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第36話 初詣

 神社は盛況な人だかりだった。

 向かう途中で物陰に潜む挙動不審な態度の女性を発見した俺は、呆れながら、背後から声を掛ける。


「……綾姉、何してんの?」

「ひゃい!?」


 立ち回りがあまりにも不審人物すぎる。後方にキュウリを置かれていて飛び退く猫(※蛇と見間違えて本能的に回避するらしい)みたいな仕草でビクつく綾姉に、いったい何があったのかと尋ねながら人だかりのほうへ目を向けた。


「会社の人がいて……」

「苦手なのか」

「ちがぁーう。こんな格好、見せたくないでしょ知り合いに」


 そう言う綾姉は、珍しいくらい羞恥心で顔を真っ赤に染めていて、物珍しく感じた。あいにくどこの誰が綾姉の知り合いなのか俺には皆目見当も付かないが、まぁ知り合いに見せたくない姿があるのも分かる。

 うーんと顎に手を当てて考える。


「じゃあ、別の神社にするか?」

「いいよいいよぉ、少しタイミングをずらせば顔合わせずに済むと思うしィ」

「それまでここで隠れてる気かよ」

「イエスマム」

「誰がマムだ」


 イエッサーだろそこは。

 石垣に張り付いて知人への警戒を続ける和装の綾姉に

辟易する。置いていくのも忍びないしなぁと思っていると、そんな目立つことをしている弊害がすぐに訪れた。


「あれ? 綾じゃん。何してんのお前」

「!?」


 ケーキ屋の店主・高瀬さんと思わぬ遭遇をした。

 俺とホルンが会釈する傍ら、綾姉は咄嗟にファイティングポーズを取る。高瀬さんはそんな挙動不審な綾姉の態度には深く突っ込まず、


「着物めっちゃ似合ってんな。綺麗」

「!?!?」


 と冷静にその格好を見ながら感想を送った。スマートな褒め言葉だ。さすが大人の男。なるほど、これくらいの気軽さで褒めればいいのかと学ぶ。


 終始パニック状態にある綾姉は、声にならない悲鳴をか細く紡ぎながら八つ当たりのように高瀬さんの高反発バランスボールみたいな大きさのお腹をゲシゲシと殴りつけていた。


「何々? お前初詣でそういうの着てくるタイプだっけ?」

「ちがう! 今回はたまたま! たまたまだから!」


 ハハハ、と涼しげに笑いながら高瀬さん。

 綾姉はいつも以上に必死な感じだ。会社の知り合いに見られたくない格好なら、高瀬さんにも見られたくない格好だったのかもしれない。


「クリスマスは遅れてたのに今回はちゃんと元日に来るんだな」

「失礼すぎ」


 ようやく冷静になってきたのか、拗ねた口調ではあるものの、綾姉と高瀬さんは以前のような軽妙なやり取りを再開し始める。


「だいたい、なんで高瀬がここにいるわけ?」

「休業日だからに決まってんだろー。今日ぐらいしか時間ないんだよ俺」

「サイアク。本当に会いたくなかった」

「失礼なのはお前だよお前」


 やっぱり仲が良いよなこの二人……。

 綾姉が内弁慶なのはよく叔母さんたちにも指摘されてきた話で、だから俺に対する異様な懐きを親戚らにはよく面白がられていた過去があるのだが、そんな綾姉が高瀬さんに見せる態度はかなり内輪のもののような気がする。


 そこで、ピコンッと唐突に俺は閃く。


 ホルンを連れ、静かにその場をあとにするよう綾姉と高瀬さんを二人きりにしてあげることにした。

 これは着付けのときの閃きをすぐに活かせるシチュエーションだ。


「……い、いいんですか?」と気を遣ってひそひそ声で尋ねてくれるホルンに俺はうんうんと力強く頷き、一足早く初詣に参ることにする。


 綾姉には後ほどメッセージを送っておけば、変にはぐれてしまう心配もないだろう。



 そんなわけで。



 境内に入った俺たちは参拝前にまず手水舎で手と口を清める。簡易的に済ませてしまったあとで、ホルンのお手本になるよう分かりやすくしてやるべきだったか? と反省。二度もするわけにはいかないので、ホルンには教えながら実際にしてもらうことになった。


「はい、ホルン」

「は、はい」


 着物の袖を捲ってから差し出すホルンの小さな左手に、柄杓で掬った水を掛けてあげる。初めての経験に「つ、冷たいっ」と言いながら笑みを向けてくれるホルンはわりと楽しげだ。

