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第55話 対の胡蝶

暑さの中にも涼しさが交じり合い、夏の間にみずみずしく育った草花が彩る宮殿内の庭園。

明るい日差しと青く澄み渡った空の下、いくつもの色鮮やかな傘が立てられ、その下では麗しき宮殿の蝶たちが近侍を侍らせている。


中央奥に皇帝陛下。

皇帝陛下を挟むように妃濱と臣下が連なる。

まず皇弟である景天様とその連れである私、そしてその隣の傘には清蓮様、私たちの向かいには依陽様、清蓮様の向かいで依陽様の隣には麗璃様。

そこから下方の部隊に向けて序列順に大臣の席となっている。


この傘の下に来るまでにものすごい好奇の目で私を見ていたが、すべて無視氏s手ただ景天様についてどうにか乗り切った。

だがここからはそうはいくまい。

私は表情を引き締めて、辺りの様子をうかがう。

すると正面の依陽様の視線とばっちりあってしまった。


「ふふ。蘭様。そんなに硬くならずとも大丈夫ですわよ。私たちがおりますわ」

そう美しい笑みを浮かべた依陽様に、曖昧な笑みを返す。


「そうですわ!! 蘭様に不届きを行う輩がいましたら、私たちが黙っておりませんもの」

「えぇえぇ!! 多少視線を浴びようとも頭を空っぽにして図太くしていると良いのですわ!! 麗璃様なんて、いつも好奇の目にさらされていますけど、元々頭が空っぽだから気にも留めていませんわよ!!」

「あら? 視線すら浴びせられないお子ちゃまは黙っていらしたら?」

「何ですってぇっ!?」

うん、今日も麗璃様と清蓮様は平和だ。


なぜだかあの後宮連続殺人事件の一件から、妃嬪は私に良くしてくださる。

まぁ、景天様の連れという時点で最初から悪いようには思われていなかったようだけれど、あの一件からよくお茶会のお誘いまで届くようになってしまった。

嫌われるよりは良いけれど、誰と仲良くしても角が立つので難しい。


それにしても、今日の麗璃様は一段と派手だ。

紫に大きな蝶と花が描かれた傘に、衣装も大きく存在感たっぷりな花がその赤紫色の衣に咲き乱れている。

恐らく、いやほぼ確実にどちらも孔明の作品だろう。

こんなド派手な作品、孔明以外であってたまるか。


対して清蓮様は彼女の好きな色である桃色の傘だ。衣装は赤い着物に小花が描かれた、可愛らしい彼女にぴったりのものをそろえられている。

さすが、ご自分に似合うものをよくわかってらっしゃる。

そして依陽様は淡い黄色の傘。

着物は若草色で、さりげなく胡蝶が描かれており、落ち着いた大人な印象の依陽様によく似合う。


……あれ? これ私、あんまり考えすぎずに服決めたら良かったのでは?

誰だよ、淡い色ばっかりで黒とか赤は浮くかもとか考えたの。

誰だよ、若草色は件の事件を連想させるからやめておいた方が無難だとか言い出したの。

…………私と景天様だぁぁああああっ!!


