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第9話 猟友会の方たち

 水の森公園は一〇〇ヘクタール余りの広大な敷地を有した、キャンプ場を併設する緑豊かな公園だ。ハイキングに最適な散策路や多目的に使える芝生広場があり、三共堤という池では冬場に白鳥が来ることからバードウォッチングを楽しめる場所としても知られる。

 実際に来るのはこれが初めてだった。


 見たところ、何か異常が起きている雰囲気はない。救急車もなし、警察車両は二台ほど奥に見えたが、特に武装などもしていないし騒ぎという騒ぎにはなっていないみたいだ。


 駐車場に車を入れようとすると警備員の方に停められてしまい、慌てて窓を開けて対応する。

 肥満体型で年配の男性。こういった事態には慣れていないみたいで、やや疲弊した顔が印象的だった。


「ご利用の方ですか?」

「まあ、はい」

「すみませんね、いま多目的広場のほうで野犬かなんか? よく分からないんですけど何かが目撃されたとかで……。先日もあったでしょう、怪獣が現れたみたいな。それで、これが危ないかどうかも分からないので、一時お引き取り願えますか。申し訳ない」

「はあ」


 ううむ、弱ったな。さすがに一般人は帰らされてしまうか。

 一度他所の車の様子を確認してみても、別の警備員に誘導される形で続々と人が追い返されているのを見る。

 いまから新規で入るのは難しいみたいだ。


 仕方なく作戦を変更し、この警備員から聞き出せるものは何かないかと探ってみることにする。


「え、ちなみに誰か襲われたりはしたんですか?」

「いや、そういうことは起きていないですね。あくまで目撃されたって形で……」

「なるほど……、いつになったらまた来ても大丈夫そうですかね?」

「やぁーなんとも言えないです。ずっと閉鎖するとかではないんですけども、いまは、はい」


 困り果てたように言われてしまう。

 これははぐらかされている、というより、まだ向こうも状況把握ができていないと見るべきだ。悩ましいところだが、ひとまず誰も襲われていないのなら一つ安心できるポイントだろうか。

 隣のホルンに目配せしてみると、彼女はほっと胸を撫で下ろしている。


 そんなこんなで時間切れに。

 もう少し話を聞いてみたかったが、どうやら俺たち以外にも野次馬根性のある人間というのはいるみたいで、後続の車が詰まってきてしまった。忙しそうな警備員をこれ以上無理に引き止めることもできないため、俺たちは一度車をUターンさせて公園を出ることに決める。

 二人きりになると、ホルンは俺に質問した。


「何か他に方法はないのですか?」

「そうは言ってもなあ……」


 できることとしては、あとは外周を回るくらいだが。

 どちらにせよ敷地内に入れないのなら調べるものも調べられないだろう。巨獣のときと同様に、テレビやSNSでの情報更新を待つことになってしまう。

 それではダメだ。方法を考える。

 例えば、暗くなったら忍び込んでみるとか……。


「いや、待てよ? もしかしたら、猟師がここに来るかもしれない」

「……猟師、ですか?」

「そう。人里にクマやイノシシ等の有害鳥獣が降りてきた場合、その捕獲には地元自治体の猟友会が市から連絡を受けて対応するんだよ。もし今回の件で仙台泉支部の人が出ているなら、そのなかに知り合いがいるから調査に同行させてもらえるかもしれない」


