「うひゃ〜、人がいっぱいだねぇ」
「こんな広い場所、俺初めて来た……」
横浜市にある県内最大級の大型ショッピングモールは、東京ドーム二つ分に相当する広々とした敷地のなかに多種多様な店舗を内包する。
午前中であるにも関わらず混雑した駐車場に四苦八苦しながらもなんとか車を停め、正面の屋外広場を通りかかった俺は四階建てのその建物と外観にまんまと圧倒された。
「田舎者の反応だね」
「うるさい」
ピッと綾姉に両手の人差し指で顔を差されて俺は不服の意を表す。というか、大概、俺と同じような反応で頬を紅潮させながら見上げるホルンには「初々しいねぇ〜」と可愛がるくせに、どういう了見だ。田舎であることにコンプレックスを持っているわけじゃないが、俺だって純粋に感動しただけだぞ。
そもそも俺だって生まれは東京らしいし!
内心でそう抗議する俺を置き去りにして、慣れている綾姉は早い歩調でモール内へと向かって行ってしまう。
俺たちも慌てて付いていきながら。
「ああ、もう正月か……」
視界に飛び込んできた広告に、ぼそりと呟いた。モールの内装は季節柄、正月を見越した飾り付けや関連商品の販売、福袋の予告がよく目立っている。
クリスマスはおろか、年末らしいことは何もしていないな。
そのことに気付くと一抹の侘しさのようなものを覚えたが、まぁそんな年もあるか、と特には拘らず目を瞑った。
「そういえば、どれくらいうちにいる予定なんだっけ?」
「あー、考えてなかったな……」
綾姉に訊かれて思わず考え込む。現状、襲撃の心配はかなり低い。仙台市で過ごしていた頃も結局、魔物被害に対応しようとしてカーラと居合わせてしまったのが発見に繋がる要因となったので、大人しく過ごしていれば案外、気付かれずに日々を送ることはできるのかもしれない。
であれば、何日でもここに居させてほしいくらいだが……、綾姉に迷惑を掛け続けるつもりはないし。
とはいえ、俺とホルンだけでは逃亡生活を続けることもできないわけで、さてどう答えようかと回答に悩んでいると。
「わたしに気を遣うのはよしなよ、シグシグ」
「………、休み明けぐらいまでは居させてほしいと思ってる」
「よぉ〜し、それなら日用品あたり買いに行こう」
「えっ」
綾姉が意気揚々と目的地を決めて歩み出すので、慌てて追いかける。その思い切りの良さに困惑と若干の後ろめたさを感じていたら、ふいにキュッと足を止めて振り返った綾姉がつん、と俺の鼻先を指で突いた。
思わず面を食らってしまった。
「ゲストはあなたたち。ホストはわたし。お金はあるから遠慮はしないこと。大人の財力舐めんなよー?」
快活で、どこか挑戦的なその笑顔。
どきっと高鳴る鼓動を感じて困惑する。たじろいでいると、目の前には「ふふん」と得意気にする綾姉、視界の隅にはおずおずとこちらを伺うように見上げるホルンのつむじがあって、ハッと意識を取り戻した。
頭を振って余分な思考を振り払う。
「……ありがとう」
「うむ」
綾姉には本当に助けられている。なんだかんだと俺が一番心を開き、甘えられる相手であるのかもしれない。
気恥ずかしい話ではあるが……。
頭が上がらないなと、改めて認識した。
その後は綾姉主導のもと、モール内でショッピングを続けた。茶碗や歯ブラシ、バスタオルや洗剤など、数日間の間に合わせとなる個別の生活雑貨を揃えたあと、次はメンズ向けアパレルショップに入店することになる。
そこで嫌な予感が働いた。
「はいここまで荷物を持ってくれてありがとう。シグシグ、お着替えの時間だよ」
「いやいいよ、まだ困ってないし」
案の定だ。さすがに高価な服まで恵んでもらうわけにはいかない。このアパレルショップ、良い値段をしている場所だし。
入店を拒否する俺に対して、有無を言わせない笑顔を浮かべた綾姉が強引に押し切ろうとしてくる。
「これから肌寒くなるってニュース見たでしょ! ダメだよジャケット一枚じゃ。ホルるんも、シグシグが風邪引いたら困るよね?」
「わっ、私もそう思います!」
「おいホルン……」
ホルンが綾姉の側にしれっと寝返る。
俺の後ろに回り込んできた綾姉が、ぐいぐいと背中を押してきながら。
あれよあれよと服を選ぶことになってしまった。
「どういうのが好みとかある?」
