凄まじい剣戟が響き合う。左手をブラスターに、右手にブロードソードを構えたホルンの奇襲はベイタのことをやや圧倒し、槍一本を取り回す彼女に傷は付けられないまでも防御主体の立ち回りに追い込ませていた。
交戦の合間、時折光の球が放たれ、それは地面に接触すると跳弾するものだから周囲への被害にヒヤヒヤする。幸い器物破損、なんてことにはならず、人体に接触さえしなければ大した影響はまずなさそうだ。
目の前で二人の戦いを見たのはこれが初めてで、その迫力に俺は思わず息を呑んだ。
――しかし、観戦にうつつを抜かしている暇などない。
元が流体金属であるとはとても思えないほど鋼鉄と鋼鉄がぶつかり合うけたたましい音を立て、ベイタとホルンは至近距離での鍔迫り合いに移る。
その拮抗した様子をしかと確認すると、ベイタの隙を狙い澄ましたかのように俺は背後から接近して素早く手を伸ばした。
「ッ―――!」
直接接触は失敗に終わる。
すんでのところで身を翻したベイタは駐輪場の屋根に飛び移ると、俺とホルンのことをまるで蔑むように見下ろしていた。
「カーラが執着したのはもしやお前か? フン、余計な知恵を付けたな」
「お前にホルンは殺させないぞ……!」
コン、と槍を突いたベイタは腕輪状に戻した二つのドラウプニルを体の中心で重ね合わせ、改めて武器の形状に変化させるのではなく今度は全身に纏うようにその形を変化させてみせた。
両腕から皮膚の上を這いずるように伸びていく流体金属。ワンピースに付随していた銀装飾も融解するように形を変え、ベイタのお気に入りらしい踵の高いヒールまでも一体となる。
それはよく洗練された鎧だった。
決して派手な意匠があるわけではない。体の華奢なラインを強調するように肌にピチッと吸い付き、全身を覆い隠すような装甲。同時に展開した羽根と光輪が彼女の存在をさながら死の天使のように思わせる。
「……ホルンもなったほうがいいんじゃないか?」
「あっ、あれほどの練度はありません……!」
思わず耳打ちしてみてはその返答に苦しい顔をした。
どん引きせざるをえないようなベイタの本気を目の当たりにすることになって、受け入れられずに一瞬だけ空気が緩んでしまうなか、ベイタはその弛緩を許してはくれず。手元に再び槍を握り、目元にバイザーを取り付けた彼女は心のない機械のように俺たちのことを敵性存在と定めると、仕切り直すようにまっすぐ襲いかかった。
「――ぐうっ!?」
「しぐま!?」
先に狙われたのは俺のようだった。
視認さえもできないような速度で接近を許すと押し出しように鳩尾を蹴り付けられ、悶絶するような痛みとその勢いに『く』の字型に体を折り曲げて吹き飛ぶ。
すでに騒ぎを聞きつけて遠巻きに見守っていた観衆が悲壮的な悲鳴をあげた。
「げほっえほっ……!」
くそっ! 痛い、痛いッ……!!!