 ちなみに、正式名称は鳥獣被害対策実施隊。一斉捕獲や一斉追い払い、集落の見回り、罠や防護柵の設置等を行い、有害鳥獣による民間への被害を阻止する役割がある。

 もしもその同行を許してもらえるのならば、ホルンを謎の生物が出現した場所まで連れて行くこともきっとできるはずだ。


「どうしても、見に行く必要があるんだろ? ホルン」

「……はい」


 いつになく使命感を帯びた顔で、重苦しく頷くホルンに俺も頷きを返す。そこまで言うものがあるのなら協力しない手はないだろう。

 ホルンが何者なのか、それに迫れるのなら惜しみたくはない。


「じゃあ、とりあえずは様子見だな」


 なんだかロマンがないほうの探偵にでもなった気分だ。観光などの予定を返上し、かくして俺たちは時間を潰しながら、周辺で張り込むことにした。


 ……その数時間後。


 見覚えのあるジープ(四輪駆動車)が敷地内に入っていくのを見届ける。


「あれだ、付いていこう」


 車を走らせる。

 その頃には園内駐車場も落ち着いており、警備員も少なく閑散としていた。少し離れたところに車を停め、関係者面をして猟友会の人たちのもとへ行く。


 ……いたいた。

 蛍光色のベストとキャップを被った茶髪のポニーテールの女性。スタイルも良くて紅一点だからよく目立つ。


 俺たちが近付くと、その女性もすぐにこちらに気付いた。


「あれ、志久真くんじゃん」

「お久しぶりです」

「県猟の射撃大会ぶりだよね?」

「はい。その節はすごくお世話になりました」

「なはは。あれは田所さんが悪い」


 地区にもよるが、猟友会の間で度々催される射撃大会。理由は保管しておけない実弾を消費するためだったり純粋な競技として行われることがあるのだが、半年ほど前にその県大会バージョンが執り行われた。

 そこにじっちゃんは参加し、俺は観覧の予定だったのだが、人員不足で急遽進行係の手伝いをすることに。大会はほぼ内輪だし、じっちゃんと同じ年代ぐらいの方たちはジッとできず自由奔放なので、見知らぬ『田所さん』を探すのに苦労していた俺を助けてくれたのがこの女性・妙子さんだった。


 妙子さんは他の猟師の方たちに「えっとほら、斉藤さんのお孫さん」と俺のことを軽く紹介する。祖父はちょっとした有名人なので、納得したような「あぁ〜!」という反応が一同から返ってくる。

 少し気恥ずかしい。


「それで、そちらの女の子は?」


 妙子さんがホルンのことを覗き込むと、ホルンはさっと俺の背中に隠れてしまう。(子どもか!)と内心呆れてツッコんでいると、妙子さんは妙子さんで面白がるような顔をして「カノジョ?」と遠慮なく俺に訊いてくる。

 気まずくて、俺は苦笑いを浮かべながら。


「えっと、ホルンです。猟に興味あるって知り合い」

「ホルンちゃん? かっわいい名前……。っていうか珍しいね? ありがたすぎない?」


 ありがたい、というのは猟に興味があるという俺の咄嗟の嘘に掛かっている言葉だろう。俺もそうだったのだが、猟師は若者の担い手不足が深刻でやけに重宝されてしまう節がある。


 とは言え、そんな妙子さんもまだ駆け出し。数年前から猟に憧れ、猟師として活動するようになった三十代の既婚の女性だそうで、夫婦でジビエ料理店を経営し、猟の奥深さと面白さを世に広めていこうと活動する立派な人だ。


「で、どうしたの?」

「少しこっちに来てもらってもいいですか?」


 大勢に聞かせるのは不安な内容なので、まずは信頼のおける妙子さんだけを呼び出す。

 正直、仙台では親しい知り合いが妙子さんくらいしかいない。その妙子さんも猟友会のなかでは若いほうだから、この場にいる他の先輩猟師たちを差し置いて彼女に頼み込むというのは気まずいものがあった。

 少しだけ離れ、改めて俺は妙子さんに掛け合う。


「その。無理を承知で、ちょっと見学させてもらえませんか?」


 俺がそう言うと、妙子さんは驚いたように目を丸くする。そして交互に俺とホルンを見比べると、その表情の真剣さに、妙子さんは顎に手を当てて唸った。


「危ないよ? って、言うまでもなく分かってるだろうけど」

「俺たちなら、謎の生物のことが分かるかもしれない。何か手伝えるかもしれません」


 真っ直ぐに目を見て伝えると、妙子さんは観念したように一息吐く。

 そして「分かった」と了承してくれるので、俺とホルンは顔を見合わせて喜ぶことになった。


 その様子をジトッとした目で見られる。


「やっぱり付き合ってるよね?」

「違います」


 顔を引きつらせる。

 妙子さんは時々、デリカシーがない。


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