「わぁ~っ!!」
「ふふ、ようこそ、明涼殿へ。歓迎いたしますわ。景天様、そして蘭様」
落ち着いた笑顔で迎えてくださったのは、この後宮で今いる妃嬪の中で一番昔からいらっしゃるという明々様。
庭園には清蓮様のところとは違ってたくさんの種類の色とりどりの花が咲き乱れ、植物だらけの依陽様の庭園とも違って、適度な緑の植物も混ざりあい、とても美しく調和の取れた庭に手入れされている。
美しい庭への驚きもさることながら、室内にも驚きの声を漏らしてしまうものだった。
部屋の壁にいたるところに飾られているのは、見事な絵画だ。
それだけではない。
壁にかかっていない描きかけのものも部屋に置いてある。
ということは、これはもしかしてこの部屋の主である明々様が?
「あぁ、申し訳ありません。それはまだ描きかけなので置いてありますの」
私の視線に気づいた明々様が綺麗な苦笑いを浮かべる。
「これ全て、明々様が描かれたものなんですか?」
「えぇ。私は隣国華蓮の出身で、かの国の高名な絵師の娘でしたの」
「!! 華蓮の!?」
今内密に問題となっている国──華蓮。
なんだ、わざわざ王族から嫁がなくてももうすでに華蓮から嫁がれた妃嬪がいるんじゃないか。
……いや、より王家に近い者、もしくは王家の者との婚姻を、ということなのだろうか。
なんとも、ずうずうしいことだ。
「腕のいい絵師であった父が、この天明国の前皇帝陛下の肖像画を描くことになり、それについてこの国に渡ったところ、前皇帝陛下に見染められ、後宮入りが決まりました。父や華蓮の王は大国である天明国とのつながりに喜び、私は華蓮の誇りであるとおっしゃってくださった。だからこそ、前皇帝陛下のご逝去後、華蓮へ帰国してもいいものかと……。皆様からのたくさんの期待を背負いながらも、子を生すことなくおめおめと帰ってしまうのが申し訳なくて、ここに残っている次第ですわ」
国と親からの大きな期待。
この後宮において妃嬪の仕事で最も重要なものは皇帝の子を生し育てることだ。
だが結局子を生したのは、たくさんの妃嬪の中では景天様のお母様である麗羽様と、皇后であられた紅蘭様だけ。
そんな中で前皇帝がご逝去されて後宮解散となっても、戻ることのできる場所がある方ばかりではない、ということか……。
「景天様。こちらの二人の赤子の絵は、今の皇帝陛下。そしてその隣が景天様ですのよ」
そう言って穏やかな視線を向けたのは、紅色の衣に包まれた赤子の絵。そして隣に飾られている薄水色の衣に包まれた赤子の絵だった。
この薄水色の子が景天様……。
眉間に皺が寄っている当たり、うん、間違いない。確かに本人のようだ。
「君はまた失礼なことを考えているな?」
「いえ、別に?」
相変わらず目ざといことだ。
「ふふ。どちらも両母君に送ったものでしたが、亡くなられて遺品を処理する際、私が描いたものだからとして、いただいたのです。他の遺品は、必要ないとみんな捨てられてしまいましたが……」
そういえば景天様も言っていた。
あのかんざしが唯一の母の形見だと。
どうして前皇帝陛下は、自分が好んで連れてきたはずの妻たちの遺品をすぐに捨てさせたのだろう。形見分けもせず。
やっぱり前皇帝陛下にとって女性というものはただ己の欲望を満たすためだけの存在だったのだろうか?
負と視線をずらすと、ひときわ美しい絵画が途中のまま壁に飾られていることに気づいて、私は首を傾げた。
とても精巧な風景画。
どこかの村だろうか。
なんとなく曽蓉江に似たような、素朴な村。
小さな家が点々とあって、大きな木が一本、守り神のように鎮座している。
その木にだけ、色が無いのだ。
「あの、明々様。なぜこの木だけ色が無いのでしょうか?」
かざってあるということはこれで完成なのだろうか?
「え……? あぁ、それは……、この国の顔料では思ったような色が無くて。呼応蘭様が取り寄せていた翡翠色の顔料がこの木にぴったりだったので取り寄せていただくところだったのですが……。そのさなかに紅蘭様がお亡くなりになられたから、『未完品』なのですのよ」
先日見学させてもらった緑の部屋が思い起こされる。
なるほど。
あの色を、本当はこの木に塗るつもりだったのか。
きっと日の光で照って、明るい美しい色をしていたのだろう。
「できることならば、完成させてあげたかったのだけれど……」
そう言った明々様の表情は、何だかこの村に帰りたい、そう言っているように見えてならなかった。