「申し訳ありません、付き合わせてしまって……」
「いいえ、むしろものすごく助かりました」
「え?」
「ぁ……」
しまった、つい口が滑った……!!
「はは……。な、何でも……。はは……」
笑って必死に誤魔化す私に、女官は目をぱちぱちとさせてからくすりと笑った。
「蘭様は、もうこの後宮で起きている事件について、何かわかっておられるのでしょうか?」
「え? あぁー……まだ、あんまり……」
消去法でいけばある程度犯人を絞ることはできる。
だがこればっかりは結論まで消去法に任せては、とんでもない間違いを引き起こしかねないのだから、慎重に考え、確かな証拠と共に結論を出す必要がある。
「そうなんですか……。……蓉雪様の無念を晴らすためにも、早く解決したらいいのですけれど……」
「!! 蓉雪!?」
突然思わぬところで飛び出した姉様の名に、思わず飛び跳ねるように反応してしまった私を、女官が驚いたように見つめる。
「ど、どうしたのですか? だめですよ、皇后さまを呼び捨てになんかしたら」
「あ、えっと……。……その、蓉雪様のこと、よく知っているんですか?」
私が恐る恐る尋ねると、女官がにっこりと笑って口を開いた。
「はい。もちろんです。私、元は皇后様付きの女官だったので──っと、着きました!! ここです」
これから話を聞き出せるかもしれないというところで、目的地に着いてしまった。
入り口の両脇にはド派手な模様の提灯が二つと、大きな金の龍の置物が2体飾られている。
何とも全体的に──派手だ。
麗璃様なら好まれるのかもしれないけれど、恐らく万人受けはしない。
こんなところに良いものがあるのだろうか。
「すみませーん」
「はいよぉ。何をお求めで?」
奥の方からのっそりと立ち上がったのは、丸みを帯びた小柄のオヤジ。
この人がこの店の店主か。
「茶器を──高価で目立つようなものはありますか? 後宮、前皇帝陛下の妃嬪であられる麗璃様のものです」
女官が店主に声をかけると、店主はそれが麗璃様の遣いと分かるや否や、ニタニタ顔を張り付けて店の奥から出てきた。
「これはこれは麗璃様の女官殿。いつもご贔屓いただきありがとうございます」
あぁ……いつもここで買っているからあんな派手なのか……。
いや、麗璃様が派手好きだからここで購入しているのか。
何にしても、あまり良い美的感覚ではない。
「こちらなどいかがでしょう? これはかの有名な
そう言って箱から出してきた茶器に、私は思わず言葉を失った。
これは……牡丹の花、だろうか?
大きな花がボン、ボン、ボン、と茶器全体に描かれていて、足し算のみで引き算が全くできていない主張のみの茶器。
そして箱についたその価格を見た私は、眉を顰めその茶器を見た。
高すぎる。
いくらなんでも、これはない。
「そうですか。それではこれを──」
「ちょっと待ったぁああああっ!!」
「!?」
女官がその茶器を手にしようとした瞬間、私はその言葉を遮って止めた。
「蘭様?」
訝しげに首をかしげる女官と、顔を歪める店主に、私は店主に向かって慎重に口を開いた。
「これ、安物ですよね?」
「!! な、何を……っ。言いがかりはやめていただきたい!!」
言いがかり?
とんでもない。
こう見えて私は元商家の娘だ。
商談の場に付いて行ったこともあるし、良い物はそれなりに見てきた。
目には自信があるのだ。
「ちょいと失礼」
そう一言断ってから店主の手から茶器を奪い取ると、私はその茶器の裏底をじっと見つめた。
「……」
そして次にその派手派手しい花の模様をじっくりと凝視する。
「あぁ……やっぱり。これは孔明のものですらない」
「なっ、何だと!? ぶ、無礼だぞ!!」
「だってこれ、孔明の特徴である砂金が練り込まれていないのですもの」
「!!」
本人も相当な派手好きなのだろう。
この茶器のように前衛的な柄も珍しくはない。
その特徴は、茶器の裏底と側面の絵の顔料に混ぜ込まれた砂金。
花を見てもキラキラとした金の部分はどこにもない。
裏底についても同じ。
派手好き孔明の作品であるにもかかわらず、だ。
「あの孔明が、絵だけ派手でその特徴であるキラキラの砂金を入れないだなんてありえません。これは出来の悪い、ただ派手なだけの偽物です」
そう私が言いきった、刹那──。
「っ……この……っ!! 変な噂を立てられちゃ困る──っ!!」
「!?」
突然店主が傍らに置いていた短剣を手に襲い掛かる──!!
口封じ、あるいはおどしということか。
だが──。
「おっと、手がすべったー」
ザッシュ──!!
「ひぃいっ!?」
あぁいけない。
手が滑って思わず隠し持っていた暗器が飛び出てしまったではないか。
私の手からう《・》っ《・》か《・》り《・》すべり出した暗器は、ちょうど店主の頬をかすめてすぐ後ろの熊のはく製へとずっぽり刺さってしまった。
青ざめる店主の顔。
息を呑む女官。
「ちっ……。すみませーん。手が滑ってつい護身用の暗器がぽろんちょしちゃいましたぁー」
「ぽろんちょじゃねぇわ!! とてつもない悪意あっただろうがこの──っ!?」
ザッシュ──!!
おっとまた手が。
「で? 何でしたっけ? これが孔明の作、だとか?」
「ひぃいいいっ……!! い、いえっ!! 滅相もございません!! こちらは処分させていただきますぅうううっ!!」
ガッシャ―ンッ!!
私の手から奪い取るようにして茶器を手にすると、店主は自ら店の奥へと投げ割った。
何も投げなくても……。
「代わりにこちらを……!! これこそこの店で一番の品!! まぎれもない孔明の作でございますぅううっ!!」
そう言って急いで奥から取ってきたのは、これまた派手な花柄の茶器。
私はそれを受け取ると、慎重に隅々まで目を凝らして確認していく。
「花弁に光る砂金。裏底は……、こっちにも砂金塗り。銘の最後に一つ点。そして……。店主、何でもいい。水か茶でも持ってきてください」
「は、はいぃいっ!! ただいまっ!!」
私の言葉に店主はびくびくおびえながらも奥に一度引っ込むと、すぐに急須を盆にのせて戻って来た。
「こ、こちらにっ……!!」
「ありがとうございます」
私は礼を言ってからそれを受けとると、とぽとぽと茶器へと流し入れた。
すると──。
「!! 蘭様、これは……」
「……本物、ですね」
流し込んだ水を覗き込めば、水の揺れに合わせてかすかにキラキラと光る茶器の底。
これも孔明の作品の特徴の一つ。
内底に薄く延ばすように塗りこまれた砂金は、何も入れないままでは光もわからないほどの砂金使用量だが、液体を入れることで光の屈折によりキラキラと輝きが浮かび上がってくるように見えるのだ。
これだけだったらさりげない輝きをもって綺麗だと思えるのに、あの絵柄とキラキラがすべてを台無しにしていると思ってしまうのはおそらく私だけではないはず。
「ありがとうございます。こちら、購入します。いいですね、女官さん」
「は、はいっ!! こちらをいただきます」
こうして麗璃様の茶器は、彼女の希望通りの高価で目立つものが手に入ったのだった。
包み終わった茶器を受け取って女官と共に店を出ようとして、私は立ち止まると振り返り店主ににっこりと笑顔を向けた。
「もう悪いことしちゃだめですよ。わかってます、よね?」
「ひぃいいいっ!! も、もちろんでさぁあああっ!!」
詐欺、ダメ。絶対。