ようは、人目につきやすく、不意を突かれないように周囲を警戒しやすいひらけた場所があれば、ベイタを迎え打つ予定の俺たちにとってはかなり都合がいいわけだ。
怪鳥が飛び去ったことですでに減衰傾向にはあるが、約七百人の同接視聴者数を誇っていた公式の渋谷スクランブル交差点ライブカメラを見ながらそう思い至る。
「ここに奴を誘き出そう」
それは本来避けたいと考えていた、街を行き交う多くの罪のない人々を危険に晒しかねない行為ではあるが、しかしここには俺たちに必要な条件が揃っていると言ってしまってよかった。
とはいえ、タイミングは慎重に図りたい。
深夜か、早朝か……。スクランブル交差点が空くことってあるのか?
正直に言って、東京のことはまるで詳しくない。下調べをするまとまった時間が欲しいところだが、うかうかしているとベイタが襲来する。ある程度のリスクは受け入れて、強行突破する決断も俺たちには必要だった。
何より、視聴者の存在は必要不可欠だ。ライブカメラがあろうと、それを見て拡散する第三者がいなければ脅しや抑止力として機能することはない。
怪鳥はこの時間帯だから目につきやすかっただけ、という可能性も考慮した上で、いま用意できる万全の体制を取る。
「どうしますか?」
「一人だけ、力を貸してくれそうな人が」
そう言って、俺は一度席を外した。
連絡帳アプリを確認して『た行』の欄にページをスライドし、トップヒットする妙子さんに電話を掛ける。
仙台市でお世話になってから、約二週間ほどぶりだろうか? どうやって協力を乞おうかと久々に話すのはひどく緊張した。
「あの、もしもし。斉藤志久真です」
『おっ……久しぶりじゃない! 元気してる?』
「はい。それで、少しご協力してもらいたいことがあって、妙子さんいまお時間ありますか」
『ある! っていうか私も言いたいことあるのよ! 君ねえ!』
音声のボリュームは絞っているはずなのに、それでも耳がキンとなるような声に目を白黒とさせてしまいながら、神妙に言葉の続きを身構える。
『先週おじいさんとお会いしたんだけど、志久真くんまだお家に帰っていないのね!?』
「あー……」
気まずい。
頬をぽりぽりと掻いた。
妙子さんとは、綾姉と違ってかなり物事を誤魔化した状態で別れが訪れてしまったので、いつかは気付かれてしまうだろうと思っていたし、気付かれていなければ今日こそ自分から真相を説明しようと考えていたわけだが、どうやら一番望ましくない形で不安を与える結果になってしまっていたようだ。
『おじいさん、心配してたわよ?』
「いやいや……」
その言葉には苦笑して首を振る。
一週間前といえば、ちょうど勉強道具を綾姉の家に送りつけてもらうためじっちゃんと連絡を取ったタイミングで、そのときのじっちゃんは年末年始で窓を修復してくれる業者がいなくて寒い思いをしていることの愚痴しか言ってこなかった。
俺を送り出してくれたのも他ならぬじっちゃんだし、あの人に限ってそれはないだろう。
と思ったが。
『ほんと。詳しくは話聞けなかったけど、どうせまた危ないことに首突っ込んでいるんでしょう? 少しでも余裕ができたら、また顔を出してあげて。ご高齢なんだから安心させてあげなきゃダメよ」
「……はい」
諭すような優しい言葉遣いに、粛々と応じる。
電話越しではじっちゃんの顔は見れない。もしかして俺に気を遣って気丈に振る舞ってくれているだけの可能性も否めなかったから、妙子さんの心配の言葉を否定する材料が俺にはなかった。
「でも、だからこそ、その為に協力してほしいことがあります」
『何かしら? 予め言っておくけど、志久真くんは私に二度も嘘を吐いているんだから、ちゃんと真っ当なお願いごとじゃないと聞かないわよ。ビデオ通話にする?』
「い、いいですよ」
申請が届いたので受理をすると、画面いっぱいにオフの妙子さんの顔が映し出される。
後ろめたいものを抱えすぎている俺は背景の情報量を少なくするため、路地裏で壁を背にして通話を続けることにした。
「……すっぴん?」
『あっ、ちょ、待って、恥ずかしい』
余計な気回しだったみたいだ。
ポロロンと音がしてビデオ通話が途切れる。
「なんか、すみません……」
気まずくなって謝罪すると、何やらごちゃごちゃと物音を立てていた妙子さんは落ち着いたところで『……忘れてね』と低い声で言う。
「ハイ」とすぐに記憶から抹消した。
『それで?』
「妙子さん、SNSで広く活動されていましたよね」
『知ってくれてたんだ。うん、そうだね』
「その拡散力を少しお借りできないかなと……」
そう、俺が妙子さんに協力をお願いできないかと考えていたのは決行時刻に確かな視聴者を作る方法だった。
若手女性猟師である妙子さんは、SNSで五万人の総フォロワーを獲得する人気インフルエンサーだ。
毎日狩猟に関する有用な情報を発信するほか、旦那さんがジビエカフェ『むらくも』で作る創作ジビエ料理は毎回見栄えが良くてバズっているし、妙子さん自身も美人で人気があるから自撮りなどがよくいいねされているのを見る。
その拡散力をわずかにお借りできれば、ライブカメラの自然な視聴者に依存せず、広い時間帯でその注目を集めることができるはずだ。
その足掛かり、不特定多数への呼びかけを行ってもらえないかと無理を押して俺は頼み込んだ。
『そんなことせず、警察に頼ったりは考えないの?』
「俺たちの身に降りかかってるのは、不測の事態です。魔物被害と同じ。これは俺たちの手で解決しなきゃいけないことで」
『そのために、私に手を貸してほしいのね』
「はい。それだけしてもらえれば、あとは」
どうしても話の内容が内容だから、深刻なトーンにはなってしまう。『なるほど……』と彼女は一旦の理解を示すと、どこか呆れたようにため息を吐いてからこう言った。
『とりあえず適当な理由を付けて、その時間帯にライブカメラを見るように訴えかけたらいいのね? やるわ、任せて』
「……! ありがとうございます!」
声を弾ませて感謝すると、電話越しの妙子さんは笑みをこぼす。
色々と心配をかけてしまっているみたいだが、ひとまずは協力を取り付けることができてほっとした。
これならば、対ベイタは間もなくだ。