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第28話 ホルンのファッションショー

「しかしまぁ……着られてる感が拭えないね」

「うるさい」


 場所は移動してレディース服専門店へ。綾姉に選んでもらった服をそのまま着ていくことになった俺は、唐突にそんな裏切りを受けて内心ひどいショックを受ける。

 ケラケラと笑っている綾姉は俺の肩に腕を回して「じょーだんじょーだん!」とだる絡みをした。


 ところで、次のターゲットになってしまったホルンはと言うと。


「あの、やめませんか……?」

「さっきまでの俺と同じこと言ってるぞ」

「私には必要ないことですから……!」


 ずっと腰の引けた姿勢で嫌がっている感じだった。

 こうやって服を選ぶのは二度目であるし、何を今更という感じではあるが、ひょっとしたら先ほどまでの俺の服選びを内心面白がっていた自覚が本人にも芽生えたのかもしれない。

 それを自分に向けられるのは嫌で……。だとしたら、俺は逃してやらないぞ? 今回ばかりは全力で綾姉の側に着く。


 ホルンはあからさまにショックを受けた表情をすると、今度はレディース服専門店のなかを見渡す。若者向けの洋服が数多く取り揃えられていてフェミニンかつガーリーな内装。なんだか男の俺がいて申し訳ございませんと言いたくなるような雰囲気で構築されている店舗。


「こんなのっ、知らない……!」


 気恥ずかしげにホルンは狼狽える。綾姉はその手をぱしっと掴んで逃げられないようにすると、さらに店内奥地へ引き摺り込むようにホルンを連れていった。

 俺は気まずいからいちいち店員さんたちに会釈する。変な一行だと思われていそうだった。


「はい。まずは立ち鏡で全身を確認しよう」

「えぇええっ」


 ぐいっと引き寄せられて鏡の前に立たされるホルン。あまり直視したくないみたいで顔を逸らしているのだが、そんなことを綾姉が許すはずもなく、柔らかそうな頬をぎゅむっと押さえ込んで強制的に鏡に向き直させる。


「丈の短いワンピースとパーカー一枚でしょ? う〜ん悪くはないんだけど、パーカーのデザインがちょっと子どもっぽすぎてどうしてコレ選んだの?って感じだし、秋コーデの印象なんだよね。さすがに見ていて寒々しすぎ。もっとホルるんの素材を活かしたおしゃれって絶対あると思うんだよねぇ」

「子どもっぽくて悪かったな」


 俺がそう言うと、わざとらしく口元を手で隠してペコちゃんキャンディのパッケージみたいに目を逸らす綾姉のとぼけ顔を見る。分かってて言っていやがる。


「間に合わせだったんだよ、インナーだけだと余計に寒々しいから」

「そ。だからおねーさんがホルるんの外着を完璧に仕立ててあげようってワケ」


 ほら見てホルるん……と彼女の耳元に囁きながら、綾姉がホルンの首を操作して鏡の反射越しにあんな服やこんな服、マネキンのセットアップコーデなどをまじまじと見せる。


「どれが着てみたい?」

「……わっ、分からないでしゅ……」

「じゃあ色々試そっか」

「ひっ」


 ホルンの主体性のなさが裏目に出ている。

 救いの眼差しを向けられたような気がしたが、サムズアップを返して俺は見送ることにした。


 かくして、ホルンのファッションショーが幕を開けた。


「まずは王道! モノトーンカラーのインナーにタイトなミニスカ、ロングブーツ、チェック柄のダブルジャケットコートを合わせた、ちょっと大人な印象のガーリーファッションコーデ!」


 試着室から照れ顔のホルンが出てくる。

 終始テンションの高い綾姉は深々と唸ると、同系色のキャスケット帽を手に取ってホルンの頭に被せる。


「うぅ〜ん、完璧! ちょっと本気デート服すぎるな」

「デート服……っ!?」


 おうむ返ししたホルンが俺のほうを見てくるので自然と目が合う。彼女は試着室のカーテンをばっと閉めるとなかに閉じ込もってしまった。


「もう少し見たかったのに……」


 思わず呟く。というのも、綾姉に仕立ててもらったホルンは予想以上にその印象が変わる。


 いままでは儚げな印象であったのが、突然に実在する人間であるかのような……、言うなればファッション雑誌のモデルがそのまま目の前に飛び出してきたかのような、非実在感と生の質感。

 ホルンという存在が現代風のコーデをしてこの世界に明確に落とし込まれたことで、より一気にグッと引き込まれるような魅力を帯び出した。そんな気がした。


「試着室に込もってまだまだ着替える気満々なんてやるねぇ」

「そうじゃありません!」

「あんまりいじめるなよ……?」


 クシシといたずらっ子のように笑い声を殺しながら楽しげにする綾姉。俺の忠告に対してオーケーサインを作って答えると、意気揚々と二着目を持ってくる。


「お次は白のブラウスに落ち着いた色のロングプリーツスカートを合わせて、上にはアクセントになる明るめのニットカーディガンを羽織った大人しめ女子のカジュアルコーデ! 大きめのバッグが似合うかな」