 次に右手、口の順に濯いでもらい、清める。


「これがお手水という」

「オテミズ。なるほど……」


 その後、過去修学旅行などで経験した参拝ツアーのガイドを思い返しながら、それっぽい案内を続けていく。

 参拝は、やはり元日だからか長蛇の列だ。

 いそいそと順番待ちの人のなかに加わる。


「な、なんだか、人によく見られて恥ずかしいですね……」

「どうしても目立つからな、その髪色は」


 気まずそうにホルンが肩を寄せてくる。俺としてはむしろそちらのほうが気まずい。本音のところでは、ホルンに向けられている視線の正体がどういうものなのか俺も気付いているからこそ、『あれがあの美少女の彼氏か?』とでも言わんばかりの男たちからの懐疑的な視線に肩身の狭いものを感じた。


 なるほど、二人きりだとこうなってしまうのか……。


 しばらくするとスマホに着信があり、憤った様子の綾姉と合流する。


「よくも置いてってくれたじゃん」

「この混み具合なら先に並んでてよかったろ。で、どうだった?」

「どうもこうもないー。なんとか振り解いてきたわよ高瀬なら。もう」


 着物だと歩きにくさもあるからか、小走りで合流した綾姉はへとへとといった様子だ。当たり前のように人の肩を支えにしてくる。重い。

 待ち時間はまだ長く、退屈だったので、俺はぶっ込んでみる。


「高瀬さんと結構仲が良いよな、綾姉」

「……もしかして、嫉妬?」

「なんで嫉妬??」

「朴念仁め……」


 いやいや。いまなんで罵倒されたんだ俺。

 困惑していると、息を入れ直した綾姉がなんでもないことのように言う。


「高校の頃の幼馴染みなんだよね、高瀬。たまたまこっちで再会したから仲が続いてるだけで、別に……」

「付き合ったりはしないのか?」

「絶対にするわけにゃい。太りすぎだし、顎髭キモいし」


 散々な言われようだ。思い返せば綾姉はショタコンの気があるので、純粋な好みで語ると高瀬さんのビジュアルには縁遠いものがあるのかもしれない。


 思わぬ言葉を引き出してしまったことに、この場には不在の高瀬さんに申し訳ないものを感じつつ。


 一いとこの目線として、わりとお似合いなご関係だと思うんだけどなぁ。


「またなんかあったら協力するから」

「……シグシグってこんなウザい人だったっけ?」


 サムズアップを立てると、綾姉に呆れた顔をされた。



 そんなこんなで、俺たちの番がやってきた。

 今度は予めホルンに作法を伝えておいたので、五円玉を分けて三人で並び参拝する。

 二礼、二拍手、一礼。


 今年一年間の願いごとを申す。たしか、名前と住所、自己紹介をしてから願いごとをすると神様がちゃんと覚えていてくれる、みたいな話があったはずだ。

 試してみよう。


 俺は例年のようにじっちゃんの健康と、巨獣出現後の世界情勢を鑑みて世界の平穏を祈った。

 参拝を終えるとおみくじを引きに向かう。


「ホルるんは何をお願いしたのー?」

「言わないほうがいいんじゃなかったか?」

「でもホルるんが神様に何をお参りするのか知りたくない? 普通に」

「それは確かに……」


 一応、ワルキューレなのだから、彼女も神格の存在ではあるわけだ。いや、北欧神話上のワルキューレと彼女たちのワルキューレが全くの同一であるとは言えないわけで、本当に神と看做していいのかは疑問が残るが。


 綾姉に説き伏せられ、ホルンの願いごとを俺たちは訊いてみることにする。


「私の願いごとは……」


 彼女は少しだけ恥じらった顔で足を止めると、躊躇いながらも、俺の目をまっすぐに見つめてこう言った。



「この日々が、長く続けばいいな、って」



 ――その言葉に、思わず綾姉と顔を見合わせる。

 俺でも思う。これは破壊力抜群の台詞だ。それは綾姉の徐々にボルテージを高めていくようなキラキラとした笑顔を見ていると、なお分かる。


「ホルるんかわいい〜〜〜!!」


 爆発するように、上機嫌になった綾姉に抱きつかれてもみくちゃにされてしまうホルン。

 彼女は嬉し恥ずかしと言った様子で甘んじてそのハグを受け入れていた。


 そんなやり取りを見ていると、なんだか俺まで嬉しくなってしまって、堪らず笑顔を綻ばせてしまいながら俺はホルンの頭にぽんと手を乗せた。

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