翌日。綾姉の家でくつろいでいると、巨獣災害に言及する生放送の情報特番がテレビで組まれていた。
『本日の番組ゲストお一人目はこちら、UMA研究家の山木光一さんに来ていただきました。昨今世界中を驚かせた超常現象の数々について、ご意見を伺っていきたいと思います』
『はぁいどうもー!! 歩くサイケデリックおじさんこと山木光一で〜〜〜す! 本日はよろしくお願いします!』
『いやおじさんは歩くだろ!』
ワハハ、と終始和やかな空気が形成されるバラエティ寄りの特別番組だ。トピックは巨獣災害から始まり、巷に溢れる未確認生物情報、高速道路での謎の人物、東北地域で確認された赤い光を、それぞれ多角的に掘り下げていくみたいだった。
コメンテーター側には、オカルト雑誌として名高い月刊ミューの編集長もいる。胡散臭いメンツなんだけど、有識者がこういったオカルトマニアにならざるを得ないっていうのも不思議で面白かった。
「受験生くんは勉強しなくていいのかい」
「嫌なことを思い出させる……。今朝じっちゃんに頼んで必要なものはここに送ってもらうようお願いしたから、届いたら再開する」
「ふふ、呑気だねぇ」
「身が入らないって。さすがに」
テーブルに突っ伏しながらみかんの皮を剥いていく。所詮、都市伝説レベルの話題を面白おかしくオカルトマニアの方々が好き勝手に論じるだけだろうから、番組の内容は大半を聞き流していたのだが、その話題が高速道路で撮影された動画への言及に移ったときには思わず顔を上げた。
ホルンや襲撃者という存在が世間一般的にどう見られているかは、気になるところだ。
「綾姉が見てたのもこの映像だよな?」
「そうだねぃ。もともと拡散力あるトラック系
「あ……」
リモートで取材を受けることになった動画の撮影主がテレビ画面に映し出された瞬間に、ホルンは見覚えがあったのか分かりやすく関心を示した。
テロップには登録者三十万人越えの飯テロ系インフルエンサー『カスのトラック運転手ちゃんねる(通称カストラ)』として紹介されている。
……テレビ出演は慣れていないみたいで緊張しているようだ。
『当時の状況を簡潔にお伝えください』
『あっハイッえー、深夜……ですかね。いつも通り走行していると路上に白い女性が飛び出してきたんですわ。そう、動画の右側にいるほう。危ない!って思うてハンドルぎゅいん切ったらなんとか衝突を免れたんですけど、トラックは横転してしまいまして。何が起きたんや!って外に出てみたら突如始まるわ黒い女と白い女のバトル! ヒヤヒヤしましたよ、わしじゃなかったら生きて帰れんかったと思う』
『この謎の存在、オカルト雑誌ミューの編集長はどう考えますか?』
『まぁ……天使と悪魔……でしょうね。映像を確認すると分かるんですが……、どちらも羽根と頭の輪っかが発生してるの分かりますか。輪っかは、ヘイローと呼ばれているのですが……』
『確かに。一度拡大した画像を確認してみましょう』
画面いっぱいにホルンと襲撃者が映し出される。幸いにも暗闇の深夜であること、羽根と光輪の眩さが逆光になっていてその顔までは判別できないようになっていたが、ヒヤヒヤする瞬間だった。
思わずホルンの顔色を伺うと、案の定、気まずそうな顔をしている。
『それでミステリアスビースト……謎の巨大生物が現れたときの映像を確認してもらいたい……。コレ、当時も少しだけ話題になったんですが、見てください。……複数の人が浮かんでいる。これが同じ天使なんじゃないかなぁと私なんかは思うわけです』
『ミュー編集長は、この天使と巨大生物の関連についてはどう思われますか?』
『旧約聖書のヨブ記に存在するベヒモスという陸の獣がいるんですが、それじゃないかな、と……。カバやサイ、野牛の姿で空想される巨大な陸上生物です。そして面白いことに、このベヒモスってヤツは、悪魔として見なされていた時代もある……』
「当たってる?」
「……い、いいえ……」
ホルンがささやかに首を振る。
オカルトとしての語り口はそれっぽいのに、証人がいるのは切ない話だ。