嘆き出したいがまるで声にならない。肺から吐き出される咳が喉を痛める。何が起きたのか、最初は理解が追いつかなくて頭を混乱させた。苦しみからあっけなくも霞んでしまう視界で、気力を振り絞り、なんとか戦況を見守る。
どうやら俺が吹き飛ばされるや否や、ホルンは怒りに溢れた表情でベイタに切りかかり、その攻撃を容易く受け止められてしまっていたみたいだった。
「嘆かわしいな。つくづく卑劣になったものだ。性根が腐ったのはあの男の影響か?」
「違います!」
「同世代の姉妹に疎まれながらもその才能を見込まれ討伐隊に編成されたと聞いたときは、私も評価していたのだがな。ここまで生き意地が汚いとは見損なった」
「生きようとすることはそんなにいけませんか!?」
「それを認めるほどの価値がお前にはないという話だ」
ホルンの剣を受け止めていた槍――その切先を大鎌のように変化させると、ホルンからの圧力を押し返すのと同じ力で鎌首を振り払って反撃する。「!?」三日月のように大きく湾曲した鎌は死角からホルンに迫る結果となり、息を呑んだ彼女はその対応に迫られた。咄嗟に身を屈めて回避するも、すぐに持ち上がってきたベイタの膝が彼女のことを簡単に蹴り上げる。
「つぅっ……!」
のけぞるホルン。続けざま、振り払った大鎌を戻す力で彼女の体は掬われるように殴打され、まるで先ほどの俺みたいに勢いよく遠くへ吹き飛ばされることとなった。
呻くホルンは唇の端を噛み、ベイタを睨み据える。
「貴女だって、逆の立場なら!」
「とても貴様のような厚顔無恥にはなれんさ。迷惑を掛けたとその罪を認め自ら執行部の元に出向くだろう。当然、逃げも隠れもしない。なぜならば、更なる迷惑を愛する姉妹に掛けるわけにはいかないからだ。この意味が分かるか?」
「……っ! 話が通じません!」
「それはこちらの台詞だ、愚妹」
体勢を立て直したホルンは羽根を展開して直線的に飛び掛かる。ハイスピードからすれ違いざまに切り付けようとするその攻撃はしかし容易く見透かされ、切り返しの反撃を受けることとなった。苦痛にあえぎながらも怯まず猛攻に出るホルンだったが、冷静に対処するベイタは次々に
その度にホルンの動きは見て明らかなほど遅くなっていった。
あえて致命傷は避けるように連続で攻撃され、隙だらけとなったホルンの体を足蹴にしたベイタは、鼻で嘲り笑いながら語る。
「最後に姉として一つ教えてやる。ホルン、貴様に足りていないのは覚悟だ」
地べたに這いつくばるホルンの背に足を乗せ、ベイタは手元の槍を勢いよくその羽根に突き立てた。すると、まるで壊れたモニターに走るノイズのように彼女の白い羽根は実体を保てなくなってしまい、初めて見る現象にホルンは目を丸くする。
「ああぁっ……!」
「ワルキューレとしての覚悟、命をかけて任務を全うする覚悟、戦に出る者の覚悟――。貴様にはどれも足りていない。三つ目は特に致命的だ。貴様は軟弱すぎる。殺す前に一度思い知らせてやろう」
月夜が照らし、雪が舞い散る夜。俺とホルンは対角線上で戦闘不能になり、ベイタだけが凛と広場に立つ。
俺たちのみならず、この場にいる誰をもがベイタの恐ろしさに身動き取れなくなっているなか、奴は俺に目を向けて歩み出した。
ホルンは、いち早くベイタの意図を悟った。
「ま、まって……! ベイタ……っ!」
這いずるように、縋るように身じろぎながら必死にベイタに呼びかけるホルン。だがしかし奴が取り合ってくれることはなく、とうとう俺の目の前にまでやってくると、ただ冷酷に見下してくる。
その手に形作られるは手甲剣であるパタ。
「つ……っやだ、やだやだ……!」
ホルンは、どうにか気を引こうと懸命にブラスターで攻撃を行うが、どうも鎧を着込んだベイタにはその攻撃は意味をなしていないようだった。
ルーン魔術を使用しようにも、その展開には集中力が必要不可欠で、いまのホルンには切り札のようなソレを使う冷静さも伴っていない。
「ぐ……ッあ……」
俺の目の前で屈んだベイタは、未だ苦悶の表情で伸びる俺の頭を左手で楽に持ち上げると、振りかぶった右腕で心臓に狙いを定め――、鳩尾から斜めに突き上げようとする。
まずい。
殺される、と思った。
決死の思いで両手を前に出す。
まず狙いを外させようとして右手でパタを抑えるが、その軌道は変わらない。
次に切先の前に差し出した左の前腕の中心を刃が刺し貫いてきて、肉を抉る痛みが全身を素早く駆け巡った。
しかし、挫けずにぐるん!と腕の位置を捻ると、その甲斐もあって腕に貫通したパタは心臓から狙いを逸らすことになる。
「ぁ……」
結果、俺の脇腹に深々と突き刺さるパタ。
ジワァ……、とした熱がそこに広がるのを感じ、同時に頭からは急速に血が引けていく感覚がした。
「かふっ」
焦点が、定まらなくなる。
……全身から、力が、抜けていく。
「いやぁああああぁあああああっっ!!」
ホルンの絶叫が、深夜の街中に響いた。