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第29話 遊園地

 その後、ゲームセンターで対戦型ゲームを軽く遊んだり、おしゃれな喫茶店でお茶をしたりと過ごしたのだが、午前中から活動を始めたのでまだ時間が余っていることが判明。


「せっかく着替えたんだし、どこか面白いところ行こうゼぇ〜?」


 と、顎をしゃくれさせながら言う綾姉に誘われて次の目的地を決めることになったのだが、難航した。「横浜らしいところに行ってみたい」という俺の意見のもと、それっぽい観光地をネットで検索して行き先を決めてみる。


「メジャーなとこだと、横浜中華街や赤レンガ倉庫、マリンタワーかなぁ。シーパラとズーラシアも横浜らしい?」

「ぜんぜん分からん……」


 あいにくだけど漠然とした横浜観しか抱いていない。中華街と赤レンガ倉庫はさすがに名前を聞いたことはあるが……何があるんだ?? 倉庫って何を見に行く?


 俺よりも地域のことを知らないため、話に加わりようのないホルンが視線を落としながらやや退屈そうにドリンクのストローを咥える。


 俺は検索方法を画像検索に切り替えて、一覧に表示される風景写真を眺めながら横浜のイメージを膨らませていくことにした。


「あ、この観覧車は見覚えがある」


 ふいに目についた施設を取り上げると、綾姉が「えぇ〜? 遊園地ィ?」とひねくれた返答を見せる。


 ……いやいや、俺だって、目についたから『これは知っている』と言いたくなっただけで、遊園地に行きたいと思ったわけではないぞ。

 年頃の男としてその誤解をされてしまうのは恥ずかしく、否定をしようとしたのも束の間、


「わたしもう二十六なんだけどなぁ……。いいね!」

「いいのかよ」


 わざとらしい前振りのもと渾身の笑顔とサムズアップを向けられてドン引く。異様にテンションが高い。

 俄然、乗り気になってしまった綾姉に、辟易としたそら笑いを浮かべるしかなかった。


 ――そんななか、ズゴッ、と俺たちの横でストローを勢いよく吸い込んで存在感を表すホルンがいる。


「………」

「………」


 思わず綾姉と顔を見合わせる。気まずそうな顔と無言のジェスチャーでホルンに構うことを勧められた。

 さすがに蚊帳の外にしすぎたか……。

 申し訳なくなってくる気持ちと、やけに子どもらしい反抗を見せるホルンの姿に、二種類の感情がないまぜになってしまって上手く謝罪の意を表すことができない。


 気遣うように声をかけながら、話に混ぜることを意識してスマホの画面を見せ、「ほ、ほら、この観覧車見てみたくないか?」と伺ってみた。

「なんですかこれ」とそっけない言葉を返される。

 よく分からんが、拗ねてしまったみたいだった。



 そんな一幕もありながら、相変わらず時間は持て余したままなのでひとまず遊園地に向かってみることにする。


 場所は横浜みなとみらい。未来志向の都市型立体遊園地『よこはまコスモワールド』へ俺たちは足を運ぶことになった。


「――すごいな」

「わぁ……」


 車での移動中、俺とホルンの声が重なる。車窓から眺める限りでもその存在感は発揮されていて、自然とわくわくしてしまうものを感じられていた。

 立体遊園地とされるだけあり、見上げんばかりのアトラクションが豊富だ。よこはまコスモワールドは三つのゾーンに分かれた造りで、それぞれ楽しみ方の種類が違うという。


 はたして事前によく調べたりもせずに足を運んでいいような場所なのかと疑問になるところだが――なんとこの遊園地は入園料が無料で。

 フリーパス制ではなく、アトラクション毎のチケット制であることから、あらゆる客層が気軽に立ち寄ることを想定されているみたいだった。


 子どもじゃないんだからとスカしたくなる気持ちとは裏腹に、一層高まる期待を胸に、付近の駐車場に車を停めて徒歩で遊園地に向かう。海沿いゆえ漂ってくる磯の香りが、山に近い生活をしていた俺にとってはひたすらに新鮮だ。


 遊園地がもう間もなく迫る。非日常感と見慣れない景色に結局は俺も浮ついてしまったし、ホルンも、徐々に全貌が見えてくる遊園地という存在に夢を見るように瞳を輝かせていた。

 機嫌を持ち直してくれたようでホッとする。


「入り口でお金を払わない遊園地って、なんかドキドキする……」

「田舎者だねぇ」

「ム……」


 今日になって通算何度目だろうか。朗らかに笑う綾姉を毎度のように睨み付けるが、いつも涼しげに流されるばかりなので悔しい。


「ここ、すごいですね……!」

「でしょー? ホルるんは素直でかわいいねぇ」


 カラフルな園内の意匠を楽しげに見渡して、とことこと俺たちの元に帰ってきたホルンが声を上擦らせながらそんなことを報告してくれた。これは俺が一人っ子だからこそ思うが、こういう瞬間のホルンの妹力ってなんだか異常なまでに高いと感じる。

