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第26話 居候生活

 綾姉の家は1LDKだ。八畳のリビングに洋室は四・五畳ある。寝床については両親が来たときのために来客用布団が二組あるらしく問題ないそうだが、ホテル宿泊時とは違い、異性の生活感がある場所に一対二の構図で寝泊まりすることに今更ながら強い抵抗感を覚えた俺は、「車で寝ようかな」と申し出ようとした。


「「それはダメ!(です!)」」と二人に声を揃えて反対された。


 かくして。



 翌朝は、鼻腔をくすぐるスクランブルエッグとベーコン、トーストの香りで目が覚めた。



 起床は俺が一番遅かったみたいで、体を起こして台所のほうへ目を配ると綾姉とホルンが和気藹々と何やら調理に取り組んでいる光景を見る。

 なんだか不思議な気分だ。


「おっはよう」

「おはよう……。二日酔いとかないんだな、綾姉は」

「うちの家系みんな強いの知らない? だからシグシグも大人になったらバカスカ呑めるね」

「怖いわ」


 サムズアップを向けられて呆れた顔をする。

 一方、スクランブルエッグ作りを手伝わされているらしいホルンは一生懸命フライパン上の卵を切りながら俺に向かって「お、おはようございます……!」と挨拶をした。

 頬が赤くて緊張していることがよく伝わってくる。

 人見知りには綾姉のような距離感の融解が激しい人はまだ厳しかったか、と微笑ましくもなった。


「ホルンもおはよう。無理して手伝わなくてもいいんだからな」

「いっ、いえそんな……!」

「シグシグはすぅーぐ水を差すんだから。ホルるんはいい子なんだぞ。ねぇ〜? ウリウリ」

「火を使ってるときに危ないって」


 仲がいいのかどうなのか分からない。戸惑っているようだがまんざらでもないようなので、ホルンも決して嫌っているわけではないのだろう。

 一言断りを入れて洗面所へ顔を洗いに行く。

 出たあとは食器運びを手伝い、三人でテーブルを囲んで朝食を取ることになった。


「ん。美味い」

「嬉しいねぇ。いっぱい食べな〜? 育ち盛りなんだから」


 そう言う綾姉はコーヒーだけで、どうも朝食は食べないみたいだ。ホルンにも手伝ってもらっていたスクランブルエッグは美味しそうにつまんでいたが。

 せっかくのご馳走を俺たちだけでいただくことにどこか申し訳なさを感じてしまっていると、「朝はお腹空かないんだよね」とケラケラと綾姉は笑っていた。


「二人はこのあと予定は?」

「特には……。迷惑だったら、日中は外に出るようにするから気兼ねなく言ってくれていいぞ」

「イヤイヤ、わたしが追い出すわけないジャン……。特にないならショッピングモールに連れてってほしいなって」

「そういうことなら喜んで」

「ふへへ、やったね。シグシグが運転免許取ったの今年でしょ? 乗りたかったんだよねぇ」


 にへらっと綾姉が微笑みかけてくる。綾姉も通勤用に自家用車は持っているはずだが、わざわざ乗りたいとそう言ってくれるのは嬉しい。横浜市のことは何も分からないので迷子になりかねないのが運転手として一抹の不安だが、俺も綾姉は乗せてみたいと思った。


 その後、朝食を済ませ、ショッピングモールが開店する時間までだらりと過ごす。


 テレビは冬休み特番が多いが、昨今の事情も相まってニュース番組は休みなく報道を続けている。高速道路の一件はやはり話題になっているみたいで、それ以外にも、未確認生物関連のニュースは東北各地で七十件近く報告が上がっているそうだ。


 その全てが害のある生物とは限らない……とは言え、背筋を正したくなるものを感じる。


「向こうはもう雪降ってるんだ」

「そうなんだよ、じっちゃん大丈夫かな……。部屋に大穴空いてそのままなんだ、例の女が突撃してから」


 そういえば、綾姉に経緯を説明する過程でホルンから明かされているのだが、襲撃者の黒いワルキューレの名前は『ベイタ』と言うのだそうだ。


 気になってインターネット検索をしてみたが、『ワルキューレ ベイタ』で一致する項目は見られなかった。

 なかなか、叙事詩や伝説上にも登場するようなワルキューレというのは実在していないのかもしれない。


「心配だねぇ……」


 綾姉がぽつりと会話のボールを打ち返す。あまり興味がなさそうで実に綾姉らしい。

 別に葬式での発言を根に持っているわけではないが、やはり彼女の興味関心は俺にしか向いていないようだった。

 あまり、じっちゃんを蔑ろにされるのは快くないが、話を振った俺も悪いかと思って気に留めるのをやめる。



 そんなこんなでお出かけの準備をすることに。



「ホルるんは上着それしかない感じ? 貸そうか?」

「あ、いえ、私は寒くないので……」

「ほんと? 寒くなくてもお洒落はしたほうがいいぞ〜?」

「あはは、はい……」


 綾姉はロングコートを羽織る。彼女が学生の頃で俺の記憶も止まっているので、よそ行きのその姿は大人びていて新鮮な感じだ。

 エレベーターで地上階へ行き、共有エントランスを抜けて来訪者用の駐車場へ。


「わたし助手席乗りた〜い。ダメ??」

「別にいいけど……」


 わがままだな……。ホルンには悪いけど、今回ばっかりは綾姉を優先する形で後部座席に移ってもらうことにする。


 車の前まで三人で向かうと、運転席のサイドガラスの様子を見て綾姉はぎょっとした反応を見せる。


「うわっ、これも敵にやられたの?」

「そう。まあ、現状問題はないから大丈夫だ」

「修理したら……? お金渡すけど」

「流石に悪いからいい。どうせまた何かあるかもしれないし」


 俺が軽く流していると、綾姉は思い詰めた表情で足を止め長々と車を見つめる。「気にしなくていいって」ともう一度言うと、渋々と彼女は助手席に乗り込んだ。


「嫌なら綾姉の車で行くか?」

「別に見た目は気にしてないけど……。大変だなぁって思って」

「まあ、それはそう」


 ありていな感想に苦笑する。


 無理もない。逆の立場になってその気持ちを考えてみて、ある日突然年下のいとこが数日間泊めてくれと自分の家にやってきてこんな状況にあると知ったら、いまの綾姉の顔にもなるだろう。


 あまり心配させすぎないように、明るく振る舞っていくようにはしたい。


「で、ショッピングモールでは何を買うんだ?」

「……うーん。美味しいもの。服。楽しいこと」

「ざっくりだな」


 色々と用事があるみたいだ。

 横浜市の大型ショッピングモールにはどんなものがあるのか俺も興味がある。

 ここらでいっちょ息抜きをしよう。と、そう思った。

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