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第43話 その部屋の秘密は

 鶯色よりも少し鮮やかな落ち着いた色。

 いくら落ち着いた色であっても、天井から壁から床までもその色で埋め尽くされると、ある種不気味に思えるのも確かで……。


 自分ならばこんな部屋にいたならば心が落ち着くどころか、全くこれっぽっちも落ち着かないだろうと思う。

 こんな中で姉様が暮らしていただなんて、あらためて考えると怒りを覚える。


「大丈夫か?」

「……はい」


 おそらく皇帝陛下に他意はない。

 ただ自分の母である皇太后紅蘭様や、前皇帝陛下の寵愛を最も強く受けた景天様のお母様、の部屋であった特別な部屋だからと、皇后になった姉様へとあてがったのだろう。


 そう、ただ、こんな部屋で落ち着くかどうかを考える客観的感性が無かっただけ。


 私はふと、机の上の出しっぱなしの書に目を向けた。

「これは──」

 ふと手に取ったそれは、医学書。

 それもある一つの病に関する医学書ではなく、多方面に精通するようなものだ。


「姉様は、これでご自分の症状と照らし合わせて病を探ろうとしていた?」

「……あぁ、そうかもしれないな。これを──」


 そう言って景天様が差し出したのは、くず籠の中のくしゃくしゃにまとめられた紙の束。

 開いてみるとそこには姉様の字がびっしりと書きなっぐられていた。


“苦しさ”

“咳”

“身体の重さ”

“意識混濁”


 それらが全て、姉様のお身体に起きていたのだということに、私は思わずくしゃりと顔を歪めた。

 そして最後の方に“医師、病×”と書いてあることから、医師の見立てでは病ではなかった、ということなのだろうと思う。

 それでもこれだけの不調だ。

 疲れだけでどうにかなっているとも思えないのだけれど……。


「え──? これ……」

 私は束ねられた二枚目の紙を見て、目を見開いて動きを止めた。


 黒だ────。


 一部が黒く塗りつぶされているのだ。

 ここに何か、誰かに都合の悪いことでも書かれていた?

 その前の紙の塗りつぶされていない部分に書かれているのは読み取れるだけで4つ。


“色”

“ニオイ”

“全集2”

“泡”

“香”


“ニオイ”と“香”は同じ?

 そういえばこの部屋、他の妃嬪の部屋よりも香の香りが強い。

 部屋の主がいないにもかかわらず、だ。

 これはいったい──。


「景天様、このお部屋は今も誰かが管理されているんですか?」

「え? いや、今は誰も。ここは皇帝の許可なく入ることはできないからな」


 あぁそうか。

 だから昨日、景天様がここを調べる許可をいただきに皇帝陛下の所にいかれたのよね。

 でも管理者がいないなら、なぜ……。


「景天様、管理する人がいないのに、なぜこの部屋はこんなにも香の香りが立ち込めているんでしょう? それも他の日品の部屋よりも強く感じますし……」


「あぁ、それはおそらく、香木のせいだろう。ほら、さりげなく飾られているあの木。こっちのもそうだな。あれらは自然と香りを放つ、天然の香ともいえる飾り木ものだ」


 景天様に指摘されて視線を向けると、確かに寝台脇、飾り棚の上、部屋の隅に、大小さまざまな木が飾られている。

 あまりにさりげなく飾られているのと部屋の色の圧に押されて気づかなかった……。


「あ、本当だ。匂いがする」

 飾り棚の香木に顔を近づけてみると、確かに香の香りが強く発せられているようで、それはこの部屋に立ち込めるものと同じだった。


「でもなんでこんなに……」

「思い出した。たしか母上の部屋の時も、これと同じように香木が置かれていて、強い匂いを放っていた」


 麗羽様の時も?

 ならこれが……毒?

 いや、香木が毒だなんて聞いたことがない。

 私がこれまで読んできた書物のどれにも、そんなことは書かれてはいなかった。

 ならこれはどうして──。


 思考を巡らせながら、私はふと棚の小さな引き出しを開ける。

 するとそこには、白い包み紙が一つだけぽつんと入っていた。


「薬?」

 中のものをこぼさないように慎重に開くと、現れたのはたくさんの小さな種。

 これ、見たことがある。


 まだ実家にいた頃だ。

 庭にはこの種の花が咲いていた。

 一区画に咲いた白の花は姉が、その反対側に咲いた夕日色の花は私が生まれた時に父と母で種を蒔いたものだと聞いたことがある。

 それは花が終わるとともに種が落ち、また翌年も繰り返しその場に芽を出すのだと。


「姉様は、ここに実家のような庭を作ろうとしていた?」

 自分の居場所を、心の拠り所を求めていたのか、それとも──。


「あれ? 何だろう、この感じ……」

 ふと、かすかに感じた異臭に、思わず眉を顰める。


「どうした?」

「あ、いえ、なんかこう……香に混ざって変な臭いが……。動物の刺繍のような……」


 あぁそうだ。

 ネズミが死んでいるのを発見した際、そのような臭いを放っていた。

 どこかで死んでいる?

 私は徐に飾り棚と壁の隙間に顔を近づけ覗き込む。すると──。


「!! 違う……ネズミじゃない……!!」


 ────壁だ。


 この臭いは壁から発せられている。

 顔を近づけねば香木の強い香りで気が付けないけれど、近づけば近づくほどその異臭は強く感じられる。


「待って、この書かれている“ニオイ”って、この壁の異臭のこと?」

 臭いがあるから香木で誤魔化している?

 じゃぁこの“色”、というのは…………部屋の?


「緑……ネズミの死臭……全集2……。……!!」


 あぁ──そうか……。

 私の中に、一冊の書物が思い浮かばれる。

 アレの症状の一つが、たしか────泡を吹いて倒れる。


 となれば、清蓮様のあれも……。

 だけどそれは……。


 導き出した答えはあまりにも残酷で、だけど私は目を背けるわけにはいかなかった。

 その、飾り棚の裏の壁にかすかに見える言葉に、気づいてしまったから──。



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