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第20話 高速道路上の戦い②

 襲撃者はホルンの後ろを追う。

 車の数もそれほど多いわけではないので、ホルンがリスクを冒してまで取った車間をすり抜ける形の逃走が功を奏しているかと言うとそうでもない。

 直線上にホルンと並び立ち追跡する襲撃者は、手のひらを前に突き出して短く呪文を紡ぐ。


「ゲーボの鎖が絆を結ぶ」


 途端にホルンの右足首と襲撃者の右手に、細く長い紫色のオーラを纏った鎖がじわじわと顕現した。それにより、同速度であるため逃げ切れるはずだったホルンとのチェイスは、襲撃者が突如として姿勢を変えて急停止することで終わりを迎える。

 グンっと力強く引っ張られてしまったホルン。


 打ち付けられるように地面に崩れ込む。


「つ……ッッ!?」


 全身に、激痛が走る。早く身を起こさないとこのままでは隙だらけだ。

 むざむざと殺されてしまう。


 襲撃者の放ったルーン魔術がその短い役割を終えて空気中に霧散していくなか、這いずるように必死になって体を起こしたホルンは再び羽を展開し、飛行を試みようとする。しかしこのロスタイムはあまりにも致命的で、すぐに距離を詰めた襲撃者が槍を振りかぶりながら襲いかかってくる。


 頭部を狙ったその一撃。

 ホルンはその刺突を、すんでのところで躱した。


 はらりと彼女の血と汗が滲む銀髪が夜光を反射するようにいくらか舞い上がり、槍の穂先は地面を抉るようにそそり立つ。

 二人の視線が近しい距離で交差する。


 突き立った槍を視点にして体を翻した襲撃者は間髪入れずに回し蹴りを放った。一瞬の暇も許さない追撃になすすべなく吹き飛ばされたホルンは別車線に乗る。その頃、ちょうど走ってきたトラックが危うくホルンと衝突しそうになり――気力が磨耗してきているホルンは、咄嗟に体を動かせなかった。


 ヘッドライトが彼女を明るく染め上げる。


 トラックドライバーは、大きくハンドルを切った。人身事故を避けようとしたプロ意識の賜物だ。ギャリギャリギャリッと外側のタイヤが悲鳴を上げるなか、遠心力でその姿勢を傾けていたトラックは中央分離帯に乗り上げて横転する。

 地響きが起こる。

 ホルンは呆然とする。何が起こったのか、まだ理解が追いついていなかった。


「お前は迷惑しか掛けないな」


 あまりの出来事に槍を構えて冷笑する襲撃者。ようやく事態を理解したホルンは一目散に運転席へ駆け寄る。その善行を阻むように襲撃者は割って入り、ホルンの首筋に穂先を突き立てる。

 足が止まる。ホルンは憎しげな目で襲撃者を睨む。


「しつこいっ……!」

「口の利き方に気をつけろ」


 ガリっと奥歯を噛み締めて憤りを見せたホルンが、次の瞬間には襲撃者の視線から外れるように低くしゃがみ込むと懐に潜り込み、形成したブロードソードでその腹部をバッと切りつける攻勢に出た。咄嗟にバックステップで回避したものの、皮膚を薄皮一枚切りつけられた襲撃者は目くじらを立て、容赦なく反撃に移る。


 ――カキンッ―――と小気味良い音を立て、剣戟が幾度も混じり合う。


 その様子を、運転席からなんとか抜け出した軽傷のドライバーがまるで夢から醒めたような顔をしてスマホカメラで撮影に臨む、そんな一幕もありながら。



 猛攻を凌ぐ。防戦一方に追い込まれるホルン。襲撃者の一撃一撃は重くどこまでも熾烈だ。


 ドラウプニルはイメージを強固に保てば保つほど実物も堅牢になっていく性質がある。様々な形に変えて臨機応変に対応するホルンより、ずっと場慣れしていてその経験値も多く、主に変化させる形状を三種類ほどに意識的に固定化させている襲撃者の武器は、その練度・密度というものが段違いのクオリティになっていた。


 両者の武器が激突するたびに、ホルンのドラウプニルだけがその形状を保っていられずに液状化してしまう。


 どろりと垂れていく流体金属。ホルンはいちいち再形成して立て直す。これではいずれ間に合わなくなる。圧し負けてしまう。ジリ貧であることを自覚したとき、ホルンは一つの発想を見せる。


