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第31話 魔窟・後宮の妃嬪達

 皇帝陛下の後ろについて外宮の裏手へ出ると、そこから長い石畳がまっすぐに連なり、その先には朱色の美しい門がそびえたっていた。


「この先が後宮。皇族以外の立ち入りは禁じられている。蓮、凛」

「はっ!!」

「ここに」

「!?」


 皇帝陛下がふたつの名を口にした瞬間、どこからともなく現れた黒装束姿の二人の若い男女。

 歳は私と同じくらいか少し上か。


「双子で、私の護衛だ。凛、蓮、この女性が柳蘭。蓉雪の妹だ。挨拶を」

 皇帝が言うと、凛と蘭と紹介された二人は私に向かって跪いて頭を下げた。


「皇帝陛下の右翼を務めております、蓮と申します。蓉雪皇后には、生前大変良くしていただきました」

「同じく、皇帝陛下の左翼を務めております、凛と申します。お会い出来て光栄です、蘭様」


 ものすごく丁寧にあいさつをされてすこしばかりむず痒い。

 私は村から出てきたばかりの山ざ──、一般人だというのに。

「これから何かと顔を合わせることもあるだろう。私が手が離せぬ際には、この二人に声をかけるように」

「は、はい。わかりました」

 皇帝の翼。

 陛下がいない際に代理とされるということは、かなりの信頼を置かれているということか。

 若くともそれだけの実力者なんだろう、この二人は。


「凛、蓮。私は二人を連れて後宮へ入る。その間、永寿を頼む。久しぶりに子弟水入らずを過ごすがいい」

 子弟!?

 景天様のお母様が永寿様のお姉様とかいう話といい、先程から繰り出される新情報に、私の頭は全く付いて行くことができていない。

 補足を……補足をください……!!


「二人は孤児で、私が老師のもとから独り立ちをしてすぐの任務先で拾って、育てあげました。蘭と同じ、18才ですので、仲良くしてあげてください。少し変わってますが、良い子達です」


 私が混乱していることに気づいた永寿様がようやく補足をしてくれた。

 さすが永寿様。

 気配りのできるお方だ。

 礼儀作法の特訓は鬼畜だけれど。


「そうなんですか……」

 でも、老師の弟子である永寿様の弟子、ということは、私とも関わりがあるということだ。

 歳が同じというのもなんだか親近感がわく。


「では、私はここで待っていますので、どうぞごゆっくり行ってらっしゃいませ」

「はい!!」

 私はそう笑みを返すと、皇帝陛下が朱色の門の扉に手をかけ中へと足を進め、私も皇帝陛下、景天様に続いて、その鮮やかな門の中へと入っていった。



「──おぉ……」

 ここは何だ。

 天上の世界か?

 そう思ってしまうほどに、朱色の門を美しい庭園が広がっていた。


 景天様のお屋敷の庭園もとても美しいけれど、どちらかというと大人しめで落ち着いた色や造形が多い。

 だがこの後宮の庭園は、どの植物も華美であり、まさに豪華絢爛といった印象だ。

 すごい。

 だけど私としては、景天様のお屋敷の庭の方が好きだ。

 1つ1つの植物や造りが主張しすぎなくて落ち着くことができる。

 まぁ、口には出さないけれど。


 私がその庭園にあっけにとられていると、それに気づいた皇帝陛下が「あぁ……」と声を上げた。

「妃嬪達がそれぞれ命じて、自分の部屋の前の庭を作らせていたようだ。誰が一番美しく華やかな庭で、皇帝の気を引くことができるかどうか……。そんな無駄な争いの末できたのが、このそれぞれが個々に主張しすぎた庭園、というわけだ」

「な、なるほど……」


 その口ぶりからして、皇帝陛下もこの庭のことをあまり好いてはいないということなのはよくわかった。

 前皇帝に無理やり連れて来られ妃嬪にされた人たちはともかく、妃嬪になったからには自分が一番に皇帝の寵愛を得るのだと考える妃嬪もいる、か……。

 あらためて、とんでもない魔窟だ。後宮は。


 美しすぎる庭園を眺めながら門と同じ朱色の建物に入ると、何やら騒がしい喧騒が聞こえてきた。


「そろそろ後宮をお出になったらいかが!? そのうち後宮の亡霊に取り殺されますわよ!!」

「あら、私はそのようなものに取り殺されるようなやわな女ではなくてよ。後宮を取り仕切るのであれば、何事にも毅然とした女でなくては務まりませんもの。あなたこそ、そろそろ居座るのはおやめになったらいかがかしら?」


 女性同士の……喧嘩?

