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幕間 水面下の動き

「ああァッ、イライラする!」


 そう悪態を吐きながら、煌びやかなステンドグラスから差し込む光が七色に明るく染め上げる純白の回廊を歩むのは、赤い髪をしたワルキューレの少女・カーラであった。


 その左手には五指の自由自在に伸縮する触手のような形に変貌を遂げたドラウプニルが、異界の魔物の死骸を繋いで引き摺っており、苛立ちをアピールするように踵を打ち付けて大股で歩む彼女の後ろには赤黒く引き伸ばされた一条の血痕が禍々しくも尾を引いている。


 異界の魔物を適切に処分するための焼却窯を目指す道中だった。


「あまり汚らわしい血を引き摺るなよ、カーラ」


 そんな彼女を諌めるように、きついお叱りの声がどこからともなく聞こえる。

 カーラが足を止める。その目の前にはいつの間にか、二人組のワルキューレが立ち塞がっていた。


 虫の居所が悪いカーラはそれを見て八つ当たりのように口にする。


「うるせぇ。しゃしゃんな。黙れ。消えろ」

「口を慎め」

「まったく、反省してくださいっすよ!! 誰がこれ掃除すると思ってるんすか!! もうホルンはいないんすよ!! うちになるじゃないっすか!!」


 片や大人びて冷めた性格のワルキューレと、片や声量が大きくてやけに騒がしいワルキューレの二人組だ。

 ホルン、という名を聞いて腹立たしげに口の端を歪めたカーラは、キッと騒がしい少女のほうを睨みつける。


「なら黙って床でも磨いてろって、ゲル」

「いや嫌っすよ!! カーラがやるべきっす!! お洋服が汚れちゃうじゃないっすか!!」

「だぁかぁらっ、お前にはそれがお似合いだって言ってんの! わっかんねぇかな〜」

「ホルンみたいに扱われるのは勘弁す!! 絶対嫌っすからね!!」


 ゲル、と呼ばれたワルキューレの少女とカーラの低レベルな言い争いは長く続く。どちらも我が強く率先して動くような働き者ではないから、醜い押し付け合いの様相を呈していた。


「ところでカーラ」


 そんな妹たちのいざこざには我関せずとした顔で、カーラの態度をジッと伺うもう一人のワルキューレは、淡々とした声のトーンで問い詰める。


「ホルンと遭遇したと聞いたが」

「……チッ。話が回るのが早ぇな」


 しつこいゲルを押し除けたカーラはうんざりした顔で返答した。

 そのワルキューレ――ラーズグリーズは、あっさりと認めるカーラに気をよくしてその不貞腐れた態度を一笑に付す。


「先ほどベイタが再びあの地に向かったのでな。お前からの報告があったと」


 ベイタというのは執行係の名前だ。掟を破った同胞を制裁する役割を持つ、黒いワルキューレの名前である。


「何があった?」


 ラーズグリーズのその言葉に、カーラはきょとんとしたあと目を細める。この女が自身に与えられた任務外のことにこうして興味関心を向けるのは物珍しい。ラーズグリーズとカーラは特別親しい関係にはないが、ホルンに興味を持たれているのがあまり面白くはなくて、カーラはわざと呆けた顔で首を傾ける。


「サァ?」

「しらばっくれるなよ」


 その真剣さに、カーラは思わず喉奥で噛み締めるような笑い方をした。

 ニヒルに笑いながらふっかける。


「ひょっとして、ホルンが心配なのかァ〜? 姉様」

「………」

「違うっすよ! ホルンがいないと困るんす! うちの部屋誰も掃除してくれなくてめちゃくちゃなんですから! いま!」

「あァ!? それはテメェでしやがれバカ! 別に困りゃしねぇよ!」

「足の踏み場がないんすよ!?」

「知らねえよバカ、バカは話に入ってくんなバカ」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐゲルの介入にカーラは痛烈な言葉で吐き捨てる。それにしても……、ラーズグリーズの態度は不審そのもので、何か企みがあるように思えた。

 それが面白いものなら協力することもやぶさかではないが、無言で押し黙るその態度にはカーラなりの期待・面白味を感じることはできない。

 ……ならば、と思案する。


「どうしても知りたいのか? 姉様」

「………。そうだな」


 食い下がるラーズグリーズを見て、確信を持ったカーラは再び楽しげに笑う。

 ラーズグリーズが信用できるかどうかは置いておいて、こちらの企みのためにこの姉を利用してみるというのは面白いのではないかと思ったのだ。


「じゃあさ。アタシにはどうしても捕まえてぇ〜人間がいるんだ?」

「ほう」

「それを捕まえるのに協力してくれるってんなら、ホルンの近況を教えてやってもいいぜ? ?」


 いやらしくも、そう口にされ。

 ゲルの押す車椅子に腰を落ち着かせているラーズグリーズは、細やかに顔を歪めながら取引を了承する。


「……分かった」

「えぇー!? いいんですか、姉様!?」

「いい。ここまで連れてきてくれてありがとう、ゲル」

「よぉ〜しよし。おいゲル! このこと誰にも告げ口すんなよ! 姉には絶対に禁止だ!」

「ならうちも取引したいっす!!」


 馬鹿の一つ覚えのように先ほど見たやり取りを真似しようとするゲルに、懊悩の末、カーラはなんとか絞り出す。


「……………お前の部屋をアタシが掃除してやる」

「オッケーっす!! 誰にも秘密っすね!!」


 これだから馬鹿は、と嘆きつつ。

 ゲルの単純さには心の底から呆れた。それでも、この先考えるだけで膨らんでいく数々の期待に、カーラはニタニタとした悪辣な笑みを隠せなくなる。



 ――ラーズグリーズ。

 かつての戦により下半身不随に陥った黄色の戦乙女。冷ややかな態度とは裏腹に、誰よりも姉妹愛を信じている人。



 水面下で、奇妙な関係性の企みが動き出していた。


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