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第31話 海の公園にて

 横浜市にある海の公園へやってきていた。

 ここは広大な砂浜が特徴で、時期であれば潮干狩りが楽しめるスポットとしても有名らしい。

 今日は俺とホルンだけ。冬場で人気が少ないのをいいことに、ここで彼女の戦闘技術のおさらいをする。


「結局、ドラウプニルってなんなんだ?」

「意思によって形を変える流体金属です。オリジナルのドラウプニルから、ワルキューレが生まれ出るときに必要な数が複製され、分け与えられます」


 ドラウプニルはその語源がドロップ(雫)を意味し、『滴るもの』という意味合いがあることを踏まえると、北欧神話の説明とは差異があるもののその特徴は腑に落ちるものがある。


 肌寒さに耳を赤くしながら身を縮こませる俺がいる一方で、ホルンは穏やかな海を見つめながらその横髪を耳に掛けて佇む。


「実際に変化するところ、見せてもらってもいいか?」

「はい」


 周囲をきょろきょろと確認した彼女がドラウプニルを長さ一メートル五十センチほどの鉄棒に変化させた。くるくると取り回す様は鮮やかで、慣れたものを感じる。


「すごいな」

「はい」


 彼女が柔らかく微笑む。

 ふいの気付きだが、随分と素直に打ち明けてくれるようになったものだ。

 いや、むしろここまで来といてまだ隠し通されちゃ、それこそ詮ない話ではあるけど。


「コレ、俺は触れるのか?」

「それは……。試したことがないので……」


 悩んだが、意を決して触れてみる。もしも俺も武器を扱うことができるのなら、非常時には何か役立つことがあるかもしれない。

 しばらく様子を見てみたが、特に問題はなさそうだ。


「大丈夫そうだな」

「ですね」


 ずしりとした重みのある鉄棒を受け取る。ホルンは軽々と振り回していたが、俺にはそこまで器用なことはできない。頭のなかにあるカンフー映画を再生するようになんとなくそれっぽい動きで格好付け、それっぽい構えで臨戦態勢を取ってみた。

 ホルンは気まずそうな表情で俺のことを見る。


「どう思う?」

「……よ、弱そうかもです……」

「失礼な奴だな」

「す、すみません……!」


 我ながら、理不尽な要求でホルンに謝罪させてしまった。冷静になると恥じらいも追いついてきて、少し調子に乗りすぎたなと自己反省しつつ。


「で、俺がここから形を変えるには?」

「武器の形を明確にイメージすることが必要ですね。例えば、なら……」


 ホルンが左手のドラウプニルを単純な作りのブロードソードに変更する。刀身がやや幅広く、外側に反った鍔が特徴的な片手剣だ。


「これを参考にしてみてください」

「分かった」


 ぐっと鉄棒を握り込んで、想像してみる。

 待つ。


 ……………反応はない。


 頭のなかでは明確にブロードソードの形状を思い描けている気がするのだが、俺が持つドラウプニルはその形状を一ミリも変化させることがなかった。

 ただの鉄の棒のままだ。


「変化しそうにないですね……」

「ダメっぽいな」


 やはりこれはホルンだけの武器っぽい。

 そのことに少しもの悲しさを覚えつつ、とはいえ俺は戦闘技術を持たないただの一般人なのだからここは大人しくホルンに任せようと思った。


 鉄棒を譲ると、受け取った彼女はスムーズにその形状をブロードソードに変化させる。途端に溶けてスライムのような動きをしながらその形状を変えるから、意思に応じる流体金属というのも納得だ。


「それで、あの赤い光線のことだけど」

「はい。あれはルーン魔術の一つです。他のもの以上に、頻繁に使うことはできなくて」

「ほぼほぼ起死回生の一撃か」

「組み立てるのに相当な時間を要するので、切り札にするのも難しいと思います。前回は幸運でした」


 頭に入れておく。ルーン魔術には何があって何ができないのか、その全てを聞くつもりはない。魔術を使って消耗するものがあるのはホルン自身だし、これについてはホルンの判断に任せるのが最善手だろう。


「いやな、襲撃者……ベイタを俺たちは一度退けたわけだけど、その脅威がなくなったわけではないし、魔物の話題もある」


 ここからが本題。

 この先、俺たちが取っていくべき立ち回りの話だ。


「魔力の回復具合は?」

「本調子には程遠いです。……彼女が本調子になるのを待たないにしても、まだ五日くらいは猶予があるかと」

「その間に作戦を練りたいところだけど……」


 魔物が増えればカーラもまた現れるようになる。人が襲われるような事件も起こればさすがに見過ごせないので、俺たちも判断が迫られるだろう。せっかくの潜伏が上手くいっていても、現状が変わらなければ結局は隠れ切ることができなくなるかもしれない。


『逃げる』か『立ち向かう』か。

 いまとなっては、取るべきは後者である気がする。


「前回は状況的に俺たちが優位なのもあった。襲撃される前に先手を取るのが一番だけど、取ったあとどうやって戦うかも重要なんだよな」


 車上戦をもう一度行うのもアリだが、リスクはある。長距離を渋滞や事故のリスクなく走行できれば文句はないが、はたして……。

 新幹線を使うのは思いついたが、あまりにも巻き込む人が多いので却下した。


「せめて分かりやすい弱点があればいいが」

「どうでしょう……」


 ホルンと一緒に首を捻る。

 そうして手をこまねいていると、砂浜で二人向かい合って立ち尽くす俺たちにおもむろに接近してくる人影があった。


 見回りに来たボランティアの年配男性だ。


「刃物……」


 呟きながら警戒するように遠巻きに見られ、思わず視線を落とすとホルンの両手にはブロードソードが握られている。咄嗟に彼女は二つとも腕輪状に戻す。

 緊張が走る。


「なんでもないです!!」


 咄嗟にそう叫びながら俺はホルンの手を引っ張っていそいそと駐車場のほうへ逃げ帰った。

 いや、まずいまずいまずいまずいまずい!


 幸いにも追われたりするようなことはなく、また見回りに来ただけだから証拠を押さえられたわけでもないと思う。

 ひやひやする。


「あ、危なかった……」

「すみません……」

「いや気にしないでくれ、俺も気付いてなかった」


 ほうっと息を吐く。相当俺たちを訝しんでいたのか、音もなく忍び寄るおっさんだった。

 目の前のハンドルに抱きつくように項垂れる。

 緊張の糸が解けてくると、ダメだ、おっさんの表情と先ほどの杜撰な逃げ方を思い出してなんだかだんだん笑えてきてしまった。

 最近、ツボが浅くなっている気がする。


「く、くくっ……」

「……し、しぐま? 早く出発しましょう、不安ですし……」

「わ、分かってる。分かってる、すまん」


 不安そうなホルンに急かされる。それから少々の時間をかけて立て直した俺は、やっとその場を退散することに成功するのだった。

 課題はゆっくりと解決していこう。

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