「動きにくいのはちょっと……」

「似合ってるけどな」


 ワルキューレとしての機能性の部分で渋い顔をするホルンに俺がそう言うと、またも彼女は試着室のなかに引っ込む。「あれ何……?」と怪訝な面持ちで指を差しながら綾姉に問いかけても、綾姉は「さあ?」と肩をすくめるばかりだった。よく分からない。


「動きやすさを追求するなら肌触りの良いブークレ素材のミドルコートをメインに、ニットセーターと厚底ブーツ、レッグウォーマーを合わせた若者フェミニンなふわもこコーデとか!」


「これなら、まぁ……悪くないかも……」

「悪くないってよ」


 好印象みたいだ。俺もホルンを恥じらわせないように、直接的な感想を述べるのは避けて加勢する。


「えー。でももうちょっと楽しみたい〜」

「え"っ」


 しかし、途端にわがままを言う綾姉に振り回され、ホルンはその後も『韓国風大人女子コーデ』や『タイツとスカートの絶対領域コーデ』、『カフェで過ごす大学生コーデ』や、ぱんぱんのダウンジャケットのせいで腕が閉じなくなっちゃって服を着せられた犬っころみたいにどうしようもなくなっている可哀想だけどかわいいコーデを着させられたりしていた。


 ようやく満足した綾姉に解放され、ぜぇはぁと肩で息をするホルンに心の底から同情しながら。

 綾姉は考え込むように顎に手を当て、妙なことを呟く。


「一番反応良かったのは絶対領域だったかぁ」

「反応??」

「シグシグの」

「バッッ……」


 外なので言葉を呑み込む。恨みがましく綾姉のことをキツく睨むと「男の子だもんねぇ〜」と彼女はヘラヘラ笑っていた。とても許されない。


 恥じらうように、俺から目線を外しながら垂れた横髪を耳に掛けるホルン。このままだとまずい、とそう思った俺は、なんとか気持ちを立て直して感想を言う。


「……いや、どれも似合ってたよ。どれもいままで見てきたホルンとは違って、どれもホルンらしさがあって。俺がどうとか綾姉がどうとかじゃなく、ここはホルンが気に入ったのを選ぶべきだ」

「私が、気に入ったもの……」


 これまで着てきたコーデを一列に並べて、ホルンは深々と考え込む。こればっかりは誰かに決めてもらうのではなく、ホルンが着たいと思ったものを選んでほしいと思う。

 それこそ、主体性のない彼女が主体性を培っていくのに大事なことだとも思うし。


「なら、これにします」


 ホルンは、ふわもこコーデのときに着ていたミドルコートを選んで振り返る。


「肌触りが、とても好きだったので」


 ぎゅっと大切そうにミドルコートを抱き寄せながら。

 その表情を見てなんだかホッとした。一瞬、好きなものよりも機能性やワルキューレであることを優先してしまったように思ったから。

 充足感のある顔でそう呟くホルンからは、建前や遠慮などは感じられない。


「いいね。いい選択。いままでの服装よりずっといいよ」

「ほ、本当にいいんですか? 私のために、こんな」

「うんうん」


 綾姉が仏のような笑みでダブルサムズアップする。おおかた、ホルンに優しくすれば俺がどんどん頭が上がらなくなっていってなんでも言うことを聞くようになると目論んでいるのだろう。

 感謝は多いがそれはそれとして絶対抵抗するからな。

 そんな意志を心に固めながら。


「そういえば、綾姉は? 何か綾姉も、マフラーなり買ったらいいんじゃないか? 首元が肌寒そうだし」

「選んでくれる?」

「……まあ、それくらいならいいけど」


 ホルンのコーデを選んだレディース服専門店はガーリーすぎるので、会計を済ませたあと、綾姉が好きそうなシックな雰囲気ある店舗に入る。

 あまり俺自身のセンスがないことは、ホルンのパーカーを見てご存知だと思うのだけど……。


「これは?」

「ふふん、無難だね」

「うるさい。で、どうなんだよ」

「いいね。掛けてかけて」


 目の前で頭を垂れる綾姉に呆れ、仕方なく俺が選んだチェック柄の大判マフラーをその首元に掛けてあげる。

 姿勢を元に戻した綾姉は、マフラーを少しだけつまみ上げると、


「うん、これにしよう」

「なっ。おい、もうちょっと考えなくていいのかよ」

「いいんだよ。シグシグが選んでくれたものなら。役得だね、あなたたちのコーデをしてあげてよかった」


 ニンマリと、妖しげに綾姉は笑う。

 俺が選んだものならって、自分の服装に拘りがなくてどうするんだ? その笑顔を向けられて、「はぁ……?」と首を傾げながらホルンと顔を見合わせる。

 ところがホルンはホルンで、なぜだか知らないが少しだけ頬を膨らました顔をしながら。


「役得だね。役得だよ、本当に。ふふ」


 役得ってなんの役得なんだ。

 綾姉は嬉しそうにそう口にしながら、俺が選んだマフラーを愛おしげに見つめていた。

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