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第54話 旧友との再会

「──で? 初日の収穫は無し、ということか? これだけ時間をかけて?」

「うぃ……おっしゃる通り……」


景天様の屋敷に帰りついた時には、夕日がゆっくりと沈み始め、夕闇が顔を出すほどにもなっていたことで、私は只今絶賛お説教という名のお小言を浴びせられている真っ最中だ。


「暗くなる前に帰れない場合はすぐにその旨を知らせる遣いを出しなさい。私か、私が忙しければ誰かしらを迎えにやる」

「へぃ……」

「何か不審なことがあればすぐに私に報告し、一人で突っ走ることのないように」

「へぃへぃ……」

「聞いているのか蘭」


何だこの過保護な父親のような感じは。

ついこの間まで賊のアジトに潜入させて足の一つ二つ舐めさせとけばいいとかほざいてたくせにこの過保護感。解せぬ。


「聞いてますけど……、私はもう立派な大人なんですよ? しかも自分で言うのもなんですけど、私、とってもとっても強いんです。何かあっても対処はできる自信もありますし、景天様のお手を煩わせることも──」

「君が強いのはよくわかっている。が、と問え不審者は大丈夫だとしても、他が大丈夫とは限らん」

「ほか?」

不審者意外に何かあるというのだろうか?

首をかしげる私に、景天様は少しだけ「うぐっ」と口をつぐんでから、苦々し気に口を開いた。


「皇帝陛下が、自らの母君の罪、そして妃濱であった明々の罪を大臣にも共有した。それも、かん口令すら敷くこともせずに、な」

「かん口令無しで!?」


ともすればすぐに話は広まり、罪を犯した紅蘭様のお子である皇帝陛下の資格を問う声と共に、麗羽様への同情が集まり景天様を推す声が高まる可能性だってあるのに、なぜ自らそんな危険なことを……。


「その件を明らかにしたのが、蘭、君だということも知られている」

「私のことまで!?」

「あぁ。幸い、蓉雪皇后の妹だということは伏せられていたが、賊を一掃したことについても関わっていたということまで、ご丁寧に、な」

人の口に戸は立てられない。

私についても、恐らく大臣間だけではない。

官吏、そして市井にまで広がるのは時間の問題だろう。

陛下は何故そんなことを……?


「今日外宮で大臣たちから君について代わる代わる質問を受けた。是非紹介をと言ってくる輩もいた。やんわりと断っておいたがな」

「えぇ!?  私をですか!?」


私みたいな平民の山猿を紹介してほしいとは変わった大臣もいるもんだ。

驚き声を上げる私に、景天様は呆れたようにため息を一つついてじっとりと私を見下ろした。

「賊を一掃させるなんて作戦に尽力するほどの武力と、後宮の事件を解決し現皇帝の生母の罪まで明るみにする頭の回転の速さと豪胆さを持つ女性。おまけにそれを咎められることもなく、皇弟である私の庇護を受け皇帝の覚えもめでたい、となれば、近づいておきたいタヌキは多い。大臣の中には、良くない連中とのつながりがある者もいる。己の力を過信せず、十分に注意するんだ」


なるほど確かに。

いくら口より先に手が出る私であっても、皇帝陛下の臣下であり国を動かす重要人物ぞろいの大臣相手に叩きのめすことはできない。

そんなことをすれば姉様のことを聞き出すどころではなくなってしまうし、何より、皇帝陛下や景天様に多大なるご迷惑をおかけしてしまうことになる。

うん、慎重な行動、大事。


「……わかりました。なるべく一人にならないように、頻繁に使いも送らせてもらいます」

「あぁ。頼む」


こんなにも切羽詰まったような景天様は珍しい。いつも涼しげな顔で淡々と物事を自分の良いように動かしているというのに。

それだけ危険で、それだけ私のことを心配してくれているということなのだろう。なんだかむず痒いけれど。


「あぁ、それと蘭」

「何でしょう?」

「先ほど、皇帝陛下から文が届いた」

「陛下から?」


何か伝え忘れでもあったのだろうか?

それとも次の召集令?

だが次に景天様から出てきたのは、そのどれとも違うものだった。


「明後日の園遊会、私と共に蘭、君も参加するようにとのお達しだ」

「へ……? 園遊……会?」


宮廷の庭園で妃嬪達や臣下との交流として開かれる園遊会。

都内外から古琴や歌、その他楽器の名手が呼ばれ、その腕を披露する。

妃嬪にとっては外の人間を目にする、そして妃濱の女官たちにとっては普段目にする皇帝や宦官など限られた異性以外の異性を目にする貴重な機会。

姉様が現皇帝陛下に見染められたのも、この園遊会がきっかけだった。


そしてこの園遊会は、当然のことながら限られた人物しか参加は許されない。

皇帝陛下、皇弟である景天様、妃嬪の皆様、そして上位の大臣たちだ。

本来なら私なんかが立ち入ることのできぬ会。一体なぜ?


