「すごいです蘭様!! 本当に、ありがとうございました……っ!!」
「いえいえ。もうあの店主もあこぎな真似はしないでしょうし、怪しいことでもあればすぐに脅しに行きますので、呼んでください」
誠実に商売をしていた父母を見て育ったからか、あぁいう詐欺行為は許すことはできない。
まぁ、あの店の店主はさっきのだけで十分大人しくなるだろうけど。
ただの小者のようだし。
「まさかあのように目利きでいらっしゃるとは……。私、思わず蓉雪様を思い起こしましたわ!!」
「!!」
興奮気味に彼女の口から飛び出したのは、またも亡き姉・蓉雪の名で、私は思わず目を見開いた。
「……蓉雪、様、ですか?」
落ち着いて、平静を装うように一度深呼吸をしてから、私はゆっくりとその名を口にした。
「えぇ。蘭様と同じく、物の価値をよくご存じで、大変目利きでいらっしゃいました。皇帝陛下に献上された品を見て、一目で贋作を見破られて……。それから皇帝陛下は献上物は全て蓉雪様にお見せしておいででした。その目利きを大変信頼されているご様子で……」
そうだろうそうだろう。
姉様だって私と同じ、商いを生業とする父母の娘なのだから。
きちんとした目は養われているはずだ。
姉様と自分との確かなつながりを感じ、私は心の中で喜びに震える。
父と母から学んだことが、私たちが生きてきたその道が、離れ離れになったその先の後宮で、一人になった姉の力になっていたならば、これほど嬉しいことはない。
「とてもお優しく控えめな方で……だけど芯の強い方でした。妃濱からの嫌がらせがあればすぐに考えを巡らせ、犯人である妃嬪のもとへ単身出向き、そろえた倉庫を突きつけて論破したうえ、長いお説教をなさっておりました」
「あぁ……」
姉だ。
まさしく姉の姿だ。
姉様は怒ると怖い。
笑顔ですべての言い訳を論破し、言い返しようのないお説教を延々と続けるのだ。
私も老師と何度あの苦痛を味わったことか……。
それを後宮でも、しかも妃嬪にやってしまうとは……さすがとしか言いようがない。
「皇帝陛下も、蓉雪様には頭が上がらないご様子で、お二人ともとても仲睦まじくいらっしゃいました」
「え────?」
仲が良い?
だけど姉様は、皇帝陛下が好きで嫁いでいったわけではないのよ?
皇帝陛下から見染められて、断れなくて、私たちの為に後宮に入った。
それが仲が良かったって?
何かの間違いだろう。
もしくは人前では仲が良い風に振舞っていたか。
どちらにしても、あの無表情を決め込んだ皇帝陛下が人と仲良くしているだなんて想像できない。
「あぁ、それによく、桃華饅頭を召し上がられていました」
「桃華饅頭、ですか?」
「えぇ。大切なご家族が大好きなんだとか。『あの子にもたくさん食べさせてあげたい』と、いつも優しい笑みを浮かべながらおっしゃっておられましたわ」
「っ……」
あぁ、やっぱり姉様は、私のことを忘れていなかった。
離れていてもちゃんと思っていてくれたのだ。
その事実に、思わず目頭が熱くなる。
幼い頃、時々父が取引先のおうちからいただいてきた桃華饅頭。
私はそれが大好きで、一瞬で自分のものをたいらげてしまって……、そうしたら姉様はいつも『私のも半部あげるわ』と笑って自分の桃華饅頭を半分手渡してくれたものだ。
遠い昔の優しい記憶が、離れ離れになっても繋がっていた。
そんな思ってもみなかった真実が、胸を熱くする。
「ですが……、蓉雪様は体調を崩されることが多くなって……」
「!! 病気、ですか?」
求めていた話題に私が恐る恐る尋ねると、女官は表情を曇らせ、ゆっくりと首を横に振った。
「……いいえ。宮廷医師はお身体に悪いところは見当たらない、と……。病気ではなく、疲れから体調を崩されているのではないかというのが、医師の見立てでした」
疲れから?
ただの疲れで、死んでしまったと言うの?
確かに過労で亡くなることがあるというのは知っているけれど、あの聡明な姉様だ。
ご自分の限界というものはよくわかっていらっしゃったはず。
だとしたら何?
「あの、蓉雪様が亡くなられたのは、病気ではなかった、ということですか?」
急病で死んだ可能性は、私が考える姉様の死因の中でも確かに存在した。
違う、となれば、私は別の、考えたくもない可能性を考えねばならなくなる。
誰かに殺されたか……、もしくは自分でその命を捨てたか──。
私が尋ねると、女官は目をぱちぱちとさせてから口を開いた。
「それが……。詳しいことは私にもわからないのです。お身体の具合が悪くなり、寝込まれる日々が続いたと思ったら、ある日突然皇帝陛下が、ご自身と宮廷医師以外の蓉雪様の部屋への出入りを禁じられたのです」
「!! 皇帝陛下が?」
「はい。そして数日後……陛下が……蓉雪様が亡くなられたと……。宮廷医師がそれを証明し、すでに陛下と宮廷医師で埋葬も済ませたとおっしゃられました」
「!!」
部屋への入室を禁じた?
皇后付きの女官をも?
一体なぜ?
感染型の病だったのだろうか?
いや、それならば尚更皇帝陛下が入ることができるというのはおかしな話だ。
ならばなぜ?
宮廷医師と陛下で埋葬済みというのも疑わしい。
となれば、宮廷医師は何かを知っている?
「そんなこともあって、あの部屋は麗羽様の亡霊の呪いがかかっているのではという噂が流れ、次々と起こり始めた妃嬪の死もそのせいだと噂されるようになったのです」
あの部屋──紅蘭様が麗羽様に明け渡したという、緑の部屋。
あそこで麗羽様、妃嬪、そして姉様が亡くなっている。
麗羽様の祟り?
いや、そんなわけがない。
だって姉様と麗羽様に接点はなかったのだもの。
それに、あの景天様のお母様が人を祟るようには思えない。
「……呪いの部屋……」
一度、しっかり調べておいた方が良いかもしれない。
あの部屋に何か手掛かりがある可能性は高い。
「あ……。すみません、私はここで」
そうこうしている間に、後宮に続く十字路まで戻ってきてしまった。
ここを右に曲がって歩けば景天様のお屋敷。
まっすぐ進めば後宮へ戻ることになる。
「ありがとうございました。私はこのまま景天様のお屋敷に戻るので、麗璃様によろしくお伝えください」
一緒に帰って麗璃様に捕まりたくはない。
それに、景天様に相談したいこともあるし。
「あ、はい。こちらこそ、本当にありがとうございました。お気をつけてお帰りくださいませ」
そして私は女官と別れると、十字路を右に曲がり、景天様の屋敷へと足を進める。
頭の中で、たくさんの仮説を立てながら……。