かくして、二軒目のコンビニへ。

　今度は俺が誘って二人で入店した。片や財布とエコバッグ、片やカゴを持った状態で夕食の品を吟味する。

「何が食べたい？」

「えっと……。どれでも」

　遠慮なのかどうかは知らないが、投げやりな返答をするホルンを俺は半目で睨む。お前、奢るってときになんでもいいって答えちゃうのは一定数の人間に嫌われるやつだぞ？　別にいいけどさ。

　そんな俺の責めるような視線を感じ取り、

「わ、分からないんです。どれがいいのか」

「ああ、そういうこと？」

　慌てて弁明するホルンに嘆息一つ。結局、彼女の正体については何も聞けずじまいなのだが、やはり現代社会に生きる通常の人間とは出自が異なるという理解でいいのだろうか。純粋にコンビニのフード類が分からないって話でもなさそうだし、謎は深まるばかりだ。

「じゃあ、適当に選ぶぞ？」

「はい……」

　後ろ髪を引くような肯定の仕方をする……。ベースが気弱で内向的、人見知りで何も言い返してこない性格だから、いちいち顔色を窺ってやるのが大変だ。

　これは大きなお世話なのかもしれないが、状況的に甘えにくいのも分かるので気になる。親しくなればこれらの面倒もいずれは解消されていくだろうか？

　絆を高めて秘密を教えてもらう、そう考え方を変えるとどこぞのギャルゲをプレイしているような気分にでもなってくるが、実際はそう単純なものではない。

　面識のない謎の少女の心の扉を開ける方法って、いったいなんなんだろうな？

　その後、俺が手に取ったのはシーフード味のカップラーメンと塩むすびを二つ、梅おにぎりを二つだった。余分に買ったおにぎりは明日の朝食分で、ドリンクは前回買っているから不要。箸とスプーンを人数分付けてもらい、イートインコーナー備え付きのポットでカップラーメンにお湯を注ぐ。

　ホルンに手渡す。

「熱いからな？　こぼすなよ？」

　さすがに子ども扱いをしすぎたせいか、少しだけ不服そうな表情で、手渡されたカップラーメンを言う通りに気を付けて運ぶホルンの姿があった。

　二人で車に乗り込んで、ヒーターをつける。

「すぅー、外は冷えるな……」

　ジャケットをホルンに与えているのもあるが、東北の冬空の寒さは堪える。この一瞬の間にかじかんだ指を何度も握り込んで温めていると、そんな俺の姿とは対照的に全く肌寒くしている素振りのないホルンの姿が目についた。

「お前は寒くないの？」

「はい」

　なんだよそれ。襲撃者といいホルンといい、何かと頑丈すぎて人の体には思えない。まさか食事もいらないなんてこと言わないよな？　そう思って咄嗟に尋ねてみると、「……お腹は、減ってます」と乙女のような恥じらいを見せながらそっけなく言われてしまった。

　思わず肩を竦める。

　――ピピピピピッ、と電子音が鳴り響く。

「あ、ごめん。アラーム」

　ビクッと肩を震わせて驚くホルンに慌てて謝罪する。カップラーメンにお湯を注いだタイミングでスマホのアラーム設定をオンにしていたのを共有し忘れていた。

「悪い悪い……」とホルンの顔色を見れず、苦笑で誤魔化しながら。

　蒸気で湿気った蓋を開けると、ふわっと車内に充満するシーフードの香り。箸をビニールから開けてラーメンをかき混ぜると、湯気が視界いっぱいに広がる。

　一通りの俺の工程を参照するようにホルンも蓋を開ける。

「わぁ」

　思わず笑ってしまいそうになった。おそらく本人は声が出ていることに無自覚だ。その素直な反応に破顔しそうになるのをぐっと堪え、瞳を輝かせる少女が黙々と麺をかき混ぜてほぐす様子を見守る。

　そのまま先に食べてもらってよかったのだが、やがて、食べどきを伺うように俺のほうを振り向くホルン。

　どうやら先に口をつけるのは気まずいと判断したみたいだった。

「じゃあ、いただきます」と口にしてから先に頂く。うん、安定した美味さ。魚介風味と豚のコクがあるスープに、つるみのある麺。汁が白濁色なだけに、彩りのある具材が浮かぶ。たまご、かまぼこ、イカ、キャベツ……。慣れ親しんだベーシックな味わいだ。

「……いただきます」

　見よう見まねでぽつりとそう口にした彼女も俺のあとに続いた。

　信じられないくらい一口が小さいのは、猫舌なのかそもそも口が小さいのか。ともかく、つるっと一口麺を啜った彼女は、感心したように姿勢をやや仰け反らせた。

　言葉には出ないが分かりやすいリアクションだった。

　身長差や座席の位置関係もあって俺から彼女の表情は見えないが、咀嚼するとき、まるで感動しているかのように口元に手を当てて味わうものだから、その感想を想像するのは容易い。

