「……どう思います?」
「…………」
後宮の庭園に用意された桃華饅頭の山。
そんな桃華饅頭を両手に持ったまま、私は景天様に尋ねる。
『連日頭を使わせているだろうから』と依陽様にお会いした次の日、皇帝陛下が後宮の庭園に用意してくださったのは、大量の桃華饅頭。
それを見た瞬間、景天様は顔を引きつらせ、対して私は目を輝かせたものだ。
「……どうもこうも……よくそんなに甘いものを食べられるな、君は……。胸焼けしないのか?」
げんなりとした顔でそう言う景天様に、私は首をフルフルと横に振った。
「至高の喜びです……!!」
「うぇ……」
甘味嫌いの景天様からしたらただの拷問だろうが、私には天国だ。
皇帝陛下、実はいい人なのか……?
いや、こんなことで騙されるようなチョロい私ではない。
まぁ、いただいたものは食べるがな!!
「って、そうじゃなくて!! 今のところお二人の聴取が終わってますけど、どう思います? 私は清蓮様は違うと思うんですけど……」
「……そうだな。正直、その二人だったら依陽夫人の方が怪しいだろうな。清蓮夫人は、どこからその自信が来るのかわからんほどに皇后になる気満々ではあるが、頭が回るようには見えない。直情型で、口より先に手が──あぁそう、蘭、君のような性格だ。策を巡らせ、次々と殺人を犯すことができるとは考えにくい」
「んなっ!?」
失敬なっ……!!
不満を顔ににじませる私を気にすることなく、景天様は続ける。
「対して依陽夫人は──。頭も切れるし、医者の娘で毒や薬の知識も豊富だ。検死をするほどだから、普通の女性のように死体を恐れることなく冷静に見ることができる。彼女ならば、自分の用いた毒を誤魔化すこともできるし、もしも宮廷医を抱え込んでいたとしたら、ありえないことではない。が……断定するには早すぎる。あとの二人がどんなものなのかによる、だろうな」
妃嬪4人だけだなく宮廷医までも……。
怪しい人物が揃いすぎていて、頭の中が混乱しそうだ。
私はため息を一つついてから、両手の桃華饅頭に大きな口を開けてかじりついた。
うん、美味しい。
「ところで景天様。景天様は連日私に付き添ってくださってますけど、良いんですか? 外宮でのお仕事は?」
仮にも景天様は皇弟として皇帝陛下の補佐もしている偉い人。
私に付き合って後宮に入り浸っていていい方ではない。
「ん? あぁ、問題ない。他でもできる仕事は永寿に任せているし、私の采配が必要な書類などは全て夜に確認の上提出しているからな。永寿には苦労を掛けるが、私も母上の呪いなどと思われては不本意だし、永寿も自分の姉のことだ。疑念を晴らしてほしいと言っていたよ。それに、君一人で魔窟に入り浸るのはどうも不安があるしな」
それはどういう意味だろうか。
私に何かあったらという心配からなのか、はたまた私が何かやらかさないかという心配からなのか。
…………うん、たぶん後者だな。
「明日は明々夫人のところか」
「はい。落ち着いた感じの方、ですよね」
依陽様もそうだったが、あの4人の中で一番落ち着きと威厳があるのが明々様だ。
かなり前から後宮にいらっしゃる方、なのだろうか?
「明々夫人は義母上──紅蘭様のあとに後宮入りした妃濱で、もうずっと前からこの後宮におられる。私もあまり話したことはないが、とても落ち着きがあり冷静さのある女性、という印象だな」
紅蘭様の後に……。
そんなに長い間この後宮にいらっしゃって、前皇帝陛下御逝去後もここに居続けるなんて、何か目的が……?
「まぁ、難しいことはとりあえず明日明々夫人に会ってみてからだな。わからないことをぐるぐると考えていても埒が明かん」
「それもそうですね。──はむっ、うん、うまっ」
桃華饅頭最高……!!
姉様も、この後宮で桃華饅頭をたくさん食べたのかしら?
姉様からの便りには、よく桃華饅頭の話が出ていた。
そして必ず、「蘭にもたくさん食べさせてあげたい」と記されていた。
幼い頃、まだ父母が生きていた時に桃華饅頭を食べて目を輝かせていた私を想ってくれていたのかもしれない。
ここで。この場所で。
遠く曽蓉江にいる私のことを、いつも案じてくれていたのだろうか。
そう姉様に思いを馳せながら、私は見事景天様の分までも山積みになっていた桃華饅頭を完食したのだった。