「先に断っておきますが、搬送時に僕も君の身元は確認させてもらいぁした。所属高校には連絡済み、保護者の方にも連絡が回っているはずですが、どうやらお祖父さんとの二人暮らしだそうで……?」
「両親はいません」
「なるほど」
俺の端的な返答にあっさりとした相槌を打つと、資料を確認しながら宮内さんは話を続ける。
「腰が悪く長時間席に座っていられないとのことで、この病院に足を運んでもらうことは叶いぁせんでした。誰か他に、ここへ来てくれそうなご家族・ご親戚の方などはいらっしゃいます?」
すぐに思い当たるのは綾姉だが、功を急いだ結果『心配させるようなことはしない』と約束をしていたはずなのにこんな状況を招いてしまっているため、対面するのはあまりにもバツが悪い。
いまだけはどうにも合わす顔がないように感じた。
「……社会人のいとこがいますが、出勤中だと思います。無理に呼びたくありません」
「うぅーん」
宮内さんは渋った顔を見せる。俺としては、そもそも勘弁願いたいことばかりだった。
入院処置となった以上学校への連絡は仕方がないとも思うが、じっちゃんには心配を掛けたくなかったという想いが強い。妙子さんに言われた言葉もあって、ますます自分が親不孝者のようで自己嫌悪する。
全てはしくじった俺が悪いんだけど、だからこそだ。
目を瞑って考え事をしていた宮内さんは「ま、いいか」と首の裏を掻きながら話を次に進めてくれた。
「えぇと、東北の学生だね。どうしてここに?」
「……最後の冬休み旅行のつもりでした」
「勉強は?」
「やってます」
「一人でここにきたの?」
「はい。運転免許を手に入れたのでその練習も兼ねて。志望大学がコッチにあるので慣れようと思ったのと、年末年始までいとこが休みだったので、関東まで彼女に会いに行ったという理由があります」
「ふんふん。綺麗な筋書きだね」
見透かしたようなことをふいに言われて、ぎくりと身の竦むものがあった。幸いにもそれ以上追及されることはなく、心のなかでホッと胸を撫で下ろす。
宮内さんは鞄のなかからタブレットを取り出すと、画面を操作して監視カメラとライブカメラを複合させた事件当時の映像を俺に見せてくれる。
映し出される交差点前広場。俺は食い入るように画面を見つめる。その映像は、俺が腹部を刺されたあとまで続いた。
「……!」
この男女は何者だ――?
彼らはホルンとベイタの間に割って入ると、ベイタに反撃。その後、作り出したゲートでホルンを連れ去る瞬間まで映像では確認することができる。ホルンがベイタの手に掛けられなかったのはほっと安心できる要素だが、まだぬか喜びには早い。彼女の安否を祈る。
あのゲートは、ラーズグリーズが天穹陸から俺を送り出すために繋いでくれたものと同種のものに見えた。
「この人物らに、見覚えは?」
動画の再生が停止されると、次に宮内さんは四人の人物の顔を拡大した画像を俺に見せてきた。ホルン、ベイタ、それから俺も知らない謎の男女。
もちろん動画には俺の姿があったし、拡大した顔画像は解像度が荒いものの、はっきりと特徴は捉えているので『俺は何も知らない』と白を切るのは難しい。
でも、正直に答えることはできない。
あからさまに言い淀む俺を、宮内さんは興味深そうに観察する。
彼はわざと逃げ道を用意するように言った。
「ま、分からないなら分からないでいいんだよ」
「………」
もしもここにいるのが俺じゃなくラーズグリーズだったら、自前の口の上手さを発揮してどうにかこの場を乗り切ろうとするだろうか?