　なんというか、こう見るとかわいいやつだな、ホルン。

「美味いか？」

「はいっ」

　そりゃよかったね。なんだか妙に微笑ましい気持ちになってしまった。

　しばらく追い詰められっぱなしだったろうし、温かく、ほっとするものを食べて、気分を少しでも明るくすることができたなら何よりだ。

　食べ進めていると、冷えていた体がじっとりと熱を持つようになるのを感じる。本当にラーメンとは偉大である。宮城県の仙台市では、仙台ラーメンというＢ級グルメがあったり、行列必至の人気ラーメン店もあったりして、いつか行ってみたいという欲望があったことをふと思い出した。

　ラーメンは好物だ。

「……何をしているんですか？」

「ん？　いや、塩むすびを入れてスープご飯に……」

　〆の用意をしているとホルンに気付かれる。量が物足りない場合、コンビニで買える海苔なしの塩むすびは、シーフードラーメンの残り汁のなかに入れるのに丁度いい。投入してほぐし、スープご飯にすると、非常に美味なマリアージュとなる。

　祖父との二人暮らしでは成長期のとき腹が減って仕方ない思いをよくしていたから、こういう食べ方が染み付いていた。

「やりたいなら自分でどうぞ？」

　顔に『私も食べたい』と書きながら物欲しそうに見られて、いやいや……と呆れながらそう指摘する。塩むすびはもう一つ買ってあるし、食べたいのなら自分で用意しなさい。

　その旨を伝えると、納得した彼女はまたつるつると大人しく麺を啜り出した。

　そんなわけで、先に完飲。食べるペースには結構な差がある。別に急かすつもりはないので、ホルンが食べ終わるまでスマホをいじりながら待つことにする。

　一度、祖父に電話を掛けようとしたのだが、その通信が繋がることはなかった。俺の不安が抱えるものの多いホルンに伝わっても悪いので、何事もないように振る舞う。

　ＳＮＳをチェックする。

　巨獣災害から四時間以上経過した現在、世間の反応や判明している情報をまとめたまとめ記事が出回っているみたいだ。

　まずはそれを確認することにしよう。

　要約すると、内容はこうだ。

　巨獣は推定六十メートルほどの体高。体長は推定八十メートル。体重は計測不明。外見は小熊やウリ坊、ウォンバットなどと好き好きに言われている。共通して言えるのは巨大生物ながら成獣や大型獣を連想する声が少ないこと。

　体毛に覆われていたり、頭部が大きく、頭身のバランスが妙なことからそういった印象に影響を及ぼしているのかもしれない。

　出現から二十秒後にはどこかへ消失。消失目前に見せた謎の予備動作が問題視されている。また、出現から消失までの間、巨獣の周囲には宙に浮かぶ人間のような謎の飛翔物体も複数確認されていたと。

　これ、確実にホルンや襲撃者なんじゃないか？

　撮影された映像や写真はいずれも巨獣を撮ることを目的としているから、映り込むものはどれも解像度が粗くてまともに確認できたものじゃない。そのため、ホルンや襲撃者の特徴と飛翔物体を照らし合わせることはできないのだが、その影は少なくとも二十体近く確認されている。

　つまり、ホルンや襲撃者のような存在は二十人以上いる。

　その全てが敵なのか、味方なのか……。

　俺はまだホルンに完全には信用されていないから、これを聞いたところで、自身の正体にまつわる情報を話してくれるとは思えない。

　ここからは俺の話だが。

　数ある人間のなかで、もっとも真相に近いのは俺だけだと言い切っていい。『巨獣を追っていた』と言うホルンと協力関係にあるのは大きなことだ。

　俺たちの安全な暮らしのためにも、この状況はうまく利用したほうがいいんじゃないか。

　そんなことをふと思った。

「ごちそうさまでした」

「食べ終わった？」

「はい」

　空の容器を受け取り、二つ重ねてゴミ箱へ捨てに行こうとする。この瞬間まで彼女はドアに手を掛けて一緒に来ようとしたから、それはさすがに手間だろ、と思って待たせようとした。「いいから」

　しかし、下車の寸前にまたも袖をきゅっと引っ張られてしまう。

　若干疎ましく思いながらも振り返る。

「……あの、ありがとうございました」

　突然そんなお礼を言われて、俺は目をパチクリとさせる。

　身に覚えがありすぎてどれのことか分からない。

　彼女は俺の目を一点に見つめながら。

「安心、できました。しぐま」

　―――。ふいを突かれてしまった。

　思い詰めたような顔で、いったい何を言い出すのかと思えば。

　そんな言葉とどこか舌足らずな発音に、思わず笑みが溢れてくる。

「そりゃよかったよ」

「はい」

　言いたいことを終えたホルンは、つまんでいた袖をやっと離してくれる。

　とりあえず、ゴミを捨てに行くか……。

「………なんとかなるかなぁ……」

　課題はある。問題も山積みだ。

　静かな夜空を見上げながらそう独り言ちる。

　今後を考えるのが難しくて、俺は後頭部を掻いた。