断続的な花火は夜景の狭間にとても綺麗な華を咲かせていた。
『あけおめ!』『明けましておめでとう!』『今年もよろしく〜』『あけおめ。最近見ないけど元気してる?』
手元のバイブレーションに目を下ろすと、年越しのタイミングを狙ったように俺のスマホには高校の友人たちから新年を祝う言葉が一斉に送信されてくる。
俺はそれらに一目通したあと、すぐには返信をせずそっと懐にしまい込んだ。
「……どうしましたか?」
「いや、なんでもない」
目ざといホルンには首を振り返した。高校最後の冬休みを友人たちと過ごすことは叶わなくなっている現状に一介の学生として思うところはありつつ、いまは考えても仕方のないことだと割り切る。
優先するべきは、平穏を取り戻すことだ。
「さーっお家に帰るよぉー。寒すぎ寒すぎ」
「はいはい」
カウントダウンイベントによる盛大な花火ショーを見届けた俺たちは、そのまま人の流れに合わせて公園から帰宅する。夜通し賑やかな年末年始の記念特番をテレビで流しながら、「日の出まで起きていられたらいいね」と話していたが、気付いた頃にはみんな寝落ちしてしまyていた。
そして、翌朝十時ごろに起床した俺たちは、寝癖のついた髪を整えて、元旦の初詣に向かう。
「き、着物ですか……!? 私がっ……!?」
「絶対似合う似合う♪ わたしはホルるんの和装が見たい!」
今回も綾姉の無茶振りに振り回されるホルン。場所は横浜市内のレンタル着物店。神社の近くにあるので気軽に借りて、お正月の街を歩むことができるみたいだ。
着付けを担当してくれるおばあちゃんにやり取りを見守られながら、ホルンは綾姉と格闘を続ける。助けを求めるようにちらりと一瞥されたので、「俺も見たい」と素直に言ってみた。
「〜〜〜っっ!」
根負けしたみたいに、ぷしゅーっとなんらかの感情をオーバーヒートさせたホルンが、着付け用の部屋までおばあちゃんに連行されていく。
俺と綾姉をそれを笑顔で見送った。
その待合室にて。
「そういえば今更なんだけど、綾姉は帰省とかよかったのか?」
「いいよいいよ。ちゃんと都合も付けた。大人になったらシグシグもそのうち分かるだろうけど、ウチの家系っていま若いのがわたしらくらいだからね〜。この歳になると、変にうるさいだけだったり」
うるさい、というのは世間一般でもたまに聞く、恋人関係にまつわる話題だろうか。家族仲がいい綾姉でも呆れた顔でそう言うくらいなのだから、その気がない人にとっては気の滅入るような話題なのかもしれない。
というか、その辺りの事情について、俺は綾姉のことを何も知らないな?
てっきり再三俺を家に誘っていたくらいだから暇人なんだろうと思い込んでいるが、普通に考えてそんなわけあるだろうか? 綾姉は身内贔屓をなくしても変なところに目を瞑れば美人だし、スタイルも良くて、着こなしがオシャレなのは言わずもがな。横浜市在住でバリバリ働く社会人の二十六歳女性が、浮ついた話の一つもないなんてことあるのだろうか……。
「もしかして俺たち邪魔だったんじゃ……」
「んん?」
余計な気が回ってしまい、青ざめた顔でぽつりとそう口走った。考えてみればそうだ、ケーキ屋店主の高瀬さんとはかなり親しげな様子だったし、家族に紹介するほどではないにしても、綾姉くらいの年齢の女性なら男の一人や二人いてもおかしくないだろう。
今更だが、俺たちって寄生虫すぎるか……?
