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第38話 嫌な予感

 新年が明けて早くも数日が経過した。

 その間に起きたことでいえば、まず、神奈川県横浜市を含む全ての関東圏で寒々しい降雪が観測されるようになったこと。


 そして巨獣出現以来、関連したニュースを特設の放送枠を作ってまで連日報道し続けていたイギリスの世界的国営放送局局長とそのニュースキャスターの相次ぐ不審死。日本では、年末にオカルト生放送特番を組んだテレビ局の番組プロデューサーが同じ状況になってしまうなど、奇妙な事件が立て続けに発生するようになった。


「これは……ベイタがやっているのか?」

「わ、分からないです……」


 これらは都市伝説界隈で『巨獣の呪い』として囁かれるようになり、やや報道に対して及び腰の姿勢を取るようになったマスメディアとは打って変わって、動画投稿サイトやSNS上では個人的に情報発信するユーザーが爆発的に急増することになるなど。

 恐ろしいニュースではあるのだが、だからこそ一部の層では余計に焚き付けられるものがあったみたいだ。


 SNS上では、あからさまに創作されたUMAの動画や信憑性のまるでないフェイクニュースが散見される。真偽不明の情報がごちゃ混ぜになっているので扱うのは不得意なのだが、こうなっては俺たちも情報収集に動画投稿サイトや匿名掲示板を利用したほうがいいのかもしれないと思い始めていた。


 ……しかし、だ。

 俺には、これがひどく恣意的な『警告』に思える。


 ワルキューレは人殺しをする存在ではない。ホルンはそう信じているからこそ、曖昧に首を振るばかりで。

 うまく言い表すことのできない不穏な気配を、俺たちを感じるばかりだった。



「しぐま、今日も作戦会議をしますか?」

「あー、いや、ちょっと待っていてくれ。このページまで進めてしまいたい」


 三が日を終えると仕事に出るようになった綾姉の代わりに、留守を任されることになった俺たちは、こたつに入りながらリビングで過ごす。

 ホルンとは今後の身の振り方、ベイタとの対決方法について作戦会議を重ねる一方、数日前に祖父に頼んでいた勉強道具が無事に綾姉宅に届いたこともあり、俺は受験生らしいこともしていかなければならなくなった。


 これがまぁ辛くて。


 難関大学を目指しているわけじゃないが、色々なことを抱え込んでいるせいで頭がパンクしそうになる。

 数日前までの慌ただしい日々が嘘のように鬱々とした生活模様を送りつつある傍ら、そんな俺の悩む姿を見守るホルンの少し困ったような顔が印象的だった。


「……しぐま、お茶がないです。買い出しには、いかないと」

「うぅん。そうだな……」


 行き詰まっていると、まるでリフレッシュを促すみたいにホルンが優しく言葉を掛けてくれる。数分前から手は止まっていたから何も言い返すことができない。

 反省した態度でホルンに連れられ、軽く身支度を済ませた俺は散歩がてら、二人で歩いていける範囲にある近所のスーパーを目指すことにした。


「カート、押しますね」

「ありがとう」


 ホルンと二人、不足した日用品や食糧の買い出しを行う。このところすっかりホルンは綾姉の家での日常生活に慣れてきていて、自主的にカゴを乗せたカートを押してくれる姿はやけに自然だ。

 その馴染みきった様子に感慨深いものを感じながら、綾姉から預かっている生活費を手に食品を吟味する。


「夕飯は小籠包にするか。横浜らしく」

「しょうろんぽう?」


 聞き馴染みのない料理名に小首を傾げて俺に尋ねてくるホルン。何かと新しいものに対してこういった新鮮な反応を見せてくれるから、ついついいつもと違うものを食べたくなる。

 他、粉茶など必要なものを手早くまとめると、レジへ移動して精算。

 エコバックに購入品を詰め入れると、俺たちは帰路に着いた。


「きゃっ」

「おっとと」


 降り積もるほどの雪ではないため、日差しで溶けた雪が歩道を凍結させている。思わず転びそうになって俺にもたれかかるホルンを咄嗟に抱き止めると、瞬間、ホルンはかああっと顔を赤くしていそいそと距離を取った。

 俺は抱き止めた姿勢のまま置き去りにされて、ちょっとだけ変な空気になる。


「も、もう転ぶなよー……?」

「わ、分かっています!」


 そう言って、先に歩き出してしまうホルンに俺は肩をすくめたり。

 最近、気が抜けるシチュエーションが多いせいか、ホルンをかわいいと感じることが増えてしまった。


「まずいな……」


 何がまずいのか自分でも分からないけど、そう独り言ちて俺も歩き出す。


 まあ、当初の目的通り、いい気分転換にはなった。



 ――それから、夜を迎えると。


「疲れたぁぁぁお酒がないぃぃぃ!」

「うるさいぞ綾姉」


 休み明けの出勤だったからか、へとへとな様子で帰宅した綾姉がうぎゃうぎゃと子どものように騒ぎ出す。

 あらかじめ残業になると聞いていたので俺たちは先に食事をしていたのだが、ジトっとした目で言葉を返す俺とは違ってホルンは少しだけ気まずそうに小籠包をはむっと口にした。


 帰ってきたばかりの綾姉は食卓に付かず、着替えもせずにだらぁっと寝そべっている。


「お酒買ってきてくれたぁ?」

「買えるわけないだろ」

「けち!」

「けちじゃないわ! 未成年ではないけど、二十歳未満なんだぞこちとら」

「んわぁ〜シグシグ〜!! お酒も買えないしショタでもないってどーなってんの!」

「健全な高三男子だよ」


 八歳離れたいとこにじたばたと駄々を捏ねられるほど居た堪れなくなるものはないかもしれない。

 はぁ、とため息を吐きながら、せめてもの温情として「買いに行くなら車出すけど?」と誘ってあげたけど、疲れ切った様子の綾姉はブンブンと首を横に振るばかりだった。


「じゃあシュークリーム買ってきて」

「いやなんでだよ」


 じゃあってなんだじゃあって。

 おかしいだろ。適当すぎるだろ。


「まず飯食え飯」

「飯食べるけどぉ、シュークリーム食べれないとお仕事行きたくなくなっちゃうぅ」


 なんなんだこの残念なOLは……。

 先ほどのため息よりも何倍も深々としたため息を吐く。ここで押し問答を繰り広げる労力と、さっさとコンビニまで行ってご所望のものをお供えし早急に機嫌を直してもらうことの手っ取り早さを天秤にかけると、後者のほうが面倒を避けられそうだった。


「仕方ないな」

「ほんと!? シグシグちゅき!」

「あ、あの、付いていきましょうか? しぐま」

「いいよ。昼間出掛けて疲れたろ。ホルンは綾姉の相手しててくれ。ちゃちゃっと行って帰ってくるから」


 ついでにホルンにも欲しいものはないかと尋ね、いそいそと外出の準備をする。

 コンビニはこのマンションから片道五分ほどの距離にあるので、長く見積もっても二十分以内には帰ってこられるだろう。


「いってらったい!」

「覚えてろよ綾姉」

「お、お気をつけて……」


 まったく、一日に二回も買い出しに出るなんて、だるいなんてものじゃないぞ。

 防寒対策をしっかりとした俺は、二人に見送られながら夜道へと躍り出た。


 目的のコンビニへ立ち寄り、手早く会計を済ませる。

 ほうっと吐いた息が白む。

 帰路。薄暗い真夜中の住宅街。後方から、声が。


「テメェ。ついに見つけたぞ」


「はっ――?」


 俺は、何者かからの襲撃を受けた。

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