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第12話 これは確かに大変だ

 海水浴場は人間やあやかしが多く訪れており、人の波ができていた。出店もちらほらとあり、海の家であろう建物を見遣れな人の列ができている。


 棗はを春樹を連れ、海の家までくると裏のほうへと周る。勝手口の扉を開けて、おじさんと呼べば「おーう」という声と共に調理場から顔がひょっこりと現れる。


 野生的ではあるが若く見える茶髪の壮年の男は棗と春樹に目を向けると、更衣室で着替えてこいと顎で奥を指した。言われた方向を見れば狭いながらに小部屋があるのが窺える。


 棗は返事をするとその小部屋へと入っていった。春樹も中に入ればロッカーが四つほどあるだけの細長い室内、とても広いとは言えない。部屋の隅に大型の扇風機が一つあるだけで、それも意味を成しておらず蒸し暑かった。


 狭いなと思いながら室内を観察していると、棗が「春樹はおれと一緒な」とロッカーを開ける。どうやら他三つは使用済みらしい。言われた通りに用意された水着に着替えると、棗からこれとカチューシャを手渡された。


 兎耳のついたカチューシャに目が点になる、なんだこれはと。棗は「男はまだマシだよ」と遠い目をしながら説明してくれた。 どうやらおじさんの提案のようで。


 客を集めるなら目を惹くほうがいいだろうと、コスプレ道具を発注したのだとか。それを知った手伝う予定だった親戚が、そんな恥ずかしいことできるかとやめていったのだという。



「女子はメイド風水着だからね」


「うわぁ……」


「だから、おれらはまだマシ。兎耳と尻尾をつけてればいいんだから」



 そう聞くと男子はまだ良いほうに感じた春樹は渡された兎耳のついたカチューシャをつけた。尻尾も水着にくっつけると、棗に連れられて更衣室から出る。


 この海の家は室内とテラス席のあるそこそこ大きい店舗であった。海の家というのを見たことがあるわけではない春樹はきょろきょろと周囲を見る。


 室内には人や妖狐、鬼などのあやかしが休んでおり、テラス席のほうにも数名いるのが窺える。持ち帰りの客の方が多いのか、外の販売口には人が並んでいた。



「あ、やっときたのね」



 そう声をかけられて春樹は振り返ると眼鏡を掛けた長い白髪の少女が二人の後ろに立っていた。メイド風の水着であることから同じバイトをしている人だろうことは分かる。棗は「ごめん、弥生」と遅れたことを謝りながら手を合わせる。



「あ、春樹。この子は弥生、親戚でおれらと同じ高校三年生の妖狐と人間の子だよ」



 妖狐と人間の子と聞いて春樹はつい、弥生を観察するように見てしまう。見た目は人間と変わらず、よくある動物の耳や尻尾などはついていない。



「わたくし、妖狐の血が濃いから妖力で耳と尻尾を隠せるの。今は邪魔だから隠しているだけよ」


「そ、そうなんだ。ごめん、じろじろ見ちゃって……」


「気にしないで。よく言われるから慣れてるの」



 ちなみに父親が妖狐なのよと白髪の髪を靡かせる。この髪の毛だけは妖狐特有の毛艶らしく、毎日の手入れがかかせないのだと弥生は教えてくれた。触ってみれば分かるわよと髪の毛を掴んで春樹に見せる。


 恐る恐るといったふうにその髪に触れると人間の毛と感触が少し違っていた。例えるならなんだろうか、そうだひじりの毛並みに似ている。春樹なるほどと頷く、これは確かに違うなと分かる。



「なーにやってるにゃ! さっさと持ち場にもどりな!」



 春樹が弥生の髪の毛を触っていると背後から棘のある言葉を吐かれる。声のしたほうを見遣れば、灰髪の猫耳と尻尾を生やしたメイド調の水着を着ている少女が立っていた。


 毛足の長いもふっとした猫のあやかしはまったくと、ぶつぶつ言いながらこちらに近寄ってくる。



「五月蝿いわね、花音」


「五月蝿いのはアナタにゃ、弥生」



 ぎろりと睨み合う瞳からはばちばちと火花が散っているように見える。棗が「すぐに持ち場に戻るから!」と慌てて間に入った。


 それでも二人は睨み合っており、いつ喧嘩するか分かったものではない。これが棗の言っていた問題のあるバイトなようで、仲が悪いということかと納得する。これは二人だけにはしておけないなと。



「今日は随分と綺麗に化けているのねぇ。まぁ、化け猫だしちゃんと化けられないと名が廃るわよねぇ」


「化けるのが上手くて御免んさいねぇ。アンタは妖狐の血を継いでるくせに化けれないもんにゃぁ」



 化ける必要なんてないからいいのよと弥生は自信ありげに鼻で笑う。猫に負けるわけないでしょというようで、花音は「猫の時も可愛いからいいんだにゃ」とこれまた得意げに返す。


 こんなに仲が悪いものなのかと春樹が棗のほうを見遣ればはぁと溜息をついていた。



「えっと、仲悪いの?」


「いろいろあったんだよ……」



 ひそひそと棗は答える、昔はそんなこともなかったのだと。きっかけというのがあったのだろうと春樹が問おうとした時だ。



「花音、弥生。喧嘩せんと仕事してくれー」



 おじさんが調理場のほうから顔を覗かせる。すると二人は「ごめんなさーい」と、少し高めの声で返事をしていた。


 あんなに睨み合っていたというのにその瞳は柔らかなものへと変わっている。その豹変振りに春樹が驚いていると、棗が「原因はあれ」とおじさんを指差した。



「宗司おじさんに二人は惚れてるんだよ」



 宗司が好きな二人は恋のライバルのようだ。そのせいなのか奪い合うように日々、宗司に付きまとっているらしく、棗は二人の変わりようには慣れてしまっているようだ。



「もしかして、恋愛事情って……」


「この二人だよ」


「ですよねー」



 直ぐ見れると言っていたのはこのことか。春樹は二人を眺めながらこれに巻き込まれるのは嫌だなと表情を引きつらせた。




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