調査は複数の班に分かれて行う。
チームの方々には妙子さんに話をつけてもらい、俺たちは三人で一つの班として行動することになった。
余りのベストを別の先輩猟師から譲ってもらい、俺とホルンは安全のために着用する。
「罠を設置させてもらうには行政の許可が必要だから、一日目の今日は本当に調査だけ。対象が謎の生物だということで、判定することを優先、安全を最優先に回っていくよ」
「はい!」
俺とホルンは声を揃えて頷いた。
魔物は開けた広場のほうで目撃され、山深い散策路の奥地へと消えていってしまったのだそうだ。散策路の脇道、『クマ出没注意!』の看板と立ち入り禁止のロープが張られた場所を跨いで調査に向かう。
いまは冬ごもりの時期だから警戒する必要はそれほどないと思っているけど、登米市にはクマが姿を現さない分、この警告文にはどきりとするものがあった。
妙子さんはトランシーバーを持って各班と連携を取り合いながら、合間合間、暇を埋めるように俺たちに話を振ってくる。
「ホルンちゃんは、どうして猟に興味を持つようになったの?」
山道を歩き慣れていないホルンのために振り返っては手を引いて丁寧にエスコートしてやっていると、先に進む妙子さんからそんな質問が投げかけられて(あっ)と俺は思った。
まずい。口裏合わせをしているわけではないからヒヤヒヤする。ホルンに上手い嘘がつけるとは思えないし……。
「……し、しぐま」
「っあ、ああ、えっと、俺がちょっと詳しいから、それでホルンも興味を持ったんだと思います、タブン」
助けを求められて咄嗟にフォローを入れる。いや、ここはむしろ頼ってくれてありがたい。ナイスホルン。
妙子さんの与り知らぬところで、俺たちは協力し合いながら。
「ふぅん。二人はどういう関係なの?」
「……後輩です。転校生。帰国子女」
「あ、なるほどね! この辺じゃこんな美人さんなかなか見ないもん、なんだか納得。どこの国にいたの?」
「北欧とかです。たぶん。北欧」
「へぇ〜、行ったことないなぁ」
無邪気にも俺の言葉を鵜呑みにしていく妙子さん。
俺はなんだかドツボにハマっていくのを感じる。取り繕うためとは言え、こんなにも嘘をついて大丈夫だろうか俺は。嘘をつくのは子どもの頃から苦手だ。
だからといって、本当のことは話しようがないから余計に困っているのだけど。
「……で、そんな先輩後輩の二人っきりで旅行?」
ニンマリと笑みを浮かべながら、核心に迫ってやった!とでも言うような勝ち誇った顔で妙子さんが俺に迫ってくる。
言っちゃ悪いが下世話すぎる。
「………。免許、取ったんで」
「きゃ〜!」
ぐ、穴があったら入りたい。絶対勘違いされている。妙子さんってこんなに面倒くさい人だったろうか!?
幸いにもホルンは世情に疎いみたいで、妙子さんの反応の意味がよく分かっていないようだから良しとして、俺だけがこんなにも振り回されてしまっているのがどうも納得いかない。
「じゃあ、かっこいいところを見せたいんだ!」
訳知り顔で妙子さんで人差し指を立てて共感を示してくる。
違う。本当に違う。調査に同行をお願いしたのはそういう不健全な動機じゃない。やめてほしい。
居た堪れなさすぎて抜け出したくなってくる……!
「でも、それならますます気を付けないとね。だって相手は、正体不明……。そういえば、志久真くんは登米のほうだったよね?」
「そ、そうですね……」
やっと話題が俺たちのことから謎の生物や巨獣についてのことに移り、心の底から安堵した。
俺があからさまに疲れた態度を見せていると、後方のホルンがそっと俺の背中に手を当てる。自己主張が抑えめなホルンはきっと振り回されがちだっただろうから、なんとなくでもいまの俺の心境を察してくれたのかもしれない。
思わぬ優しさを受け取ってしまった。
「ニュース見たよ。志久真くんのところは大丈夫だった?」
「はい。今朝も祖父とは電話で話して、無事そうでした」
「そっか。それならよかった。最近おかしなことが続いてるみたいだから、用心しないとね〜」
「はい……。え、今回の件以外にも何か起きたりしたんですか?」
「
知らなかった。そんなことが。
一関市というと登米市と隣接する岩手県最南端の街だ。
まさか、巨獣が出現した登米市を起点に各地で『魔物』が発生……? いまはまだ実害が出ていないからいいが、もしもそれが事実だったとして、いま以上に状況が悪化したとしたら相当まずいんじゃないか?
