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第3話 戦乙女

「ま、待ってくれ、いったいどういう意味なんだ?」


 悲しそうに蹲る少女を前にして、俺とじっちゃんは狼狽えるばかりだった。どうしたらいいのか対応に悩みながらも、彼女のそばに寄ってその様子を案じる。


 彼女が何に恐れているかは分からないが、とにかく、落ち着いてもらうのが最優先だ。猟銃を抱えたじっちゃんが遠巻きにこちらを見守るなか、俺は声のトーンが厳しくならないように気を遣って優しく語りかける。


「とにかく、大丈夫だ。ここは安全だから。ゆっくりでいいから、説明してもらえないか。俺たちなら何か力になれるかもしれない」


「………」


 少女の嗚咽は続いていたが、ひとまずは冷静になってもらえただろうか。心を開く気配はないが、体を小さくするように三角座りし、腕を組んで袖がシワになるくらい握り込みながら顔を埋める少女は、これ以上錯乱することはないと判断してよさそうだった。


 しかし……、情報がない。


 言葉を選びながら、慎重に問いかける。


「まず、名前を聞いてもいいか。俺は斉藤志久真。仲間にはシグマとかシグシグって呼ばれたりする」


 親しみを与えられればと思って口にしたが、気恥ずかしくなって頬を掻いた。


 巨獣災害後、クラスの仲のいい連中とは端的に生存確認を済ませていて、みんなの無事は分かっている。


「………」


 応答なし、か。

 目も合わせてくれない少女に項垂れる。彼女としては放っておいてほしいのかもしれないけれど、こちらとしては聞きたいことがあまりにも多すぎるのだ。しつこく、俺は質問を続ける。


「じゃあ、えっと、その……。君はどうしてあそこにいたんだ? 俺たちは地元で猟を行っていて、偶然現場に居合わせたんだ。何が起きたのかを知りたい」


 傷の原因にも関わるからか、問うと彼女は少しだけ縮こまった。


 これは聞き出せそうにもない。俺は諦めて嘆息を吐く。


「……とりあえず、休まるまでここにいていいから。そこの痛み止めも飲むといいよ、きっと楽になる」


 枕元にあるおぼんの上の錠剤と湯呑みを指す。そうして離席しようとすると、「なんで」と彼女は一言口にした。


 呼び止められた形の俺は、わずかに期待をして振り返る。


「なんで、私を助けちゃったの」


「えっ?」


 ……助けって、なんだ? 人命救助は人としてするべきことの一つだ。いつ自分が逆の立場になってもいいように、助けられる場合は助け合ったほうがよい。彼女にとって、それが不都合である理由はなんだ?


「私、放っておいてほしかった」


「それは――」


「馬鹿ぁ言うな! 自殺なら他所でやれ。助けてもらってその口の利き方ぁ許せん。おらん孫がどんだけの覚悟でお前ぇのとごさ行ったと思っとうと!?」


「いや、脅すなよ……。気にしなくていいから」


 仕切りを跨いで向こうの居間から怒る祖父をありがた迷惑に思いながら、少女のぎゅっと丸くなる姿に頬を掻く。じっちゃんは間に受けてしまったみたいだが、俺は自暴自棄になっているなと受け止めていたのでそれほど気にしていない。


 それよりも、なぜこの少女はそこまで追い詰められてしまっているのか、だ。



「………私だって、死にたくない……」



 小さく呟かれたその言葉。


 え――。と疑問に思うのも束の間、顔を埋める少女の右腕のバングルの一部が赤く点滅を繰り返す。その信号を悟った彼女は一転して青ざめた顔で面を上げると、俺と祖父をそれぞれ一瞥し、近くにいる俺にしがみついて懇願した。


「いや、いやだ、このままじゃがきちゃう……!! 死にたくない、私殺されたくない、生きたいっ……お願い、私いやなの!」


 要領を得ない言葉にひたすら戸惑う。『彼女』って誰だ? どうして深刻そうにする? 君は何者だ? いったい何が起ころうとしているんだ??


 疑問の一つ一つを解消する暇もなく、突如として庭に面した窓ガラスが――。




 ガシャァン!




 と、けたたましい音を立てて割れた。続いて、ガラスを割った犯人はその勢いのまま板間を乗り越え、襖を破り、俺たちのいる居間にまで転がり込んでくる。


 紫色に煌々と輝く光輪と羽根を頭上と背に浮かべたベリーショートの黒髪の少女。保護した少女に酷似したワンピースとバングルを身につけ、かかとに鋭利な意匠のあるハイヒールを見せつけるように佇む。その姿はまるで彼女と対をなすような、黒い出立ち。明らかな敵性存在。



「たったいま、掟破りを発見した。最重要任務期間中につき、速やかに処罰する」



 侵入者は手元のバングルを水銀のように滑らかな液状にすると、その形を槍に変形させた。


「殺されるってこれかよ―――!」


 不満を満足に吐き出す余裕もなく、侵入者は槍を振りかぶって迫ってきた。命の危機を覚悟するその瞬間、後方にいた祖父が躊躇いなく猟銃を放つ。一度に広く拡散する散弾ではなく、一度に大きな火力を見舞うスラッグ弾による射撃。人に向けるものではないが、相手が人だとは到底思えない。


 事実、その衝撃をもろに喰らった侵入者は軽々とで、致命傷になっているようには感じられなかった。


「志久真ァッ逃げろッ!」


「なんでこんな目に遭うんだ……ッ!」


 いい加減に苛立ちが勝ってくる。それでも祖父が作ってくれた時間を大事にするため、俺は一目散に少女の手を引いて自分の車に飛び乗った。焦りと興奮のなかで必死になってエンジンを掛け、アクセルをベタ踏みにして逃亡を開始する。


「じっちゃん……!!」


 ちくしょう、置いていった祖父が気が気でならない。荒々しくも飛び出した田舎道。車を走らせて集落のほうに向かう。襲われている自覚はあったが、民間への危険性を考慮して小回りの効かない山道を行くような冷静さは持ち合わせていなかった。

 こうなった以上自分の命をいの一番に、安全な場所を目指して車をかっ飛ばす。


「お前あとで全部教えてもらうからな!」


「っ、はっ、はいっ」


 俺が地を出してそう口にすると、助手席に座る少女は畏まったように足を揃えて答えた。


 精神的余裕がないせいで、舌打ちが出そうになるのをグッと堪える。


 時刻は午後五時、間もないが、冬の空は日没を迎えている。あの侵入者は夜だとなおさら目立たないだろう。


 逃げるってどこまでだ? どうなったら日常に帰れる?


 考えても仕方のないことばかりが、脳内をぐるぐると駆け巡る。



 まったく、今日は厄日みたいだ。


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