである。それに合わさるように優しさを求め、さらに頭の良さも兼ね備えてほしいという。家柄もよくお金もあると尚のこと良い。


 上げつられる条件に春樹は眩暈がした。なんだ、その理想の高さは。それを求める女性あるいは男性は、自分のことを棚に上げて言ってはいないだろうな、春樹は額を押さえる。


 とてもじゃないが自分はそこまで理想高く求めることはできない。自分自身が大した人間でも、よく出来た男でもないと自覚しているからだ。


 龍玄はこれを聞いて呆れたらしいのだが、それはそうなってもおかしくはないと春樹は頷く。



「それに比べれば春樹は低いほうだ」


「それと比べられたら低いとしか言いようがないよ」



 比べる対象が強すぎるだろうと言えば、一番インパクトがあったからなと返された。インパクトはあるけれど、もっと他にもあっただろうに。春樹はそう言いたげな表情で龍玄を見れば笑い返されてしまった。


 よく笑う龍だなと春樹が見遣れば、ワンワンと犬の鳴き声が響いた。はっと周囲を見渡せば、もう家の前で。愛犬のひじりが龍玄を見て吠えている。春樹が「ここが僕の家だから」と門を開けた。



「今日はその、ありがとう」


「気にすることはない」



 当然のことをしただけだと龍玄は何でもないといったふうに答える。その表情が眩しくて、春樹は目を合わせることができなかった。



「明日もだろう? どうだ俺が送って帰ろうか?」


「え、いやそれは流石に……」



 龍玄の申し出に春樹は断ろうとする。そう毎日してもらっては申し訳ないと思ったのだ。それにしてもらう理由いうのがない。危険であるのは理解しているけれど、それよりもどうして彼がそう言ってくれるのかのほうが気になった。


 そう問えば、夜道が危ないことを知っていながら放ってはおけない、そう答えがかえってきた。そういえば、さっきも同じようなことを言っていたっけと春樹は思い出す。彼は優しいのだ、だからそうやって言ってくれる。



「龍玄さんってほんと、優しいよな。でもだいじょ……」


「駄目か?」



 でも、大丈夫だ。そう断ろうとして春樹は開いた口を閉じた。眉根を下げて、駄目かと聞く龍玄の寂しげな瞳から目を離せない。



「……じゃあ、お願いしようかな」



 そんな瞳で見られては断れないじゃないか、春樹はその申し出を受け取ることにした。


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