 実の姉妹仲が悪いのが信じられないくらい。


「素直でもかわいいでもないですっ」


 唇を尖らせるホルンに、


「いやぁ素直だよぉ〜。分かりやすいもんねぇ〜?」


 と、ヘラヘラしながら綾姉が返す。


 思えば、妙子さんに続いて綾姉にまで可愛がられているわけか。このやけに人の庇護欲をそそるような儚い美少女感には、側から見ていてつい苦笑してしまうものがある。当然ながら、俺もそのに当てられた側の人間ではあるんだけど。


「ほらほら、乗りたい場所行ってみぃ〜? 二人とも。おねーさんこそが二人のパトロンだ」


 首元に腕を回され、過度なスキンシップに困惑している状態のホルンが、助けを求めるように俺を仰ぎ見る。


「ぱ、ぱとろんって……?」

「なんつうか、お金持ちってことだ」

「それは意訳がすぎるんじゃないかにゃあ?」


 とぼけ顔で綾姉が猫をかぶる。せっかくだからと大判振る舞いしてくれているのだろう。その優しさには頭が上がらないものも感じながら、ここ数日間の反動もあって、俺たちは全力で甘えるように遊園地で遊んだ。



 ……よこはまコスモワールドには、絶叫系アトラクションの乗り物が多い気がする。



「だ、大丈夫ですか、しぐま……?」

「ぅ、うぷ……」


 サッ、最悪な気分だ……。

 ここまで自分の三半規管が弱いとは思わなかった。

 早々にグロッキーになる俺に対して、絶叫系アトラクションには全く驚くこともなく慣れたようにただ乗り込んでいたホルンが、気遣って背をさすってくれる。


 考えてみればそりゃそうだ、ホルンは高速道路を走行中の車を上回る速度で飛行することができるんだもん、こんなアトラクションが怖いわけがない。

 めちゃくちゃ周囲を見渡して景色を堪能する余裕を見せていた。俺とは耐性が違いすぎる。

 楽しんでくれているようだからいいけどさ……。


 一方で、綾姉は綾姉で遊園地ハイになる気質だったらしく、思った以上に連れ回されてしんどかった。

 アトラクション後の俺とホルンの対比がやけにツボに入ったのか、ケラケラとずっと笑われてしまって恨めしい。


「はぁー、シグシグがダメそうならそろそろラストにしよっか?」

「くっそ、悔しい……」


 俺のせいで遊びが中断されてしまうのはショックだ。目尻を拭いながら笑い疲れたようにする綾姉には私怨を、ずっとすぐそばで背をさすり続けてくれるホルンには優しさを感じながら、とぼとぼと歩き始める。


 最後に向かうことにしたのは、もちろん、ここへ来る理由にもなった観覧車。


 水分補給を済ませてから長蛇の列に並ぶ。暗くなり始めの時間帯は冷え込みを感じたが、服装のおかげでずっと過ごしやすさを感じられた。


 よこはまコスモワールドの目玉であり横浜市のシンボルでもあるこの観覧車『コスモクロック21』は、世界最大級の時計機能のついた観覧車であり、みなとみらいを中心とした市内の夜景を望めることで話題だった。


 順番的に、足元が透けたシースルーのゴンドラに乗ることになってしまって緊張する。

 三人で乗り込む。徐々にゴンドラは持ち上がっていき、心がすくわれるような展望を拝むことができた。


「すごいな……!」

「はい……! これは、綺麗ですね……!」

「う〜〜〜ん記念撮影。パシャリ」


 俺たちが窓に張り付いて感動していると、綾姉が盗撮まがいの撮影をする。そして「三人でも撮ろー!」と突撃してきたから、片側の座席に重心が偏ってゴンドラがぐわんと大きく揺れた。吐いちゃうよ俺?

 ひやひやしながらも三人で並んで、楽しげな思い出を写真に残す。


「いや俺が半目じゃねえか。嫌だ。もう一回撮りたい」

「えぇ〜? わがままだにゃあ」

「ふふ、撮りましょう撮りましょう」


 綾姉だと意図的に変なタイミングでシャッターを切るので、俺が撮影係を務める。三人で顔を近くに寄せ、背面には高高度からの夜景が映るように。


 パシャリとシャッターを切る。


「どうですか?」

「ほら。綾姉が撮るよりいい感じだろ?」

「ひど〜い」

「微塵も思ってないだろ……」


 呆れてため息も出ない。綾姉が楽しげに笑い続けるから、触発されて俺たちも自然の笑みが溢れ出る。ホルンと逃げ出してから辛いことが多かったけど、一つの山場を乗り越えて、ようやく日々を楽しむことができるようになったのを痛感した。

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