導き出した答えとその異臭に、さすがに気持ちが悪くなった私は、その後早々に部屋を出て景天様と共に彼の屋敷へと帰還した。
緑の部屋。
あの異臭。
姉様を襲った症状。
おそらく、いや、ほぼ確実に、姉様を蝕んだのは『死の緑』──ヒ素入りの顔料だろう。
この天明国ではあまり知られていないが、異国ではそのヒ素入りの緑で何人も死者が出ている。
美しい緑色の衣服が流行し、次々と人が死んだ。
その原因が、衣服の緑を着色するための顔料、ヒ素を含んだ『死の緑』だったというのは、ここから遠く離れた国付近では有名な話だそうだ。
これは、老師がただの趣味で各国の事件を調べ書き綴った『老師大全集2巻』に書かれていたもので、姉と二人で読んで感想までも書かされた記憶がある。
“全集2”は、おそらくこの『老師大全集2巻』のことだろう。
姉様は、自分の不調の原因がこれだと気づいていたということだ。
その理由は、恐らく今私が迷っている理由と同じだろう。
「どうした蘭、変な顔をして」
「せめて浮かない顔をして、とかにできません!?」
全くこの人は。
言葉の選び方が雑すぎる。
「はっはっは。悪いな、本心が漏れた」
「……」
もうこの人に何を言っても無駄だ。
諦めよう。
「それで? さっきの調査で何かわかったのか?」
「何かわかったも何も、犯人も、その背景にあったものも、わかってしまいました」
「何だと!? それは本当か!?」
目を見開き声を上げる景天様に、私はゆっくりと頷く。
「でもそれを暴くと私は──皇帝陛下の母君、紅蘭様の罪をも暴かねばなりません」
「っ……!! 紅蘭様の罪……だと?」
恐らく、姉様が黙ってあの部屋に居続けたのは、それがあったからだ。
仮にも皇帝陛下の母君がすべての始まりであったのだと、陛下に知られることを配慮したのだろう。
となれば、きっと陛下は知らないはず。
「はい。これを根本から暴くというのは、紅蘭様がしたこと、その思いまでをも暴くことに繋がります。それでも私は…………この罪を暴いても良いのでしょうか」
皇帝陛下を慮るような気持ちは私にはまったくないにしても、その重い罪を暴くことにためらいはする。
まして、姉様が命を懸けてまで口をつぐんでいたその真相を、私が暴いてしまってもいいものかと自問自答が繰り返される。
私の情けなく口から出た言葉に、景天様はじっと私を見つめてから、大きく息をついた。
「君の意思は、そんなものだったのか?」
「!!」
まっすぐにその紫紺の瞳がこちらを射抜くように向かう。
「君は、何としても姉の死の真相を知るために曽蓉江から遥々この都に単身乗り込んできたのだろう? 皇帝から姉のことを聞き出す好機だ。それを無くしてしまって、本当に良いのか? 君の最も優先させたいことは、皇帝の心を慮るようなことではないだろう?」
「っ……」
あぁ、そうだ。
皇帝なんてどうでもいい。
私は、ただ姉に何があったのかを知りたいだけなのだ。
あとは──知ったことではない。
「……そうですね。ありがとうございます、景天様。私、もう遠慮はしません……!! 明日、陛下のご都合に合わせて、妃嬪の皆さんも集めていただけますか?」
この謎も、罪も、妃嬪達は聞く必要がある。
「あぁ。すぐに陛下に伝えよう」
「あ、それと、景天様に調べていただきたいことが一つ……」
これなしには、恐らく証拠にならない。
せっかく分かった犯人だ。
証拠不十分で逃がすわけにはいかない。
「あぁ、もちろん。私にできることであれば、何でも言いなさい」
「ありがとうございます、景天様」
「ふふ。皇帝がどんな反応をするか……、明日が楽しみだな」
「……」
本当、良い性格をしている。
苦笑いしながらも、最後の核心の為の調査を彼に託す。
明日で、終わらせてみせる──!!