ホルンのほうをチラリと振り返ると、彼女が気難しそうに眉を寄せたのを確認する。
「それにしてもツチノコ……。ツチノコか」
「捕まえたら一攫千金だよ」
「もしかして、そういう話に釣られて今回は野次馬が多かったんですかね? クマみたいな化け物の可能性だって全然あるのに、外を出歩いている人が妙に多かった」
「ああ、それはそうなのかも。やりづらいから勘弁してほしいなあ」
猟が盛んな地域でそんな行動をする人は出てこないと思いたいのだが、山や森への不法侵入者が増えると銃を扱うことが非常に困難になる。そもそも、冬場が猟期と定められているのは葉が落ちて見通しがいいこと、山を登る人や山で作業をする人がいなくなり、誤射の危険性が極めて低くなる安全上の観点からだ。
もしも今後、この勢いでよく分からない生物が巷に出現するようになり、それ目当てで山に入るような人が増えたとしたら……ゾッとする。
「なんだろう、硫黄の匂いがするね」
すんすん、と妙子さんが鼻を鳴らしながらそんなことを言った。
「……あ、もしかしたら魔物の痕跡かもしれないです。普通のことじゃないことが、起きているのなら」
「そうなの?」
「そうなのか?」
「はい」
俺たちの疑問に、ホルンが確信を持って頷く。
……確かに、硫黄のような匂いがする。この辺りで嗅ぐことはまずない香りだ。
「固まって動こうか」
「ホルン、魔物の正体は分かるか?」
「いえ、この特徴だけではなんとも……。わ、私は記録書への権限がないんです、そういうのは、姉が全てやっててくれてて……」
役立てないことを悪いと思ったのか、咄嗟にホルンが早口で言い訳っぽいことを捲し立てる。
別に責めるわけではないのだからそんなにビクビクしてもらわなくていいのだが、こういう反応をしてしまうのもホルンの性分なのだろう。
ひとまず、警戒を優先。その言葉には取り合わず、俺たちは固まって行動する。
――しばらく進むとおもむろに妙子さんはしゃがみ込み、足元を確認した。
「これは……、犬の足跡だね。野犬という話は本当だったのかな」
「この匂いは訳が分からなくないですか?」
「そうだね、もうちょっと調べよう」
おもむろにホルンが挙手をしておずおずと口にする。
「……煤っぽいような匂いもします」
「ほんと? ホルンちゃん、嗅覚がいいね」
妙子さんに頭を撫でられ、少しだけホッとしたような顔をする彼女を見て、俺もなんとなく安心した。
それから。
気を張り直して、つい先ほどまでとは打って変わって張り詰めた空気感のなかを三人で散策する。
犬のような足跡。強く残る硫黄の匂い。仄かに香り出した煤焦げた匂い。
キャンプ場施設は冬季休園だし、風上から匂いは来ている。距離も離れていて、散策路は火気厳禁だ。まさか火を吐く魔物がいるとでも?
思わずホルンに耳打ちで確認してみると、彼女は重苦しく頷き、その存在を認める。
「――あ。ここで引き返そう」
「えっ?」
しばらく山道を上がったところで、妙子さんがぴたりと足を止めた。
彼女が一点に見つめる先が気になり、俺も追って視線を向ける。
本職の猟師は気が付くのがいつも早い。
息を呑む。
いくつかの木々を超えた先、そこには煤焦げた匂いを発生させる元が存在した。
「……本当に、火を吐く魔物なのか」
燃え広がっていないのはそういう性質の火なのか?
まるで落雷でも落ちたかのように一本だけ、燃焼しきった姿の木を発見する。
いまにでも朽ち果てそうなボロボロの木だ。
俺たちは明確な『異常』を発見し、それ以上の調査は危険だとして一度、引き返すことにした。