いとこに話をするにあたって、事前にホルンとは打ち合わせを済ませてある。
力を貸してもらうことをお願いする以上、いとこにはこれまで起きた出来事を包み隠さずに説明しなければならない。俺たちの旅の記録とホルンの抱えている秘密をいとこには共有させてもらってもいいだろうかと、ホルンには予め相談しておいた。
彼女は、『しぐまが信頼できる方なら』と快くその申し出を受け入れてくれた。
そのため、いとこに対しては全てを詳らかに話すつもりだった。
「……――っていうことがあって……」
つらつらとこれまでの経緯を白状する。信じてもらえるのかどうか分からないから、目を見て言葉にすることがなかなかできない。
誇張はせず、それでいてできるだけ同情してもらえるように道筋をしっかり立てて説明していると、「しぐま、しぐま」とホルンが俺の袖を引っ張ってくる。
「ん?」
「寝てます……」
顔を上げて、すぐに呆れた。
いつからだ……。口角をひくつかせながら、項垂れた俺は諦めて説明を切り上げることにする。
すぴー、と心地良さそうな寝顔を浮かべながら綾姉は座椅子に背持たれるよう、穏やかに眠っていた。
「どうしますか?」
「どうせ起きないだろうしなぁ……」
テーブルの上のおつまみを勝手につまむ。それを見たホルンが「あ」と反応したが、食べていいぞと手にしていたスルメソーメンを差し向けたら彼女は会釈をしてそれを受け取った。
「美味しい……」
「食べ尽くしたって別に怒られないから。正座も崩していいんだぞ、ホルン」
呼びかけながら、気力が切れてきた俺は後方に倒れるように寝転がる。旅の疲労がピークを迎えてきていて、このタイミングで一時休息を取ることにした。
三角座りに座り方を変えたホルンは少しだけ赤くなった膝をさすり、俺のことを不安そうに見下ろしてくる。
「起きてきたら、俺も起こして」
呟くようにホルンにお願いする。
寝返りを打った俺はそのまま目を閉じた。
▲▽▲▽▲▽▲
志久真が寝てしまったことで手持ち無沙汰にもぽつんと一人取り残されてしまったホルン。どうすることもできずにただ時が来るのを座って待つことにしていると、この部屋の家主である多崎綾は入れ替わるようにして起床する。
じっ……とした視線に気付いたホルンは、ちびちびと食べ進めていた数本目かのスルメソーメンの手を止めて、恥ずかしそうに顔を染めていく。
垂れ目の綾はにっといたずらに笑った。
「美味しい?」
「は、はい。おはよう、ございます……」
くぁああ、とあくびをしながら伸びをする。そんな綾の様子を見てごくりとおつまみを飲み込んだホルンは、隣で寝転がる志久真を目覚めさせようとした。
「起こさないでいいよ」
「え、でも……」
「いいから」
綾がそれを止める。阻まれたホルンは揺すろうと手にかけていたものを下ろし、行き場のない気まずさを表すみたいに三角座りをしてちょこんと丸まった。
寝起きであるにも関わらず、綾は目の前に置かれていた缶ビールに手をつける。
「あなたの名前は?」
「……ホルンです。ホルン」
「ふぅーん。じゃあ、ホルるんかなぁ」
「ホルるん……? えっ!?」
愛称を付けられたのだと気付いたホルンはあからさまに狼狽える。そんな態度を見て三日月のように口角を持ち上げた綾は、「可愛いでしょ」と押し付けるように言った。
「は、はい……?」
強要されたホルンは戸惑いながらも頷く。
満足げに綾は微笑んで。
「………」
「………」
沈黙が両者の間に横たわる。私では話を進められない!と思い詰めたホルンは救いを求めるように志久真のことを見つめるが、まだ自然と起きてくる気配はなさそうだ。
いまの状況が耐えがたいホルンは、伺うようにおずおずと問いかける。
「ここに来た理由、聞かなくていいんですか」
「説明してくれる?」
「私には……」