「陛下も、君に危害が及ぶ可能性に関しては気にしているようだったし、この園遊会でいっそのこと大臣への紹介を済ませ、牽制するつもりなのだろう。あの男は無能の裏にも秘めた何かがある。油断はするな」

「っ……」

そう言えば皇帝陛下も、自分自身でそう言っていた。


『あぁ。あれは、無能な私を引きずり下ろそうとしながらも、私には何かあるのではと決して油断しない。常に私の中の何かを探り出そうとしているのだ。あれこそまさに、賢者以外の何と言えよう? 皇帝となるにはふさわしい男だ』


腹の探り合いなのか、何なのか。

いずれにしても陛下のお考えは、私にも想像がつかない。


「明後日という急な話だ。今から服を仕立てるにも時間がかかる。今女官に商人を呼ばせている。商人の持ってきた既存の服の中から選ぶぞ」

「めんど……」

「何か言ったか?」

「いえ何でも!!!!」


本音が駄々洩れそうになった私を景天様がじっとりと睨む。

正直好きに決めてくれて構わないのだけれど、そうもいかない。

大人しく選ぶとしよう。

私がそう半ばあきらめにも似た境地になったその時、「景天様、商人が参りました」と女官の声が戸の外でかかった。

「入れ」

景天様が許可を出すと、「失礼します」と現れたのは、私と同じくらいの歳の青年。

そしてたくさんの葛篭つづら


「すまないな、急に」

「いえ!! 景天様のご依頼とあればいつでも!! こちらの方のご衣裳ですよね!! すぐに──っ!?」

背の高い明るい笑顔の青年が私に視線を移すなりに、その笑顔を驚きの表情に変えた。

「え……何で……。……柳、蘭?」

「!?」

つぶやかれた私の名に目を見開くのは私と景天様。

「知り合いだったのか?」

「へ? いや、記憶が……確かに私は柳蘭ですけど……」

こんな背の高い好青年、どこかで会っただろうか?

会っていたなら忘れそうにないのだけれど……。


「やっぱり蘭か!! 俺だよ俺!! 周王栄しゅうおうえい“!! たまに親父の商人たちの会合についてきて遊んだ!!」

「しゅう……おうえい……。…………って……えぇぇぇえええ!? あのチビの王栄!?」


そう言われればその人懐こい笑顔には見覚えがある。

私がまだ都にいた頃、よく父に付いて行った会合で、同じく父親についてきた彼と大人同士の話し合いが終わるまでの間一緒に遊んだものだ。

あの頃は私よりも小さかったのに、こんなにも大きくなるだなんて……。男の子の神秘ね。


「さすがにあの頃より背も伸びるって!! 蘭はあんまり変わらないからすぐわかったよ。あぁでも、もっと可愛くなったな!!」

おぉう、しっかり好青年に成長しやがって。

景天様に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいものだ。


「景天様、とりあえず三種類、都の流行りの色や型を考慮した上等なものをお持ちしました。ご確認ください」

そう言うと王栄は葛篭の中から薄桃色と淡い黄色、それに若草色の着物を出して机に並べた。

「ふむ、どれも良い色だ。……が…………今は若草色はやめた方が無難だろうな」

「そうですね」

“死の緑”による殺人があってまだ日も浅い。

あの事件を連想する者も多いだろう。とはいえ、残る2色は……。


「あの……私、こんな綺麗な色、似合わな──」

「桃色だな」

「人の話聞いて!?」

こんな綺麗な桃色の服、私には絶対似合わない。

園遊会で浮きまくるのがオチだ。


「今回は謁見とは違ってきっちりとしたものではないし、気を楽にすればいい。鮮やかな色合いで行く方が浮かずに済むと思うがな」

「うっ……」

確かに、淡い装いの多そうな園遊会で、黒やら朱色やら着ているとかえって目立つのかもしれない。

いやでも……だとしても……っ!!


「蘭はよく桃色の服着てたじゃないか。今着ても絶対似合うぞ」

頭を抱える私を見て、王栄が余計な爆弾を落とす。

それを聞いた景天様が目をぱちぱちとさせてから私を見た。

「着ていたのか? 桃色」

何だその意外そうな顔は。

私が桃色を着ていては悪いのか。

「む、昔の話です!!」

なんだか急に恥ずかしくなった私は、ぶっきらぼうに言い捨てた。


小さなころはふわふわとした可愛らしい色にあこがれたこともあった。

人並みにぬいぐるみが好きだったし、装いも女の子らしい時代だってあったのだ。

ここに来てから景天様が与えてくださった普段着は桃色系統が多く選択肢が限られているから仕方なく着ているだけで、今の私では自分でも似合わないと思う。


「ふむ……。よし、王栄。この桃色のものを頼む。帯はそうだな──こっちのもので」

「へいっ!! まいど!!」

「景天様っ!!」


私の意見を全無視して、景天様は薄桃色の着物と白に金刺繍の帯を選ぶと、さっさと注文書に署名をしてしまった。

これではもう返せないではないか……。


「それじゃ明日、細部の直しをしてからまたお届けに上がりますね!!」

「あぁ。よろしく頼む」

二人で話をすすめないでぇぇえええっ!!


「あ、蘭」

「へ?」

王栄はそそくさと葛篭のものを片付け立ち上がると、思い出したかのように再び私に目を向けた。


「昔の蘭も可愛くて似合ってたんだ。今のもっと綺麗になった蘭も、絶対似合うよ!!」

「~~~~~~~~っ!?」


そんな殺し文句を言い残し、葛篭を抱えると、王栄はにこやかに部屋を後にした。


「…………」





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