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第14話 懸念

「さて、二人の関係のことなんだけど……」


 ジビエカフェでの食事を済ませた頃。

 妙子さんはカウンターに肘をつきながら満を持してとばかりにそんなことを切り出した。


「まぁ野暮なことは聞くまい。いまが一番楽しい時期だろうしね」

「本当に勘違いなのでやめてください」


 隣で不思議そうにするホルンを傍目に、俺はうんざりした顔で否定する。

 聞きたいことがあるとは先日言っていたのを覚えていたから、なんとなくは覚悟していたが、恋愛脳もいい加減にしてもらいたいものだ。

 世の中にはゴシップ好きな人がいるのも分かるけど、俺たちはそういう目で見られるような関係ではまずない。


「じゃあどういうこと?」

「………」


 思わぬ切り返しにグッと押し黙る。こうやって具体的に説明できなくなるから余計に関係を疑われるのだろうか。八方塞がりじゃねえか。

 どうしようもなくてただ半目で睨んでいると、「なはは、冗談冗談」と悪びれもせずに妙子さんは引き下がりながら。


「ここからは真面目な話」


 少しだけ、空気が張り詰めた気がした。


「君たち、本当は何か知ってるんでしょ。謎の生物のこと」


 それは核心に迫るような物言いだった。俺とホルンは困ったように顔を見合わせ、どう答えたものかと思い悩む。

 昨日ホルンから教わったものをそのまま説明したとしても、これまでの流れがない妙子さんにきちんと理解してもらえるとは思えない。なによりも隣に座るホルンがくいくいと目立たないように俺の袖を引っ張り、ふるふると細やかに首を振るあたり、やたらめったらと口外してほしい話でもないみたいだ。


 言葉を選びながら無難な返答をしていく。


「なんとも言えません」

「いやさ、おかしいと思ってたんだ。普通の学生が見学したいだなんて言い出すはずがないんだから。それに、『俺たちなら何か分かるかも』ってあのとき言ってたよね、志久真くん」

「………」

「別に責めているわけでもなくてね。ただ知っている情報があるのなら、私には隠さずに教えてほしいの」


 真剣な声のトーンでそう口にする妙子さんに、俺は追い詰められる。

 とはいえ尋ねたくなる気持ちも分かっているつもりだ。彼女もまた鳥獣被害から地域を守りたいとする実施隊のメンバーで、この先の対応のためにも具体的にその正体を知りたいと思っているだけのことだろう。

 俺にとってのホルンみたいに、彼女にとっては俺が唯一の情報源に見えているわけだ。


 多少、時系列が前後する形にはなるが、昨日図書館で当たりを付けた未確認生物の情報を渡してみる。


「これはただの憶測なんですけど……、ブラックドッグじゃないかと思っています」

「んん? 何それ?」


 別名は地獄の猟犬・ヘルハウンド。日本では黒妖犬とも表記される。イギリス全土で広く知られる不吉な妖精のことなのだそうだ。

 その大まかな特徴は完全に水の森公園に現れた怪生物と一致し、またホルンの話から考えても異界の魔物としてこの地にスリップしてきた説を考えることができる。


 妙子さんは懐から取り出したスマホでウィキペディアを開き、食い入るようにその記事を読み込んだ。

 そして、失意を感じさせる声音でぽつりと呟く。


「……やっぱり、犬か……」

「やっぱり?」

「ううん。こっちの話」


 いやいや。それはさすがに許されないだろう。

 適当にはぐらかされて思わず姿勢を正す。ならばと詮索された分、こちらからも詮索させてもらうことにした。

 ずいっと迫りながら。


「何か、調査に進展でもあったんですか?」

「これを言うとなー、君たちなー。勝手に動きそうで怖くてさ」

「……どういう意味ですか?」


 訝しむ。俺の更なる問いかけに、妙子さんはバツが悪そうに答える。


「まだ次の指示は降りてないんだけど、水の森公園に現れた謎の生物はクマやイノシシじゃなくて野犬……となると、猟友会の出番ではなくなってしまいそうなんだよね」


 その言葉に、俺は「あぁ」と遠い目をして納得する。同時に言葉を濁す理由も分かった。

 確かに法令上、野犬(野良犬)として認められればその先は保健所や動物愛護センターの出番となる。完全に野生化し人の手を全く借りずに自然界で繁殖するであれば、鳥獣保護管理法の観点から適正に捕獲することもできるが、公園内に現れたという状況だけを鑑みればそう判断される可能性は極めて低い。