いとこであるのをいいことに、俺ってばあぐらを掻きすぎなのでは。
綾姉に迷惑を掛けるつもりないと言っておきながら、綾姉の事情にはまるで目を向けていなかった。
一人で勝手に思い詰める俺とは対照的に、それを感じさせない呑気な態度で綾姉が俺の顔色を伺う。
「はて、何を考えているのかにゃ?」
「いや……というか、反省した。俺綾姉が相手だからって何も考えずに甘えちゃってたけど、これって当たり前じゃないんだよな。俺たちが邪魔だったらいつでも言ってほしい。ごめん」
「何を考えていたのかにゃ……?」
不可解そうに綾姉にぎょっとした顔をされる。いくら身内で変人で気の知れた仲だと言っても、綾姉は年頃の女性なのだった。
直接確かめる勇気はないが、一瞬でも男の影を感じたら俺はちゃんと気を遣えるようになりたい。
そんなおり。
「お嬢さんはお着物着ていかれませんか?」
「え? あ、いやわたしは――」
「確かに、綾姉も着たみたらいいんじゃないか? 俺見てみたいし」
「えぇ……?? 見てみたいのぉ……? 着れるかな、最近太ってきてるんだけど……」
さあさあ、さあさあ。と気のいいおばあちゃんに促されるまま綾姉が腰を上げる。「本当に……?」と初めて見るんじゃないかというくらい不安そうな顔で確認されたが、ホルンを見送ったときと同様、俺はサムズアップを立てて綾姉のことを見送った。
それから一時間ほどが立つと、お正月らしい、素敵な和着物に身を包んだ二人が恥じらった顔で出てきた。
「……どうして綾姉がホルンの後ろに?」
こういう場で羞恥心に敗れるのはホルンと相場が決まっていたはずだが、そんなホルンを盾にするように身を屈ませた綾姉が俺の視線から免れようとしている。綾姉の身長は一六〇センチ後半ぐらいで女性にしては高身長の部類にあり、対してホルンは一五〇センチいかないぐらいで華奢・小柄だから、盾にするのは無理だ。
綾姉のイメージによく似合う、赤みがかった黄色の生地と花模様が飛び出してしまっている。
一方で。
「ど、どうですか……?」
着物の柄に負けず劣らず、真っ赤な顔色をしながら、視線を右に左にテンパった様子のホルンが必死になって問うてくる。
彼女の着物はオーソドックスかつ人気高い、淡いピンク色の生地と赤い花模様をした綺麗な着物だった。
普段大人しめで色白な印象の彼女からは予想もつかない、とても派手で、それでいて似合う格好。髪飾りの赤いお花も素晴らしいアクセントになっていて、普段の印象とはかけ離れているからこそすぐには言葉にできない、息を呑むような体験をしてしまう。
不躾にも、まじまじとその着物姿を足元から舐め回すように見てしまって、その視線がホルンの視線と交わって、俺さえも羞恥心に駆られてしまいながら必死に言葉を返す。
「すごく、似合うよ」
もっと口が上手い人間だったらよかったのだが……。
首の裏に手を当てて恥じらう。しばらく、この姿に見慣れるまでは緊張が取れることはなさそうだった。
「………」
「………」
見つめあって、焦ったい時間を過ごすことになりながら。
「わたしを忘れるなぁ!」
「はぁ!? 隠れてたのは綾姉だろ!」
ホルンの後ろからバッと姿を現した綾姉が、癇癪を起こしたように自己主張と抗議をしてくる。訳分からん。
「感想は!」
「あ、綾姉も似合うよ……」
「ヨシ! さくっとこんなの終わらせちゃおう、あぁー着る気なかったのに! 恥ずかしくてたまらないー!」
ひゃー、と騒ぎながらコツコツと下駄を鳴らして綾姉が逃げていく。向かう先は神社っぽい。やれやれと思いつつ、焦ったい空気を打破することもできたので俺たちも付いていくことにする。
「あ、あの。しぐま」
「なんだ?」
「その……。手を繋いでください。私、上手に歩けなくて」
下駄に、慣れていないからか……。
上目遣いで願われて、少しだけ息がしづらくなる。
俺は、「あ、あぁ」と上擦った声で了承し、着物姿のホルンと手を繋いで神社へと向かっていった。