「んまぁ!! 私のところに一番に尋ねてきてくださるだなんて、嬉しいですわ!! どうぞお入りになって!!」
そう手をパチンと叩いて歓迎してくれたのは、今いる妃嬪の中でも一番年が近そうな清蓮様。彼女が住まわれる
庭園には淡い桃色の花が至る所で咲き乱れ、室内にもそこらかしこに桃色の切り花が飾られている。
室内灯の提灯も桃色、壁も桃色、その壁にかかった絵画も桃色の花の絵。
見事な桃色御殿。
私の曽蓉江の薄暗い部屋とは大違いだ……。
「君とは程遠い部屋だろうな」
「うるさいです、景天様」
言われなくともそんなこと、私が一番よくわかっている。
「ふふ、可愛いお部屋でしょう? 風水では桃色は恋愛運を高める色。これで皇帝陛下のお心は私のものになるはずですわっ!!」
「は、はぁ……」
なるほど。
風水を取り入れられているのか。
にしても──桃すぎんか? とは、思っても口にはしない。
「どうぞお座りになって。ちょうど美味しいお茶を淹れたところなの。景天様もぜひに」
「あぁ、いただこう」
「ありがとうございます」
円卓の上には煌びやかな装飾の茶器が並べられていて、私と景天様は促されるままに席に着いた。
「さぁどうぞ」
差し出された茶器を両手で受け取った私は、その器の中を見て思わず苦笑いを浮かべた。
茶器の内側の塗装が桃色……。
あれ? でも清蓮様の茶器は──翡翠色?
「清蓮様のものは桃色ではないのですね」
「え? あぁ。普段は桃色を使っていますけれど。特別なお客様が来られる際は、私はこちらの茶器を使っておりますの。亡くなられた今の皇帝陛下のお母上である、
「義母上に?」
景天様にとっては義母にあたる皇帝陛下の実母──紅蘭様。
景天様のお母様とは違って、大人しく控えめな女性だったというけれど、他の妃嬪ともうまくいっていたということなのかしら?
「あの……失礼ですが、紅蘭様が妃嬪である清蓮様に贈り物をくださったということは、皆様、仲がよろしいんでしょうか?」
この茶器を見るに、とても高価なものだろうことがわかる。
仲の悪い者に高価な茶器など贈ることなどありえない。
私の問いかけに、清蓮様は目を丸くしてぱちぱちと瞬きをしてから、その綺麗なお顔を苦シャリを歪ませた。
「仲が良いですって? ありえませんわ。一人の男をめぐっての戦いをしておりますのよ!? 特にあの方。あの肌を露出させた下品な女──麗璃様は、私は絶対に無理ですわ!!」
目を吊り上げてそう言った清蓮様のその気迫に、私と景天様に顔を見合わせ苦笑いした。
「でも、紅蘭様は別ですわ」
「え?」
「控えめでつつましやかですが気品もおありになって、誰に対してもお心を砕いてくださいました。妃嬪の一人が熱を出せばすぐに入手困難な薬も取り寄せて看病して下さたり、珍しいものを手に入れれば、皆に惜しみなく分け与えたり……。ですから、紅蘭様を嫌う妃嬪はおそらくいなかったと思いますわ。この茶器も、異国から取り寄せて手に入れた珍しいものだからと、妃嬪の何人かに分け与えてくださったのですわ」
美しい翡翠色の茶器。
そういえば、紅蘭様のお部屋も同じ、綺麗な翡翠色をしていた。
「緑がお好きだったんですか? 紅蘭様は」
「さぁ……。でも、緑は心を落ち着けてくれると笑っていらしたから、きっとお好きだったのでしょうね。どこかのおバカさんは、いただいて早々に割ってしまったようですけれど」
「お、おぉ……」
どこかのおバカさん──きっと麗璃様のことなのだろう。
本当に仲が悪いんだから……。
「あの、清蓮様はおいくつでこちらに? とてもお若く見えるのですが……」
「13歳ですわ。今は20ですの。私が後宮に入った際には、すでに景天様のお母様の麗羽様はご逝去されていたのでお会いしたことはありませんが、紅蘭様との仲も良かったと聞いていますわよ」
皆に分け隔てなく心を砕いていた紅蘭様。
破天荒で自分をしっかりと持っていた景天様のお母様──麗羽様。
正反対でもうまくいっていたのは、きっと紅蘭様の人柄のおかげなのだろう。
「この妃嬪の中に殺人犯がいるのでしたら、早く捕まえてくださいまし。そして、私が皇帝陛下のお隣へ──」
「あの、清蓮様はどうしてこの後宮に妃嬪としてとどまっておられるのでしょう? まだお若いですし、手切れ金を持って帰って他の男の方と婚姻されてもいいのでは?」
その方がよほど簡単な気がする。
この可愛らしさならば連絡も引く手あまただろうに。
「そんなの、決まっていますわ!! 今の皇帝陛下が好みだから、ですわよ!!」
「────へ?」
好み?
「前皇帝陛下と違ってお若く、見目も麗しく、地位もある。可愛らしく若い私が一番ふさわしいでしょう?」
「あー…………はは……」
なるほど。
自分の容姿にものすごい自身があるが故の執着。
自分こそがと疑いがないということか。
「前皇帝陛下には無理やり連れて来られて、歳は離れているし嫌だなと思っていましたが、これは好機だと考えましたの。ふふ。必ず陛下のお心を射止めて見せますわっ!!」
そう言って無邪気に笑うと、セイレン様はその美しい翡翠色の茶器で優雅に茶を口にした。