 つまり、猟友会の介入もここで打ち切り、という可能性がある。


 だがしかし……。


「正直、厳しくないですか?」

「普通の野犬ではないだろうからね」


 そもそも一般の猟師でもこれが手に余る話なのは見えていた。だからこそ俺たち、もといホルンは自身の力で解決しようとしてくれていたわけで。

 この先も調査を進めたいと考えていたなかで、猟友会の手から離れて向こうの手に話が渡ってしまえば、いよいよ実施隊のメンバーでもない俺らが首を突っ込む隙間はなくなる。

 そうなると完全に手探り状態で何も知らない職員が一から対応にあたることになるだろう。


「だから情報が欲しかったの。ブラックドッグ……だっけ、これも一応先輩たちと共有してみるつもり」

「それは、はい。ツチノコが現れる世のなかなら、可能性としてその出現も大きく違和感はないはずです。何より特徴が似通っているのは事実です」

「うん。それで、私たちの管轄じゃなくなったら君たちを連れて調査することもできなくなるわけだけど……」


 気まずそうに頬をぽりぽりと掻きながら、妙子さんは俺とホルンの顔をそれぞれ一瞥してもう一度聞いてくる。


「本当に知っていることはそれだけ? 変に首を突っ込もうとしてないよね、これ以上」


 しっかりと目を見て確認される。この口ぶりから考えるに、どうも俺たちは相当心配されてしまっているみたいだ。昨日の調査の解散のときにホルンが渋ってしまったのもよくなかったのかもしれない。


 俺たちの腹の内はともかく、心配を掛けるのは本意ではない。ので、信頼してもらうために笑顔を浮かべながら口にする。


「大丈夫ですよ」

「……本当にぃ〜?」

「んん、すごい疑ってくるな……。大丈夫です。あとはそちらの判断に任せます」


 そう言い切ると、渋々と妙子さんは身を引く。何にしても、この先調査ができるかどうかはかなり怪しく、その結果について外部の俺たちが口を出せるものは何もない。

 のちの妙子さんからの連絡待ちってわけだが、そうポジティブな返事も期待できないだろう。


「まあ、それなら良かったよ。昨日はありがとうね。また何かあったらこちらから連絡するし、志久真くんも何か分かったことがあったら気軽に連絡してほしい」

「はい。色々とありがとうございます」

「うん」


 そうして会話を締め括り、今日のところは解散することとなった。滞在時間としては一時間ほどで、他のお客さんが顔を覗かせたのがお開きの合図になった。

 改めて夫妻にはご馳走になった感謝をし、俺たちは車へと戻る。


「……さてどうするか」

「もう一度公園に行きましょう、しぐま」

「だよなぁ。そう言うと思ったよ」


 話の成り行きを大人しく見守っていたホルンがここでハッキリと意見を述べる。普通の野犬ならいざ知らず、相手が本来実在するはずのない魔物である以上、誰かにその対応を譲ることはできない。

 無用な被害を避けるためにも、ホルンにどうにかしてもらうのが一番まともな選択だ。


「明るい時間はナシ。暗くなったら入ろう。だいぶグレーな行動だけど、倒しちまえばこっちのもんだもんな」

「はい。人々に被害が及ばなければそれが一番なので」


 顔を見合わせて頷き合う。

 本日夜、二人きりで二度目の調査に乗り出すことを決めた。


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