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第32話 滑り込みクリスマス

 気付けば今年終了まで残り一日だった。


「ええっ、クリスマス祝ってないの!? それじゃ年越せないジャン!!」


 くわっと綾姉に責められる。買い溜めされた切り餅をもっちもっちと三人で食べてすっかり冬籠りの様相を呈していた頃、ふいに今年やり残したことの話題になり、クリスマスらしいことを何も行わずに一年を越そうとしていたことがバレた。


「クリスマスって、なんですか?」


 ホルンがきょとんとした顔で俺たちに尋ねる。

 今更だがそうか、ホルンは知らないのか。


 昨今クリスマスなんて普通に知れ渡っているもので、知らない人なんて世界中探してもそういないくらいの風物詩だろうから、一見外国人の美少女をしているホルンが疑問を持つことになるのは奇妙な感じだ。


「冬のお祝い事! ほらぁ、シグシグがそういうことしてこなかったから、せっかくこの世界にきたのにホルるん何も知らないままなんじゃん、よくないよぉ? ほんと」

「ぐ……」


 綾姉にちくちくと攻撃される。

 そう言われるとぐうの根も出ないが、とはいえ二十四日から冬休みが始まってその直後に巨獣災害発生、俺はホルンを匿って逃亡生活を始めたのだから、無茶だ。クリスマスなんて過ごしている暇どこにもなかった。

 変に言い返すものでもないので、俺がぐずぐずと拗ねた顔を浮かべていると。


「ハァー、こうなったらいまからやるしかないね」

「はっ?」


 袖を捲ってエンジンをふかす綾姉に目を丸くする。

 思わず窓の外を見る。ここ数日で気候はさらに冷え込んでいるのに? 室内最高の過ごしやすさなのに?

 いやいや、いやいやいや。


「別にそこまでじゃ」

「だって気持ちよく年越したーい! ね、ホルるんもそう思うよね、楽しいことしたいよね」

「はっ、はい……!」


 なんのこっちゃ、みたいな反応をしていたホルンがコクコクと頷いて賛同する。綾姉め……。別に祝いたい気持ちがないわけではないが、それでもわざわざ出遅れた俺たちのためにクリスマス会みたいなことを開くのってすごく子どもっぽい話じゃないか? この前は遊園地に行ったばかりだし、なんだか最近精神年齢が低下してきている気がして恥ずかしいのだが。


「だって、何するんだよ?」

「スーパーの半額セールワゴンにクリスマスっぽいもの残ってるだろうから、まずそれかき集めて〜」

「んなハイエナみたいな……」


 売れ残り商品でクリスマスをするほど虚しいものもない気がするんだけど。

 面白そうな話を見つけて綾姉はやる気になってしまったみたいだ。もう人々が年末年始やお正月を意識しているこの時期に、本当にクリスマスを始める気である。

 肩を落とす。


「シグシグも、ケーキ食べたいでしょ?」

「……食べたい」


 それを言われると、欲には抗えなかった。



 ――驚きの安値が殿堂入りをしていそうな大手ディスカウントストアに足を運ぶ。

 雑貨売り場のコーナーでは期待通り、クリスマスの時期を逃してもクリスマス関連のグッズが大量に余っていて無事に買い揃えることができそうだ。


「ホルるんなら着れるんじゃない?」


 投げ売りされているレディースコスプレ用のちょっと際どいサンタ服を綾姉がピックアップする。テロテロの生地で作られたチープな商品だ。


「元々のワンピース姿と大きく変わらないし」

「それはなんか失礼じゃないか……?」


 裾丈や肌にぴったりと吸い付く布一枚の感じとか、確かに似ている気がしてしまうが。

 困り果てるホルンの代わりに俺が阻止する。綾姉は「ちぇー」とわざとらしく悪態をついたあと、まるで交換条件みたいに「じゃあこっちね」と言いながら目に付いた被り物を三つカゴのなかに入れた。


 ……あれを被らなきゃいけないのか。

 早くも気疲れした顔で綾姉に付き添う。


 雑多でチカチカした内装と騒がしい環境に、ホルンが迷子になりかける一幕もありつつ。

 手を取ることでそのトラブルは解決した。


 そのまま、電飾やミニツリー、もさもさキラキラした謎の飾りなんかも、叩き売りであるのをいいことに綾姉は次々カゴへ突っ込んでいく。他所から見て俺たち一行だけクリスマスに取り残されているみたいで恥ずかしい。