「落ち着いた色合いの……。地味なやつが好きだけど」
「えー、それじゃあ面白くなーい。面白くないよね、ホルるん」
「……!」
俺は呆れる。なんなんだコイツら……。
ホルンに至っては、同調しているだけで本当に思ってるわけでもないだろう。綾姉の勝手な物言いと味方作りにはほとほと呆れ返る。
頬をぽりぽりと掻きながら「やっぱりやめにしないか……?」と訴えるが、「分かった、わぁったからもうおねーさんに任せて」と何を分かっているのか、まともに取り合ってもらえることはなかった。
「実は楽しんでるだけだろ綾姉」
ギクっとその肩が揺れる。六四ほどの割合でこれは俺のためじゃない。親戚一同関係ない場所で、俺とこうしてショッピングできる喜びが勝ってるだけだ、絶対。
言葉では否定してこなかったが、誤魔化すように差し出された一着目を半笑いになりながら受け取る。
適当に選ばれたから、オーソドックスなダウンジャケットだ。
こうなっては仕方がないとなし崩し的に上着を脱いだ俺は、一度それをホルンに預けると、厚手のダウンジャケットを着込む。
「あぁ〜、似合うね。面白みはないけど」
「似合います、しぐま」
一言余計な綾姉と赤べこのように頷いてばかりのホルンである。いったいこれはなんの茶番なんだ……。
早くも気疲れから、眉間を揉み込んで俺は唸った。
続いて。
綾姉が選んだのは、明るい色味のダッフルコートだった。多くの場合、留め具が水牛の爪の形をしていることで知られる。厚く、けば立ったあら織りの毛織生地。あまり俺は着ないタイプの服装だが、意外と二人からのウケはいい。
「かわいい感じだ」
「よしやめにしよう」
「えぇ〜」
服に罪はないがその評価は屈辱的である。
その後、裾の長いトレンチコートや立ち襟が上品な印象を演出してくれるステンカラーコートなども羽織ってみたが、こちらは「似合わないね」とバッサリ切られ続けた。
フォーマルな装いに近くなっていくと、なんだか俺のイメージからかけ離れていくらしい。
これは猟師の祖父のもとで育った弊害だろうか。
「これは?」
「モッズコートはじっちゃん家でもよく着てたよ。寒い日はそっちで出かける」
「やっぱりいまの上着、冬の本番仕様じゃないジャン」
「ぐ……」
勘付かれてしまって弱る。半目でじっとこちらを見てくる綾姉はとびきり大きなため息を吐くと、肩を竦めてわざとらしく『やれやれ』と首を振るった。
「じゃあそうだなぁ、田舎者の君でも文句が出ないコーデをおねーさんが作ってあげよう」
「だから田舎者じゃねえし」
横浜にかぶれすぎである綾姉は。
とはいえ、彼女の実家も仙台にあり、じっちゃんの住む登米市とはかなりの差があるのだが。
何か考えのあるらしい綾姉は、ショップ内を駆けずり回って複数の衣服を選出してきた。
「これぞ冬の重ね着ストリート系ファッション! こういうの好きじゃない? ほら都会っぽいぞ〜?」
ホワイト系、グレー系でまとめ、だぼっとしたカーゴパンツにオーバーサイズの厚手なパーカー、その上にダウンベストを重ねた全体的なライトなトーンの仕上がりのファッション。
これは……。
確かに好きな感じだし、一度着てみたいと疼くものを感じる。普段の俺からは出てこないセンスだ。素直になるのは術中に嵌まる感じがしてなんだか抵抗感があるが、せっかく勧めてもらったのは事実であるし、集めてくるのが大変そうだったから一度くらいは試着してやらないと申し訳なさがあるし、仕方なく、受け取って試着室に入ることにする。
「ああいうところが可愛いよね」
「は、はい……」
なんか話していたが耳には入っていないことにした。
いそいそと着替えて退出。
「ど、どうだ」
「う〜〜〜ん、バッチシ!」
「似合います!」
諸手を挙げて褒められるとどこか居た堪れないものを感じる。気恥ずかしさにぽりぽりと頬を掻いていたら、「じゃあ」と今度はホルンに向き直った綾姉が、数十分前の俺に対する有無を言わせない迫力のある笑顔を浮かべてこう言った。
「次はホルるんの番ね」
「待ってた」
「えぇええ!?」
ガッツポーズ。この恥辱はお前にも味わわせてやる。
あからさまに狼狽えて、腰が引けるホルン。
まだまだショッピングは長く続きそうだった。