『なるほど。ところで、カストラさんはこの映像を撮影後、黒い悪魔のような女性と接触する機会があったのだとか。詳しくお聞かせいただけますか?』
『こぉーれがマジで怖かったんすわ!!』
ホルンから高速道路上での出来事は聞いているが、トラック運転手と襲撃者との接触は知らない話だ。
思わず熱が入る男。
『まず白い女が飛び去ったあと、黒い女もそれを追いかけてってわしは見逃されてたんです。んでトラックのこともあるし人呼ぼう思て電話掛けてたら、向こうのほうで赤い光が見えたからアッチでまだやってはるわー、なんて思っててんですけど……その数分後ですよ。背後に突然女が立っとって! 脅されたんですわ!〝撮ったものを消せ〟って! 底冷えするような声ですよ、悪魔です悪魔あんなの! わしやなかったら殺されてました!』
この傷見てください傷ぅ! とカメラレンズに顔を押し当てる勢いで男は額の切り傷をアピールをしていた。
多少の脚色が入っている気はするが、その話を聞いてホルンは訝しげな反応を示す。
「どうした?」
「その、彼女が人と接触したことに、違和感があります。どうして……?」
『なるほど、参考になります。話のなかにもありました赤い光についても解説していきましょう。こちらは宮城県の南部地域周辺で多くの人に目撃されました。巨大生物が北部に現れたことを考えると、いずれは東京にまでその影響が南下するのでは? という見方もあります』
『実際UMAの最多目撃事例は東北を中心にしていますが、日本各地、いや世界各国でもその目撃情報はぽつぽつと増えているんですね〜〜〜興味深いですよねぇ!』
『なるほど? 山木さん、詳しくお聞かせください』
『ハイ。巨大生物が現れてからその周辺で観測され出したUMAなわけなんですが、実は東北に限らない! カストラさんの話を聞いてピンと来ました。そこでおじさんが考えたのは、〝認知度こそがUMAを引き寄せるのではないか〟という仮説です」
――それは、興味深い仮説に思えた。
『例えば巨獣災害後、ぽつぽつと確認されていたUMAの目撃情報は先日の赤い光以降、爆発的に増加傾向にあります』
山木氏が個人的にまとめてきたと思われる未確認生物の目撃情報をまとめた紙束を画面に見せつける。どうやら番組に事前に話は通していなかったみたいで、光の反射もあって紙面を正確に確認することはできない。
『戦後から盛んになっていったUFOブームは数多くのメディアに取り上げられていったことでその目撃情報が増えていった、という統計があるんですねぇそうつまり、話題になればなるほど潜在的な目撃者は増える傾向にある。それだけUFOやUMAという存在は、認知度によって明るみに出やすくなる、と考えられるわけですそこにカストラさんの証言! 動画を消せですよ!? どういうことか分かりますよね編集長?』
『んん、まぁ……いまの時代はSNSがありますからね……。情報伝達速度も当時より素早いということで、もし話題になることがヤツらの誘い水になるのだとしたら――……いつどこで第二第三のベヒモスが現れるとも……分からんわけですよ』
『そ、それって……』
『ある意味、これは検証にもなり得ますよね……。全国ネットでいち早くこれらの情報をまとめたわけですから。SNSを中心とした若年層のみならず、テレビのメイン視聴者層であるお年寄りも現状を知ることになる……。日本は、少子高齢化の時代ですからね、はてどうなるか』
まるでメディアでこの話題を取り上げる是非を問うような、そしてそれを面白がるような不穏な話の展開になっていくと、その責任感に青ざめた顔をした番組MCがコマーシャルの挿入を指示する。
洗濯洗剤の爽やかなCMが、見てそのまま清涼剤のような効果を発揮しているようだった。
「………」
「………」
「………」
なんともコメントしづらい空気が残る。
――認知が魔物の出現を加速させる――。
それが正しいのか正しくないのかは、ホルンにも分からないみたいだ。所詮はオカルトマニアのこじつけや戯言だろうとはいえ、全く『ない』とは言い切れない話に身が引き締まるものを感じた。