……俺はタブレットに手を伸ばし、動画のシークバーに指を触れる。時間を遡るように映像を早戻しし、言い訳の隙がないかを注意深く探ってみる。
俺の記憶が間違っていなければ……、ここ。
やはり、映像には残っていない。
誘き出すために用意したホルンのデコイは、画面越しにはその姿を映し出してはいなかった。
「見覚えはありません」
「んん? ほんとかなぁ」
「はい。映像で見る通り、突然黒い女が俺に近づいてきて、口論ののち、白い女が割り込んできました。こいつらって、年末に高速道路上で派手にバトルしてたっていう連中ですよね」
「まぁね、うん。そこまで把握してるんだキミ?」
「……気になってテレビはよく見ていたので」
宮内さんは、そうかぁ、と頭を悩ませたように呟く。
「んじゃ、これ」と今度は切り返しの一手として、映像内の俺が当時所有していたスマホの存在に着目した。
「これは何をしていたんだい?」
「最初、深夜の人が少ないスクランブル交差点の様子が撮りたくて写真を撮っていました」
「このシーンで、黒い服装の人物に画面を見せつけているのは?」
「すぐに動画撮影に切り替えて、証拠を残しているぞと脅しの材料にしたんです」
「なるほどねぇ。じゃあ会話の内容はそこに残っているわけだ。動画はいまどこに?」
「スマホは奴に壊されたので、どこにもないです」
「……ハハ、手強いねキミ」
宮内さんは苦笑う。一歩も引かずに俺が言葉を返していくものだから、手を焼くような反応を見せていた。
「うぅぅん……」と重苦しく唸ると、観念したように彼は事情聴取のやり方を変える。
「じゃあ分かった、我々の理念を説明しておこう」
「……はい」
警視庁公安部特異現象対策課。その名前から連想される目的については、それほど想像に難くないが、実際何を業務内容としているのかその実像というのは気になる。
生唾を呑み込んでその回答を待った。
「先日の巨獣災害を機に、日本全土で奇妙な生物が公に観測されるようになったのは知っているね。そして十二月二十七日、東北自動車道上ではまるでハリウッド映画の世界から飛び出したような謎の人物の交戦があった。年明けになるとマスメディアのトップが失踪や不審死」
つらつらと箇条書きのようにされると、これまでに至る日々の非日常さがよく分かる。これが一ヶ月前なら、誰もが想像もしていなかった景色だ。
そして、誰にもこの先の展開を予測することはできない。
「この日本を中心として、いま世界中で起きている出来事は、到底僕らの理解が追いつかない不可思議の連続ではあるが……。だからと言ってただぼーっと指をしゃぶっているわけにもいかず、何らかの対抗策を講じる必要がある。そのために急遽設立されたのが、僕らの部署」
「具体的に何をしているんですか?」
「情報の管理・統制かな。ご存知のように、いまや特異現象についてニュースで報道することすらセンシティブだ。いつ個人レベルでもその牙が剥かれるか僕らには分からない。よって、主に現場を駆け回って聞き込みと、可能であれば口止めを行う。混乱を避け、少しでも多くの情報を集めるのが目的。我々警視庁は、国民の安全をいま一度保証したいだけなんだ」
一般人である俺に対してあけすけになんでも口にする宮内さんは、その幽鬼のようなおぼろげな風貌には似合わず、熱い情熱をもって職務にあたる立派な警察の方なんだと思った。
「だからね」と彼は言葉を繋ぎ、俺のことを確固たる意志を宿した眼差しで見つめて、こう言う。
「僕らに嘘を吐かれるのは困る。志久真くん、キミは本当に彼女たちとは無関係と言える?」
「………」
これが、平時であれば。
一国民としていくらでも協力してあげたいし、協力するべき話だとも思った。
警察官を相手に嘘の情報を流すというのは言語道断で、それが正しくないことだと言うのももちろん理解している。
しかし、俺からすればこの人こそいつか毒牙に掛けられてしまいそうなのが恐ろしく思えた。
俺が半端に情報を渡したことで、もしもベイタや他のワルキューレがテレビ局局長や番組プロデューサーのように襲ったとしたら?
もちろん、それがワルキューレの仕業だと断定できているわけじゃないが、あからさまに人に危害を加えるような行動を取るようになったのは交番や交差点での戦いで分かりきっている。
この秘密は、すでに易々と打ち明けられるものではなくなっているのだ。
……それに。
「はい」
この混迷の時代、いまさら何も知らない一般人が自力で真相に辿り着ける次元はとっくの昔に過ぎ去っているように思う。
妙子さんや、綾姉に吐いてきた嘘とは比較にならない。
俺が情報を渡すことで仮にホルンが興味本位で警察に追われてしまうようになったら、それこそ最悪の事態であると言えた。
「そうか……」
俺の返答を受け、宮内さんは項垂れながら席を立つと懐から名刺を取り出す。
いまは受け取ることができないので机の上に置いておいてもらうことにした。
「ひとまず、ご協力ありがとう志久真くん。退院まで五日間は必ず安静にする話だったよね? また来るよ」
「え、また来るんですか?」
「嫌そうだね」
宮内さんが嫌なのも事実だが、五日間という拘束期限が何よりも不満を覚える要因だ。快復までにはそれくらいの時間を要するのは理解ができるが、身動きが取れないのはつらい。
「でも、この部屋は快適でしょ?」
「ええまあ……」
首を回して周囲を見渡す。俺は都内の病院の個室に運び込まれたみたいだった。清潔でとても居心地がいい。
どうも今回、重要参考人としての価値を見出されたのと、特異現象対策課にまつわるオフレコの話がしたかったからか、数日間のみ費用は向こう持ちでセッティングしてくれたのだそうだ。本来は体力の快復に努めるところ、起床から一時間ほどで事情聴取を受けることになった要因でもある。
渋々と頷いて、宮内さんを見送る。
「また」
宮内さんは会釈すると部屋を出ていった。
病室で一人きりになり、綺麗な天井を見つめてぽつりと呟く。
「ホルン……」
いまは彼女の行方が何よりも気がかりだった。