 そのあたり、綾姉は全く気にしないマイペースな性格なので、ただただ俺が居た堪れなくなるばかりだった。



 会計を済ませたあとは、綾姉の知人が経営するというケーキ屋が横浜市内にあるというので向かうことに。



 こぢんまりとした個人経営の小さなショップで駐車場もなく路面に面しており、入店には苦労したが、入った瞬間鼻孔をくすぐる甘い香りにふわっと包まれてテンションが上がった。

 それはホルンも同様で、入ってすぐ足を止めて感動に浸る。遊園地に行ったときよりも反応がいい。


「久しぶり。元気にしてたか?」

「元気もりもり。いとこの子連れてきちゃった」


 綾姉と店主は気心の知れた関係みたいで、ショーケースカウンターを挟みながらだらっと世間話に興じている。紹介を受けたタイミングで会釈を済ませたあと、まだ会話が続いているようだったので俺とホルンはじっくりと展示されているケーキを眺めた。


「どれが食べたい? たぶん、綾姉ならどれでも食わせてくれるぞ」

「い、いいんですかね……っ?」


 ホルンが、少しだけ声のトーンを跳ねさせながらもやはり遠慮したようなことを口にする。これまで綾姉の羽振りの良さに随分とわがままを許してもらってきた気がするけど、それでもホルンの遠慮しいなところはなかなか抜けきらないみたいだ。


 俺も綾姉も、それが難しいときは難しいとハッキリ言えるタイプなので、変に遠慮せず正直に要望を言ってもらったほうが実は気持ちが良かったりする。


 ので、首肯を返して綾姉への甘え方を教えるように俺もケーキを選ぶことにする。


「うわ、あれ美味そうじゃないか?」

「あっ分かります……! 悩みますね……」

「いまのうちに一番食べたいやつ決めちゃおうぜ。俺はどうしようかな……。いまの気分は……」


 ひそひそと二人で盛り上がりながら。

 うーん、やはり安定択の苺のショートケーキか。どんな専門店でも言えることだが、一番オーソドックスな味にこそその店のクオリティというものが出ると思う。大層なことが言えるほど舌が肥えている人間でもないが。

 ああしかし、ベイクドチーズケーキもいいな……! 俺はベイクドが好きだ。酸味の強いタイプより、濃厚なチーズの味わいを感じるものが好き。


 く、フルーツタルトも惜しげもなく多様なフルーツが盛られていて美味しそう。それに、これからの時期を見越して抹茶味のケーキなど、和を意識したものも揃えられている。冬らしく、アップルパイもとろっとろそうで大変いい。

 悩む。悩ましい! 非常に悩ましいが、実は心はすでに決まっている。


「しぐま、決めたんですか?」

「うん……チョコレートケーキかな。好きだから」


 素直になることにした。

 ここのチョコレートケーキは、かなり美味しそうだ。四つの層になっていて濃厚なチョコ生地とチョコホイップが交互に積まれている。一切れごとにラズベリーが乗っているのもいい。わずかな洋酒の香りと濃厚なカカオが楽しめると紹介文にあった。


 正直、クリスマスは半分どうでもよくて、誕生日以来のケーキを食べるチャンスに心が躍ってしまう。


「いいですね……! ど、どうしようかな……」


 まだ決めきれないホルンが、そわそわとした様子でケースを食い入るように見つめる。その横顔は静かな喜びに溢れていて、俺も嬉しくなるものがあった。


「――っていうことで、わたしたちはいまクリスマスの準備中」

「クリスマスねぇ。遅すぎじゃね?」


 世間話が一区切り付いたみたいで、綾姉と店主の視線が俺たちのほうに向いた。二人仲良く並んでケースを眺めていた姿を遠巻きに見守られていた気がして、気恥ずかしくなりいそいそと姿勢を正す。


 ふむ、と考え込むように顎に手を当てた店主は、「なら」と一つの提案をしてくれる。


「試作品のケーキも食べてみないか? オマケするから」

「いいの!? さすが高瀬は太っ腹ぁ〜!」

「いまデブっつったか!?」

「癇癪こわい……」


 初めて綾姉が気圧されている姿を見た。

 ありがたいことに、の店主は、俺たちに試作品を振る舞ってくれるみたいだった。

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