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第13話 悩みってこのことかぁ

「焼きそば二人前です」



 そう言って春樹は焼きそばをテラス席に運ぶと一礼して奥へと引っ込んだ。人の多さに春樹はげんなりとしていた。注文をとり間違えそうになったり、あやかしの男に声をかけられたりと良い事がない。


 間違いは自分の失敗なのでどうしようもないのだが、声かけというのは断るのが苦手な身としては大変である。中性的な顔立ちである春樹はあやかしによく声をかけられていた。


 男だと性別を伝えても、あやかしには男だろうと関係ないので通用しない。棗が間に入ってくれてなんとかなったが、もう嫌だなと表には出たくなかった。


 奥へと戻ると棗にかき氷の乗ったトレーを渡される。指示された通りに春樹は運ぶと、笑みを作りながらお待たせしましたとかき氷をテーブルへと置く。


 笑みをみせるのも苦手だ、ぎこちなく作り笑みであることは見ればわかってしまう気がしてならない。


 それでも笑みを作りながら春樹は接客していく。今のところ失敗は注文を間違えそうになったぐらいで、客に叱られるということはなかった。


 人が減ることを知らない店内を眺めながら、はぁと小さく溜息をつく。早く終わってくれないだろうか、奥へと戻りながら思う。



「春樹ちゃん、呼び込み交代してくれるかにゃ?」



 花音は看板を持って春樹にそう声をかける。交代の時間であるが、弥生も棗も接客対応をしているため手が離せないようだ。春樹は接客よりかは幾分か楽ではないだろうかとそれを了承すると看板を受け取った。


 海の家の前に立つと看板を掲げながら、よかったらどうぞーと声を出す。ずっと声を出しているわけではなく、人が近くを通ればどうですかと持ち帰り用の列を指すといった感じだ。


 声をかけるというのは思った以上に大変だ。恥ずかしいとかではなく、勇気がいる。訝しげに見られたり、あしらわれたりと地味に心にくるのだ。


 そうやって看板を持ちながら何度目かの溜息をついていると肩を叩かれる。びくりと春樹は後ろを振り向けば、二人のあやかしの男がにやついた笑みをみせていた。角が生えていることから鬼のようで、若くも見える彼らは馴れ馴れしく話しかけてくる。



「ねー、可愛いね。ここで働いてるの?」


「休憩時間いつ?」



 二人の鬼は春樹を挟むように立つ。これはまた絡まれたと春樹は「僕、男です」と一応、伝えてみる。けれど、鬼の二人は気にした素振りもみせずに「ねぇどうなの」とは話しかけてきて、春樹は答えられず口篭もる。


 此処はきっぱりと言うべきなのだろうが、相手がナンパ慣れしているようで、春樹が言葉を発する間もなく質問攻めをしてくる。それに反応できずどうしたらいいのか、パニックになっていた。


 ただでさえ、こういったことに耐性があるわけではないというのにこの状況なのだ。逃げようにも挟まれておりその隙を与えてはくれない。どうしよう、どうしようと頭で考えるもどうしていいのか分からない。


 どうやら自分はあやかし受けする顔立ちらしい。可愛い可愛いと褒めてくる鬼たちに春樹は「可愛いって言われて嬉しい男は少ないと思う」と言葉が出かけた。もう無視して建物に逃げようか、そんな考えが過る。



「春樹ではないか」



 凛としたな声が耳に届く。声のしたほうを見遣れば、そこには龍玄が立っていた。いつものように白と青の鮮やかな長い髪を揺らし、藍の着物を纏う彼が微笑みかける。


 二人の鬼は龍である彼を見て一瞬だが怯んだ。それを見て今しかない、春樹は駆けると龍玄の後ろへ隠れ抱き着いた。



「どうした、春樹」


「ぼ、僕には約束していた相手がいるので!」



 龍玄の言葉など無視して春樹はそう言えば、鬼達ははぁっと口を開けて二人をを見比べる。



「……そうだな、約束していたな」



 状況を察したのか龍玄は春樹の頭を撫でた。すまないが引いてはくれないかと、龍玄は男達に強い眼差しを向けた。


 睨むというほどではないがその眼力に鬼達はうっと一歩引く。龍の威圧というのを感じたようで敵わないと判断したのか、ぶつぶつと文句を言いながら走っていってしまった。


 二人がいなくなったことを確認し、春樹はふーっと息を吐く。やっといなくなってくれたと胸を撫で下ろした。



「大丈夫だったか、春樹」



 龍玄は背後に隠れる春樹にそう問う。春樹は自分が抱き着いていたことに気づいて、ばっと彼から離れた。必死だったとはいえ抱き着いてしまったと、子供っぽくて少しばかり恥ずかしくなる。



