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第52話 麗璃の良心と近侍の証言


まずは麗璃様の女官から話を聞こうと訪れた麗魏殿の食房。

そこでは女官たちが忙しなく動き、二人組となってそれぞれの作業をしている。


こ、これは……声をかけても良いものか。

忙しそうに動き回る女官たちを前に声をかけることをためらっていると、「蘭様?」と聞いたことのある声が私の名を呼んだ。

声のした方へと視線を向けると、そばかす顔の女官が嬉しそうに私の所へ小走りでやって来る。──あの、茶器を一緒に階に行った女官だ。


「どうなさったのですか? こんなところで」

「あぁ、えっと、ちょっとここ最近起きたことで話を聞きたい女官がいて……」

「え? 女官に話、ですか? ここは食房なので下級女官しかおりませんが、よろしいですか?」


下級、女官?

なんぞ?

え、女官にもいろいろあるの?

田舎育ちで後宮なんぞ関わることのなかった身としては、正直この後宮内のことはさっぱりで、彼女の言葉に首をかしげる。


「女官にもいろいろと位があるのです。下級女官は持ち場である省内からあまり出歩くことはありませんので、妃嬪の方々関連でしたら不向きかと……」

おぉう……知らんかった……。


「えぇっと……ならあなたは?」

妃濱である麗璃様の給仕をされていたということは、もしかして結構偉い人?

「私は麗璃様の近侍きんじですので、もちろん各所の出入りはしております。今は麗璃様のお飲みになった茶器を下げに来たところです」


確かに女官が手にしている盆の上には、使用済みのド派手な茶器が載せられている。

間違いない。麗璃様のものだ。


「あ、あの、じゃぁ、この後宮内で、普段いるはずのない男を見たという女官を知りませんか? 皇帝陛下の命令で、その件について調べていて……」

私が尋ねると、女官はあっけらかんとした顔で「あ、それ私です」と言った。


え、本当?

まさかの探していた人物本人?

これは好機だ。あれこれ探し回る手間が省けたというもの。


「あの、もし少しでもお時間があれば、お話をお聞きしても?」

「え? あ、はい。ちょうどこれから休憩を頂いてるので、構いませんよ。茶器を受け渡してきますので、少しお待ちください」

そう言うと女官は洗い物をしている女官へと茶器を手渡すと、奥の方へ行って何やら食べ物が載せられた皿を手に戻って来た。


「──干し芋?」

「えぇ。休憩時間のお供に。蘭様もよろしければご一緒に裏でいただきましょう」

そして食房から出る女官の後について、私は食房の裏手へと出ていった。


***


「「あんまぁああああいっ!!」」

二人並んで食房裏の木箱の上に座り、同時に干し芋を口にすると、その甘く仕上げられた味に、そろって声を上げた。


黄金色のタレで漬け込んで再乾燥させたその干し芋は、外はカリッ、中はとろっとして、今まで食べたどの干し芋よりも美味しく、まさに究極の干し芋と言っても過言ではない。


「私、こんなに美味しい干し芋、初めて食べました……!!」

「ふふ。お気に召したようでよかったです。これは麗魏殿の全女官へのご褒美にと、週に一度麗璃さまがご自身の歳費から仕入れてくださっているのですよ」

「麗璃様が?」


あの麗璃様がご自身の費用でたくさんの女官へご褒美だなんて……。人間何か一つは良いところがあるもんだな。


「あ、そういえば、申し遅れました。あらためまして、私の名前は春明シュンメイと申します」

「前は蓉雪……様の女官だったんでしたよね?」

姉様についていろいろと教えてくれたのもこの春明さんだった。


「はい、その通りです。私の家はすごく貧しくて……。しっかり働いて仕送りをしなければならないのに、上級女官になったのはいいけれど、蓉雪様の死後すぐに蓉雪様付きの女官は解散となってしまって……。途方に暮れていたところを麗璃様が拾ってくださったのです。麗璃様は厳しい方ですし、いろいろと大変なことも多いのですが……、あの時麗璃様が拾ってくださったからこそ、幼い弟たちはしっかりと食べ、学ぶことができていて、私、麗璃様にはとても感謝しているんです」

「麗璃様が……」


なるほど。

麗璃様があんな調子でも付いて行けるのは、彼女の厳しさと理不尽さ、傲慢さだけではなく、仁義の心を持ち人を思う気持ちを持っていることを知っているから、というわけか。

きっと再雇用やごほうびの件以外にも、麗璃様の素敵なところはたくさんあって、それを女官たちは理解しているのだろう。


「蘭様は、後宮に入り込んだ不審者について調べているということでしたが……」

「あ、はい。皇帝陛下から不審者について調べるようにと仰せつかって、とりあえず目撃者に話を聞こうと思いまして。春名さんがその、目撃者、なんですよね?」

「はい、あの方のことですよね!!」


良い笑顔でうなずく春明さんに、私は肩の力を抜いて頬を緩める。

ついてる……ついてるぞ……!!

