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第23話 ロングドライブ

 翌日になると、高速道路での一件は全国ニュースとして大々的に報道されることとなった。

 巨獣出現以来の大きな記録的事象だ。


『昨夜未明、東北自動車道上にて、赤い光線のようなものが目撃されたと市民の間で騒然となりました。同日には運送用トラックが何者かの襲撃に遭い横転する事故、その二キロほど先では奇妙な生物が道路上で目撃され、一時交通が麻痺していたとのことです。この二件に関連があるかは定かではありませんが、先日の巨大生物出現以降、東北各地では未知の現象が多発しております。東北地方にお住まいの方々は、くれぐれもお気をつけください。続いてのニュースは、迫る年の瀬……』


 ▲▽▲▽▲▽▲


 雪が本格的に降り出したことで、窓を破損させたまま高速道路を引き続き走行することはできない(※寒すぎる)と判断した俺たちは、翌朝、一般道に降りることにした。

 ここは福島県伊達郡国見町。のどかな田舎という雰囲気のある地域で、広々と開放的な田畑が地元の風景を思い起こさせる。心が安らぐようだった。


 異界だろうと地球上だろうと、魔力の回復速度はそう変わらない。襲撃者と同等ぐらいの消耗をしているホルンは、その回復具合が次の襲撃の目安だとして見積もることができると教えてくれた。

 それならば、しばらくは警戒しないで済みそうだ。


 二度目の襲撃を免れたことで精神的な余裕を得た俺たちの旅は快調そのもので、車内に流れ込んでくる風に前髪が乱れ、きゅっと目を閉じるホルンの姿は絵になるなと感じるなど。


「ん……どうしました?」

「……いや、なんでもない」


 気取られてしまい、顔を背ける。二人旅だから余計な気を起こさないよう、意識しないようにはしているが、どうしてもふとしたときに感じてしまうものがある。ホルンはやはり美少女だ。


 車は、近場のホームセンターを目指す。


「よし、ここで応急処置用の材料を買おう」

「はい」


 魔力の治りとは別に、肉体の怪我は修復が早い。これは初めてホルンのことを保護した日も同じだったのだが、次の日、あるいは数時間後にはホルンの体調は改善傾向にあることが多かった。


 昨日の足の痛みを感じさせない歩調でホルンと買い物を済ませる。


 盗まれるようなものがないとは言え、日中に運転席のサイドガラスが破損した車を放置しておくのは不安だ。

 そそくさと退店すると、すぐに材料を開封して駐車場で応急処置を行う。


「そっち、抑えてもらえるか?」

「は、はいっ」


 なんでも風でビニールが吹き飛ばないようにガッチリとテープで止める必要があるらしい。考えてみれば当然のことではあるが、同時に鮮明な視界を確保する必要があるのでテープの貼り方には気を遣った。


 ホルンと協力しながら、内側と外側をテープで補強してビニールをぴんと張る。見栄えなど気にしている余裕はなかったが、透明テープを使うことでなんとか遠目なら違和感ない仕上がりになった。


「よし、これでおっけい」

「おつかれさまです、しぐま」


 一仕事を終え、ホルンとハイタッチを交わす。

 関係性はだいぶフランクになってきた。



 その後は当初の予定通り、親戚のいとこと連絡を取ってみることにする。



 逃走中は咄嗟の判断だったとはいえ、有料の高速道路を利用してしまったこともあり、わりと後がなくなってしまっている現状がある。

 できればここできちんと確認を取り、安心して横浜を目指したいところだが……。


「ダメだ、電話が繋がらない……」


 応答なし。連絡できない場合のことは考えていなかったので後頭部をガリガリと掻きむしる。

 気難しい顔をしてホルンの待つ車内に戻った。


「どうでした?」

「繋がらなかった。メッセージも送ってみるつもりけど、昨日試しに送った挨拶にも既読が付いていないからどうするべきか……」


 頭を悩ませながら電話代わりの文章をまとめる。電話口でもどう説明したものか分からなかったのに、文面でいまの状況を一から十まで伝えられるとは思えない。

 何度か書いてみてはバックスペースキーを押して削除する。結果的に、『気付いたら折り返してほしい。急用です』との一文を飛ばすことで落ち着いた。


「向こうの様子が心配ですね」

「まあ、あの人のことだから、どうせスマホを壊したとかそんな感じなんだろうけど……」


 先ほどまでは順調だったのに、一転して雲行きが怪しくなってきてしまった。

 こうなったら、向かうだけ向かってみるしかない。


 雪が降り積もればスタッドレスタイヤにするお金もないから、どうせ手詰まりだったしな。

 このまま南下を続けるのが吉だろう。


 深々とため息を付いて車を発進させると、沈黙を気遣ったようにホルンはこんなことを尋ねてくる。


「その、どういうお方なんですか?」

「ん? んー。変な、人……」


 思わず言葉を濁らせる。どう表現したものだろうか。

 いとこに対しての印象は様々あるが、全てを総合すると『変な人』に落ち着いてしまう。怪訝そうにホルンが少しだけ眉根をひそめたので、庇うように俺は言葉を並べる。


「いや、面白い人だよ、悪い人じゃないし。ただなんていうか、たまに何を考えているのか分からなくなるんだよな」


 それは葬式でも然り。本人には考えがあるんだろうが、脈絡もなく突飛なことを口走ったりする。いい意味でいい加減、悪い意味でもいい加減というべきか……。

 俺自身がどこか頭が固いところがあるので、いとこのような時間にルーズでマイペースで適当で賢い生き方をしている人を見ると、なんとなく惹かれてしまうようなところがあるのだ。


「昔から何かあったらうちにおいでよって言ってくれる人だった。叔父さん叔母さんがどう思っていたかは知らないけど、歳が近いのがいとこだけだったのもあって、よく心配してくれてたんだと思う」


 元々はじっちゃんと同じ東北に住んでいた人で、大学卒業を機に横浜で一人暮らしを始めたと聞いた。ちょうど四年前の葬式がその時期に被っていて、だからあの人は自分が独り立ちするというときにこそっと俺を引き抜こうとしたのだ。異性なのに。

 年頃の女性がするとは思えない選択である。


 だから、変な人。それが俺の印象だった。


「お優しい人なんですね」

「ううーん……。まぁ、そうだと思う」


 苦笑しながら。

 実際はずぼらな人なので、ていよく俺を使いたかっただけだろうとは思っている。気に入ったものはなんでも欲しがるような、独占欲の強さもある人だった。


「あとショタコンだ」

「しょたこん……?」


 首を傾げるホルンに俺は咳払いで誤魔化す。

 とにかく、変な人なのは間違いない。突然押しかけることに遠慮はあるが、そう文句を言われることもないはずだ。実際に会ったときもメッセージのやり取りでも、二十回ぐらいはかれこれずっと誘われているし。


「あとは会ってからのお楽しみってことで」


 人物像の紹介を放棄する。こうなるともはや実際に会ってみたほうが早い。


 高速道路を降りたことで、横浜までの移動にかかる時間はおおよそ八時間ほど。

 今日の夕方ぐらいにはきっと会いに行けることだろう。

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