「どうした?」


「い、いや、なっなんでもない! あ、ありがとう龍玄さん」



 恥ずかしさを誤魔化すように、手をぶんぶん振りながら春樹がそう返せば、大丈夫ならいいがと龍玄は不思議そうにしていた。



「何、お前に人間の恋人がいたのか?」



 二人の様子に突っ込むようにそう声がした。ばっと振り返れば、白雪のような髪を短く切り揃えている、青年の姿をした男が漆黒の着物に不釣り合いなジュースを飲んでいた。狐耳をぴくりと動かし、三尾を揺らして紫紺の瞳を春樹に向けている。


 えっと春樹が固まっていれば、龍玄が「ハク」とその男を呼ぶ。



「この子が人間の春樹だ」


「あぁ、泳ぎを教えてるってやつね」



 どうやら龍玄の知り合いのようだ。春樹は慌ててぺこりとお辞儀をすれば、ハクは観察するように眺めながらふーんと頷く。



「お前、こういうのがタイプなのか」


「なんだ、春樹は可愛いだろう?」


「あの子のほうが可愛いだろうが」



 ハクははっきりと言い切る、あの子のほうが可愛いと。何のことを言っているのだろうかと春樹は二人の会話に入っていけずに見上げる。



「うげ、ハクじゃん」


「棗!」



 その声に反応したハクの表情がぱっと明るくなるが、声の主である棗は露骨に面倒そうな表情をみせていた。どうやら二人も知り合いらしい。春樹が棗を呼べば、かき氷を二つ手に持ちながら彼は近寄ってきた。



「どうして二人がいるんだよ」


「え、知らない……」



 春樹はさっきあった出来事を話すと、棗は龍玄へと目を向けた。首を傾げる龍玄に「どうして此処にいるんだよ」と棗が問えば、「ハクに誘われたんだ」と答えが返ってくる。



「ちょっと付き合ってくれと言われてな。俺も予定は入っていなかったんで、その誘いにのったのさ」


「棗がいると聞いては行くしかないだろう!」


「いや、来なくていいから」



 ハクの勢いを止めるかのようにぴしゃりと棗は言い放つ。冷たいというほどではないが、軽くあしらう棗をものともせず、ハクは今日は一段と可愛いねと親指を立てた。それを無視するように棗は春樹に「休憩入っていいってよ」と告げる。



「照れるなよ、棗」


「照れてないからな。春樹、かき氷食べない?」



 そう言って手に持っていた苺シロップのかき氷を手渡してくるのだが、その間も「照れる棗も可愛いぞ」とハクは言っている。


 そんな彼など目もくれずに話す棗に、春樹は困惑しながらも「大丈夫なのか?」と小声で聞けば、若干疲れている様子で「まぁ」と返事が返ってくる。



「おれがバイトやめた理由、こいつが原因だから」


「うぇっ!」



 棗は近寄ってくるハクをしっしと掃いながらかき氷を口に放った。ハクというのは棗の親戚のお姉さんの旦那の親族らしい。龍玄が祖父と親しいように、ハクも親戚の集まりで出会った。


 最初に出会ったのは結婚式の日である。その時に軽く挨拶を交わしただけだったが、二回目の親戚の集まりでハクは動いた。まず、直球で棗に告白をした。どうやら結婚式で挨拶を交わした時に一目惚れしたらしい。


 けれど、棗からしたら殆ど知らない相手である。あやかしだとか性別とかは気にしないが、全く知らない存在といきなり付き合えるわけもないので棗は丁寧にその告白を断ったのだ。


 それで諦めてくれるかと思ったが、まずはお互いを知ろうとハクが事あるごとに現れてはデートに誘ってきた。


 ストーカーというほどではなく、棗が嫌だといえば引き下がるし、付きまとったりもしない。手も出してきてはいない上に強引なことはしなかった。



「懐かれたんだよ」


「いや、恋愛対象として見られてるじゃん!」


「そーだなー」


「棗! そのピアスつけてくれたのか!」



 ハクが興奮したように棗の耳につけられている貝殻のピアスを指差してきたのを、彼は面倒くさげに対応する。



「つけなかったら泣きつくだろ」


「泣く、全力で泣く」


「一途ではあるんだよなぁ」



 棗はかき氷を食べながらそう呟くと春樹の肩に腕を回してハクから数歩離れてから背中を向けた。何とも言いがたいその表情に春樹はびくりと肩を振るわせる。



「愚痴りたいって言ってたのあれ」


「あ、なるほど……」



 諦めたような、もうどうでもいいといったふうな眼を向ける棗に察してか春樹は同情した。



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