「な」


 幾度目かの衝突。ドラウプニルが流体金属に戻る瞬間、ホルンはその形を槍に纏わりつく粘性の重しに変えてみせた。


 手元に引こうとした槍が突如として捕えられ、困惑も束の間、べちゃりと地面にへばりついたホルンのドラウプニルに襲撃者の槍は取り回しが効かなくなる。


 思わず二人は目を見合わせる。

 襲撃者はあからさまな怒りを見せた。


 それは襲撃者にとって、ただ予測外の一手だった。

 なぜならば歴戦のワルキューレであればこそ、『戦は武器の形で行うもの』という凝り固まった思想が根付いているからだ。

 末妹の柔軟な機転には驚かされる一方、だがしかしそこに姉としての喜びは一切なく、むしろ戦に対しての侮辱から唯一の感情的な部分を発露させる。


 ホルンはその胴を思い切り蹴飛ばした。


「ふざっ……」


 思わず襲撃者は言葉を詰まらせる。遠ざかっていく自身の視界のなかで、ドラウプニルを回収したホルンが羽根を広げ、懲りずに三度みたび逃げ出そうとしたのを目の当たりにしていたからだ。



 ――そう、チャンスはいまこの瞬間しかなかった。



 ホルンはここに全てを賭ける。全力で逃げ切ると決心する。今度こそ先ほどのような失態を犯さぬよう、直線上に並び立たないよう意識しながら、ホルンは自由に空を駆けて志久真の元を目指す。

 高速で過ぎ去っていく景色。風を切る音が鼓膜に轟く。加速した世界のなかで彼の車を見つけたホルンは、その表情を微かに綻ばせる。


 しがみつくように車上に乗り掛かった。

 ぼごんっ、という音を天井が立てたため、志久真はすぐに反応する。


「!? ホルンか!?」

「っ、は、っ、はい……!」


 息苦しくなりながらもホルンは応答する。久々に聞く志久真の声が落ち着く。


「どうなった!」

「まだ追われています!」

「チッ――しつこい奴だな……っ」

「はい……! 飛ばしてください……!」


 更に加速する車。なんとか息を整えたホルンは車上で姿勢を整えて後方を睨みつける。突風で髪が乱れるなか、襲撃者の襲来を身構える。


 もともと、ホルンには一つの狙いがあった。

 志久真の協力により羽休めできるホルンに対して、長時間の飛行を強いられる姉は――帰還する余力も残しておかねばならない姉は――、きっと消耗戦に弱いはず。

 だからこうして時間を稼いでいれば、いずれ追跡を諦めるしかないだろう、とホルンは予想していた。


 しかし、諦め悪くも姿を見せる襲撃者に、ホルンは苦い顔をして両腕を前に突き出す。


「次の攻撃で……どうにか、するので、少し時間をください……!」

「任せろ! 頑張れ!」


 ドラウプニルを重ね合わせて、慎重にイメージを固めていく。魔力は余すところなく。次の一撃に全てを込められるように。

 二つのドラウプニルを一つにする。通常よりも長く時間を掛けて形状を変化させるドラウプニルは、その姿を有機的なデザインが神秘性を醸し出す非常に大きな大砲のようなものへと変化させていく。

 車の天井に固定され、大きな砲台と化した車上。


「スリサズの咆哮」


 その神秘的な砲身に手のひらを当てながら、ホルンはなけなしの魔力でルーン魔術を行使した。途端に禍々しくも赤黒いオーラを纏い出し、砲身内部にエネルギーが充填していく。

 接近する襲撃者。

 ホルンはスコープを覗き込みながら狙いを定める。


 たった一発しかない。

 これを使えば余力は残らない。


 痛みで震える手。暴風で荒れる狙い。その全てを押し殺すようにホルンはすぅっ――と吸い込んだ息を止め、十分に機を伺い、そのトリガーをカチンッと引いた。




 世界から音が消えるようだった。




 一拍置いて、まるで空間を切り裂く一条の光が、この夜空を明るく染め上げる光が、さながら天から地上へと下る雷霆のように、あるいは天翔る龍の威光のように、車上から後方の襲撃者へと目掛けて力強いエネルギーの奔流が駆け抜けていく。


 それは巨獣出現以来、誰の目にも留まるような劇的な超常現象観測としてのちに記録に残る。



 ―――


 ―――――


 ―――――――



「ホルンンンンン!!」


 ……その光を、掠めるようにしてわずかに被弾した襲撃者は、愚かにもこの地上で何よりも目立つルーン魔術を使用した末妹に、強い憤りの感情を見せた。

 怨嗟のようにその名を叫ぶ。

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