「日向ってなんか調子乗ってるよね」
茶髪の女子生徒がそう言えば、隣に居た金髪の女子生徒が同意するように頷く。化粧を直しながら鏡を見ている女子生徒が、げらげら笑いながらわかるわぁと返事をする。
「あいつ、男の癖に髪を伸ばしてるしさ」
「あやかしなら分かるけど、人間で長髪とかないわー」
「可愛い顔してるからってさぁ。なんか、あやかしから人気あるしぃ。男の癖に女々しいよねぇ~。ほんと消えてくれないかなぁ~」
「そんな大きな声出したら聞こえるし~」
ぎゃはははと女子生徒は笑いながらちらりと後ろの席を見れば、一人縮こまるように俯き文庫本を読んでいる生徒がいた。何も聞こえていないというふうに本を読む彼にに向けて女子生徒は喋る。
「だいたい、春樹って何? 見た目と名前合ってないじゃん」
「それな~」
「名づけた親の顔が見てぇ」
けらけら笑いながら女子生徒は机を叩く。あぁ、またかと春樹は思ったけれど、黙って紙を捲り聞こえていない振りをしながら唇を噛み締める。
やめてくれなんて言えるわけがなかった。彼女たちは自分よりも強いのだ、性格も力も。
どうしてこうなったのだろう。自分の容姿にあやかしたちが可愛いと褒めたからだろうか。他の女子生徒よりも良いなんていう言葉を聞いたからかもしれない。
別に褒められていい気になったつもりはない。好きでこんな中性的な顔立ちになったわけじゃなかったし、女々しくなったわけでもないのだ。
そう言ってやりたいけれど、そんなことをすれば倍になって言い返されるのは目に見れていた。春樹は必死に堪えた、早く終わってほしいと。
突然、がしっと何かに頭を掴まれて、ぐっと力を入れられて顔を上げられないようにさせられた。それでも顔を机につけないように抵抗すれば、ちっと舌打ちが頭上から聞こえる。
「本当にさぁ、生意気なんだよね。消えてくれない?」
ちらりと見えたその瞳は酷く冷めた色をしていた。
***
「うあぁぁあ!」
春樹は悲鳴を上げて飛び起きた。身体中、汗びっしょりで胸が苦しくて、はぁはぁと荒い呼吸を繰り返しながら必死に周囲を見渡す。
箪笥と小さな机が一つあるがらんとした和室の窓からは夕陽が射し込み室内をオレンジ色へと染め上げていた。
夢だ、そう脳が理解するとあんなに苦しかった胸もすっと楽になっていく。呼吸も落ち着いていき、息苦しさも消えて春樹ははぁっと空気を吸って吐くと顔を覆う、またあの夢かと。
思い出したくもないのに気を抜けば甦る、鮮明に映像を再生するように呼び起こされる記憶に嫌気がさす。
「最悪だ……」
あぁ最悪だ、どうして思い出すのだ。好きでこんな名前になったわけではない、好きでこんな顔で生まれたわけではない。
(こんな名前……)
そこでふと過ぎる。
『春樹か、良い名だな』
あの龍の言葉。お世辞などといったふうを微塵も思わせない彼の言葉が耳に木霊する。
「良い名、ね……」
春樹はそう小さく呟くと立ち上がり箪笥を開ける。酷く汗をかいてしまい気持ち悪くて、シャワーを浴びて汗を流してしまおうと下着と着替えにタオルを持って風呂場へと向かった。