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第2話 あやかしと住まう港町

 新田海という港町がある。海が綺麗で海産物がよく取れる田舎町だが、観光客はそこそこ来るほどには有名だ。そんな町でも他と少し違っているところがある。



「いつ見てもすごいな……」



 色鮮やかな鱗やヒレをもつ魚人や厳つい身体の鬼に、狐の耳を生やした妖狐と商店街にはさまざまなあやかしが訪れていた。


 化け狸や猫又といったものから、人の姿をしている龍やろくろ首といったあやかしもいて港町は賑やかだ。都会でもあやかしはいるけれど、ここまで多種多様ではない。


 この新田海という港町は特にあやかしが多く、都会ではあまり見られない魚人や人魚などが特に目立っている。そんな商店街をふわりと肩で切り揃えられた黒髪を靡かせながら春樹は歩いていた。



「おっ、健二さんとこのお孫さんじゃあないか!」


「あ、辰野さん」



 魚屋の店主に声をかけられて春樹は立ち止まった。青みがかった髪を立たせた龍の角を生やした人の姿をした青年は、にこにことしながら声をかけると手招きをする。


 知った顔だった彼に春樹が「こんにちは」と挨拶をしながら近づけば、「今日も暑いね」と照り返す太陽を眺めるように愚痴った。



「もう夏ってかい。こうも暑いとしんどいよ」


「まぁ、七月ですからね」


「おれは暑さが苦手だからねぇ。って、そうだ。どうだい、この町にも慣れたかい?」


「……まぁ」



 春樹の何ともいえないといったふうの返事を気にするわけでもなく、そうかいそうかいと辰野と呼ばれた龍は頷く。


 辰野は春樹が商店街を訪れるたびに話しかけてくる気さくな龍のあやかしだ。春樹の祖父と親しいということもあってか、気にかけてくれて会うたびに声をかけてくれる。


 今日も他愛ない話を交わしていると、辰野はそうだと魚を袋に詰めて春樹に差し出した。これはいつものことで、決まって彼は魚を持って帰らせようとする。


 春樹は毎回、遠慮するのだが「大丈夫、大丈夫」と辰野は袋を押し付けるのだ。その強引さに負けて春樹は仕方なく袋を受け取ってしまう、これがいつもの流れだ。


 今日もまた断れずに受け取ってしまったなと春樹は申し訳なくなるのだが、相手は全く気にしていないので質が悪い。



「健二さんによろしくねぇ」


「ありがとう、辰野さん」



 春樹は頭を下げると袋を持って再び歩き出した。魚を貰ってしまってはあまり長くは外には出ていられない。悪くなってしまっては勿体無いし、申し訳ないと一旦、家に戻ろうと春樹は商店街を抜けた。


 商店街を抜けてわき道を逸れると、海がよく見える家々が立ち並ぶ住宅地へと出て、その細い道を進んだ先に祖父母の家がある。


 平屋の日本家屋の裏手はすぐ海なので、いつでも行くことができるという立地だ。荒い石塀の門を越えて玄関まで辿り着くと一匹の犬が座っていた。


 祖父の飼い犬、ひじりは黒い雑種の雌犬で利口な彼女は、足音で飼い主か他人かを見極めることができる。春樹も来た当初は吠えられてしまったが、今では家族だと認められたようでそれもない。帰ってきたよとひじりの頭を撫でてから春樹は祖母を呼んだ。



「響子おばあちゃーん」



 玄関を開ければ、奥の襖から顔を出した黒髪を一つに結っている年老けた女性と目が合った。祖母の響子は立ち上がりながら返事をし、手に持っている袋で察したのかあらあらと口元に手を添える。



「まーた、辰野さんとこから貰ってきたのねぇ」


「そうだよ、これ」


「なんだ、またか辰坊は」


「おや、健二さん」



 春樹の後ろから現れたのは祖父の健二だ。畑仕事から帰ってきたばかりなのか作業服は泥で汚れていた。首にかけていたタオルで顔を拭いながら健二に見せてみろ言われて、春樹は言われるままに袋を渡す。



「あの馬鹿、こげな高いもん渡しよってからに……」



 中身を確認した健二は額に手を当てる。ちらりと袋の中身をみれば、それは地元でもそこそこの値がする魚であった。


 春樹は種類が分からないが、その魚が割りと値がするのだけは知っている。玄関のほうまでやってきた響子も声を零し、健二は「あとで酒持っていかねば」と頭を掻いていた。



「春樹、どこか行くけぇ?」



 響子に袋を渡しながら「暇じゃろうからどこか連れてったろうか」と提案する健二に、春樹はうーんと考えるてから首を左右に振った。



「大丈夫。一人で海を見てくるから」


「……そうかぁ」



 春樹の返事に健二は寂しげに目を細めて「気をつけてな」と声をかけた。それが祖父なりの気遣いであるのを春樹は分かっていたので、笑みを作りながら手を振ってなんでもないように家の裏手へと回った。


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