目を逸らす。曖昧な態度のホルンを綾は責めるでも呆れるでもなく、ただ興味深そうに見つめていた。
おもむろに、綾はその心の内を曝け出す。
「本当は、どうでもいいんだよ。理由なんか。彼が困っているなら私は手を差し伸べたいと思ってた。どんな理由でも、受け入れるんだよ。姉だから」
「………」
「いとこだけどね」
そう語る綾の表情は晴れやかだ。誰かを頼らざるを得ない状況で、真っ先に自分を訪ねてきてくれたことに綾は強い幸福感を感じている。
それはどれほどの愛情から来るものなんだろう。
実の姉妹関係ではそれを上手に連想できなかったホルンは、上澄みのようなリアクションを返す。
「……素敵なご関係ですね」
「うん。昔から好きだったから」
濁すこともなくハッキリと。そう口にされ、驚いたホルンは目を丸くした。次に、ぎゅっと拳を握り込んだ。
一方で熱が入ってしまったのか、綾は缶ビールをとんっとテーブルに置いて愚痴る。
「まっっったく相手にされてないけどねぇ〜〜〜。なんだかなぁ、歳が離れすぎなのかなぁ? 嫁に行けなくなるようなこともシグシグには見せてきたしなぁ、うーんよく分かんにゃい」
「……そ、そうですか」
「ま、恋仲になりたいわけじゃないし……、一人ぼっちの彼が拠り処と思える大人であることが、おねーさんの本懐なワケ」
子どもっぽい表情を綾は見せる。それは志久真にもあまり見せることのない、限りなく素に近い部分であり。
それでいて建前のような言葉も嘘ではなかった。
彼に対して思うところはあるものの、綾にとって志久真が大切な人の一人であることに疑いようはない。
ホルンは、わずかに芽生えつつある自身の感情とは比べ物にならない次元に二人の関係性があることを知る。
「あなたは好感はあるの?」
「……分からないです、まだ、短い関係ですし……」
「ふぅんー? まぁこれからよく分かるよ。しっかり者で、しっかり者だからこそ心配になるところがあったりすることも」
綾は懐かしむように目を細める。「……だからね、」と前置きをしながら彼女はホルンをまっすぐと見据えた。その瞳は先ほどまでの陽気な雰囲気から一転、まるでホルンのことを見定めようとする険しい眼差しで。
「あなたが彼のことを追い詰めているようなら、わたしは許さないよ」
「そんなんじゃないから、安心してくれ」
のそり、とそれまで仮眠を取っていたはずの志久真が折を見たように起き上がってくる。突然話に割って入られて、「ありゃ」と綾はバツが悪そうな顔をした。
「ホルンにものっぴきならない事情があるんだから、あまり責めないようにしてもらえると助かる」
「………。どこから聞いてた?」
「いまさっきだよ。なんか不穏な会話をしているから。ホルンも、綾姉が起きたら起こしてくれって言ったろ」
ホルンの頭を軽く小突く志久真。そのやり取りを眺めて立つ瀬がなくなった綾はむくれた顔できゅーーっと缶ビールを呷る。「あ、また飲んだな」と目敏く気付いた志久真に缶ごと取り上げられてしまいながら。
「うー。悪かったよう。ごめんねホルるん、脅すつもりはなくて」
謝罪の意も込めて、綾は手近なところにあった白いおもち型のキャラぬいぐるみ(お気に入り)を「これあげる」とホルンにプレゼントする。
友好の印。その独特なコミュニケーションに困惑しながらもありがたく受け取り、ホルンと綾はわずかに生じたわだかまりをしっかりと解消させながら。
「ホルるん……??」
「そこは気にしないでください……」
もう一人、別の理由で困惑を見せる志久真には恥ずかしさで居た堪れないような表情を浮かべたホルンが縋るように頼み込んだ。
そして。
改めて、説明を済ませる。
「……思ったよりも大変なことになってるんだねぇ?」
綾はズレた丸メガネを押し上げる。
説明されたこれまでの二人のこと。綾は酔いが覚めた顔で、たった一言そうコメントした。