春明さんに人相書きを作るのに協力してもらえれば、すぐにでも特定ができ──「見ました!! 後ろ姿ですが!!」

「へ────?」

後ろ姿……だけ……?

それだけでその人物が不審者であるとわかるものなのか?


「あの、もしかしたらそれ、入宮できる宦官か何かでは?」

景天様や皇帝陛下ならば後ろ姿だけでもその纏うキラキラとしたもので認識できるだろうが、他にも何人かいる脇役──あー……宦官では、後ろ姿だけで判断できないのではないだろうか。


私の言葉に春明さんは、興奮気味に前のめりになって口を開いた。

「いいえ!! 私たち女官は、普段目にする方の前も後ろもしっかりと把握して後宮に仕えております!! なのでもちろん、その不審者の男を見た他の者たちも『あれはこの後宮の宦官ではない』と言っておりますし、正面から見たという女官も、顔は帽子から垂れた薄い黒布で覆われていたためわからなかったのですけど、確かにいつもの宦官たちとはどれも違う風貌であったと証言しています」


後ろからでも顔に布がかかった状態でもわかる女官たちって一体……。

でも、それは後宮の妃嬪達を守るために必要な特殊能力なのかもしれない。

それに、後宮にたくさんの妃嬪が溢れていた時であれば、当然女官にしても宦官にしても膨大な人数になるけれど、妃嬪とともに仕える者の減った今の後宮では、顔見知りばかりであるのも不思議ではない。


「あの、皆さん、不審者に気づいて警護を呼ばなかったのですか?」

「もちろん呼びました!! だけど、控えていた警護宦官が捕まえられぬほどの俊足で……あっという間に……」

警護がいてもなお逃げられた、というわけか……。


「そんな簡単にこの後宮から逃げられるだなんて……」

後宮はいくつもの宮殿が高い塀に囲まれ、頑丈な門が一つ。

そこには警護の兵が常に交代で立ち、門の周りも至る所で警備が行われている。

簡単には逃げられるような場所ではないのだ。

不審者も。

そして妃嬪も──。


「えっと……じゃぁ、不審な男を見た場所は?」

「麗魏殿の裏門と紗陽殿の表門の間です」


それぞれの宮殿は後宮の中でさらに塀に囲まれている。

後宮自体が一つの町のようで、当然その表と裏の門の前にも宦官の警備がある。

にもかかわらず逃げ切るとは……一体何者なんだろう、その不審者は。

「目撃者は全部で4人、でしたっけ」

「はい。目撃者は私と、紗陽殿の警備の宦官が二人。そして清蓮様の清綾殿の女官です」

きいていた話通り、全部で4人。

一人ひとりあたってみるしかないか。


「なかなか難解だな……」

私がため息とともに吐き出したその時、「おーい、春明―!!」と彼女を呼ぶ声が宮殿内から聞こえた。

「あぁっいけない!! そろそろ麗璃様のところに戻らないと!!」

そう言って勢いよく立ち上がった春明さんに、私も立ち上がり頭を下げた。

「休憩中にありがとうございました。干し芋、美味しかったです」

「ふふっ。私も、また蘭様とお話が出来て嬉しかったです。それでは蘭様、もしまた何かあれば、いつでもいらしてくださいましね。いえ、何もなくとも、いつでもどうぞ」


そう言ってそばかすだらけの頬をくにっと上げて笑うと、春明さんは空になった皿を持って食房から宮殿内へと入っていった。


女官も宦官もいる中でこの後宮から逃げ切った男。

一体だれなのか、見当もつかない。

地道に、こつこつとやっていくしかない、か。


「ん~~~~~~っ」

私は天に向けて両手を伸ばすと、そのまま麗魏殿から出て次の宮殿へと向かった。



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