私はふと、隣の景天様に視線を移すと、なぜか景天様は私を黙ってじっと見下ろしているではないか。

「な……何ですか?」

恐る恐る私が尋ねると、景天様はじっと私に視線を向けたまま口を開いた。

「いや。ただ──────。その衣装、やはりとても似合っていると思ってな」

「~~~~~~~っ!?」

大真面目な顔でそんなこと言われると反応に困る。

普段私のことを山猿だとか言っているくせに、何なんだ。

最近の景天様は時に反応に困る発言をされるから、質が悪い。


「ふむ。景天、柳蘭。そなたら二人の傘は、この秋晴れによく映えた良い色をしておるな。まるでそこだけ温かな春の下、対の胡蝶が戯れているかのようだ」

そう言って無表情にも目を細めて皇帝陛下に、私と景天様が顔を見合わせてから気まずげにどちらからともなく視線を逸らした。


私達の傘は水色の傘に小花の絵柄が描かれたものだ。

そして景天様は薄紫色の衣に金糸で刺繍された黒の帯。

私の桃色の衣と金糸で刺繍された白の帯とよく合う色合いで、男女で色合いを合わせることは夫婦や恋人同士ではよくある。

そういう関係はよく『対の胡蝶が戯れる様』と例えられる。

確かに、はたから見れば今の私たちは恋人同士か夫婦のように映るのだろう。


「お褒めの言葉、ありがたく。陛下こそ、その薄水色の羽織、とてもよくお似合いですな」

そう言って景天様が褒めたのは、陛下の黒い衣装の上からかけられた、薄水色の薄い羽織。

陛下はそれに目を細め、そっと触れた。

「溶接が死んで、初めての園遊会だからな。彼女の好きな色を添えたのだ」

陛下の言葉に、賑わっていたその場がしんと静まって、緊張感を漂わせたのが分かった。

何? どうしたの?


「そ、そういえば蓉雪皇后はよくその色の着物をお召しでしたなぁ!!」

「えぇえぇ、たしかに!! その名にふさわしく雪の精かのようで、それはそれはよくお似合いでした!!」

一番手前の大臣二人が、歪な笑みを浮かべて姉様を褒め称える。

なんだかそれがとてつもなく気味が悪い。

漠然とした違和感を感じながらも、私はただ景天様の隣に控えた。


「それはそうと皇帝陛下。そろそろ我らにもご紹介くださいませぬか。そちらの愛らしい天女のことを」

大臣の一人がそう言うと、その場の視線が一斉に私へと集中する。

え、何?

まさかと思うけれど、その愛らしい天女って私のこと?

挙動不審気味に視線を漂わせる私の袖を、景天様がぐいぐいと引いた。


「……(大人しく堂々としていろ山猿)」

何も言わずとも不思議とそんな声が聞こえてくるようで、私はぴしりと背筋を正してから大人しく皇帝陛下の言葉を待った。

「ふむ、そうだな。皆も聞いているだろう。華蓮からの賊を一掃し、登安に平和をもたらしたあの一件で、景天らと共にその賊の一掃に尽力した女子のことを。その女子こそが、ここにいる────柳蘭だ」


皇帝陛下からの紹介に、私が顔をこわばらせながらも立ち上がり大臣たちに一礼すると、大臣たちはほぅ、と感嘆の声を上げ、私をじろじろと隅々まで眺めていく。

まるで値踏みでもされているようで、あまり気持ちの良いものではない。


あぁ、商人に買い付けられる商品ってこんな気持ちだったのか、と、意味の分からない考えが過ぎる。


「それだけではない。依頼に応え、先の連続妃嬪殺人事件を調べ、推理し、我が母の罪を果敢にも暴いたのも彼女────柳蘭だ」

「!!」

皇帝陛下の言葉に、場が凍りついたのが分かった。


皇帝陛下自ら触れたご自身の生母の罪。

周りも何か言えるような立場ではなく、その返答に困っているようだ。

これが景天様や大臣の誰かが大元の犯人であったならば、こぞって「いつかやると思ってましたー」とか都合のいいことを言ってごますりしたんだろうが、この国で何年も前皇帝の正妃、現皇帝の生母として敬われてきたお方の罪に、誰もが所在なさげに視線を漂わせた。


「強く聡明であり、諸君らにとっても大変魅力にあふれた存在であろうが…………彼女は我が弟、景天のものである。彼女に用がある者は景天を通すように」

「んあっ!?」


語弊にあふれた皇帝陛下の言葉に、開いた口が塞がらなくなったのは言うまでもないが──それで大臣たちから距離を置けるならば良しとしなくてはならないのだろう。

……解せぬ。


「さて、では柳蘭の紹介も追えたことだ。今日のこの園遊会を、皆存分に楽しんでいくといい」

皇帝陛下のお言葉を合図に、私にとって初めての園遊会が幕を開けた──。












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