 後宮に入ってすぐ左手の回廊で言い合っているのは、豪華な着物を着こんだ二人の女性。それを遠巻きに見ている女性二人も、美しい着物を身にまとっている。

 おそらくこの4人が──。


「何事だ」

 皇帝陛下が静かに声をあげると、とたんにこちらに4つの視線が移った。


「まぁ皇帝陛下!! お帰りなさいまし」

「陛下、今宵こそ私の清綾殿せいりょうでんにいらしてくださいまし」

「あら、そんな乳臭いお子様の部屋よりも、私の麗魏殿れいぎでんにおいでくださいまし」

「いいえ私の紗陽殿しゃようでんですわ」

「この中で一番に後宮入りをした私の明涼殿めいりょうでんに決まってますわ」


 おぉ……すごい勢い。

 皇帝ならだれでも良いのだろう、この人たちは。

 そう思うとなんだか皇帝というものが虚しく感じてくる。


「あら? そちらの女性は?」

「ま、まさか新しい皇后とか言いませんわよね!?」

 女性たちの鋭い視線が私へと一斉に向けられた。

 怖い。

 目がギンギンギラギラしているぞ……。


「皇后は亡き蓉雪ただ一人だ。この女性は──景天の婚約者だ」

「は!?」

「ちょ、兄上!?」

 皇帝陛下の口から飛び出したトンデモ発言に、私と景天様の声が重なった。


 待って、誰が、誰の婚約者!?

 私の聞き間違いだろうか?

 それともさっきのは皇帝陛下なりの場を和ませるための冗談というやつ?

 そんな無表情で?


「たいそう腕の立つ女性で、肝も据わっている。この後宮で起きている連続不審死について、なにかわかる事でもないかと連れてきたのだ。皆、何かあれば協力するように頼む」

 皇帝陛下の言葉に、女性たちの鋭かった瞳が途端にキラキラと輝きを映した。


「んまぁっ、景天様の!?」

「これまで一つも良い人の噂も無かった美しき孤高の皇弟殿下がついに!?」

「私、景天様は永寿様と一生お二人で生きていくのとばかり……」

「どうやって射止められたのか、詳しくお聞きしたいわ!!」


 やんややんやと美しい女性達に取り囲まれて、私は思わず隣の景天様へとちらりと視線を向けた。

 すると景天様は大きくため息をついてから覚悟を決めたかのような表情で口を開いた。


「そういうことです。皆さん、我が最愛、蘭のことを、よろしくお頼みします」


 肯定したーーーーー!?


「ふむ。柳蘭」

「は、はい……」

 このまま話を進める気だな皇帝陛下。

 もう慣れたぞ。人の感情関係なく話を進めていくこの人たちには。


「一番右が麗璃れいり夫人。その隣が清蓮せいれん夫人。そのまた隣が依陽いよう夫人。最後が明々《めいめい》夫人だ。何かあれば、遠慮なく尋ねると良い」


 すこしばかり肌の露出が大きな赤い着物で色気のあるお方が麗璃様。

 桃色の着物の、この中で一番お若そうなお方が清蓮様。

 薄水色の穏やかそうな表情のお方が依陽様。

 背筋がピンと伸びて貫禄のある、橙色の着物のお方が明々様。


 うん、覚えた。多分。

 これ以上多かったら覚えることすら放棄していただろうけれど、このくらいならば覚えられるだろう。

 ちなみに先ほど口喧嘩をしていたのはこの麗璃様と清蓮様で、遠巻きに眺めていたのが依陽様と明々様だ。

 落ち着いた雰囲気からして、恐らく依陽様と明々様はわりと前からここにいらっしゃる、お年もこの中では上になるお方たちだろう。


 私は永寿様の特訓を思い出しながら、姿勢をピンと正し、崩すことなく膝を折った。


「お初にお目にかかります。柳蘭と申します。若輩者でございますが、皆様、よろしくお願いいたします」


 どうだ景天様。完璧だろう。

 そうちらりと横目で景天様を見ると、景天様は顔を伏せ、身体をプルプルと震わせているところだった。


 え、わ、笑ってる?

 何故だ。なぜそんな笑いを必死にこらえている?

 あー……いや、でもなんか……わかったぞ。

 伝わって来たぞ。


『山猿がよく必死に覚えたな』

 そう言いたいんだろう。

 くそう、嫌味な奴だ。


「まぁお可愛らしい。どうぞよろしくお願いいたしますね」

「景天様のお嫁様になられるのでしたら、私の義妹ということですわ。仲良くしてくださいましね」

「あら麗璃様。私の義妹ですわ」

「何を言ってらっしゃるの? 清蓮様。あなたのようなお子様より、わたくしの義妹になった方が蘭様は幸せですことよ」


 私を取り合わないでっ!!

 私の姉は蓉雪姉様ただ一人だ!!

 そう言いたいけれど、くれぐれも大人しくという自戒が私の口を縫い付ける。


「はぁ……。どれも柳蘭の義姉にはならん。控えていろ。景天、柳蘭、ひとまず先日亡くなったばかりの妃嬪の部屋へ案内しよう。まだ、片づけられていないはずだ」

「あ、は、はいっ……」


 妃嬪達を気にすることなく背を向け反対側の回廊へと歩み始める皇帝陛下。

 私は妃嬪達へ振り返りもういちどひざを折り挨拶をすると、皇帝陛下と景天様のあとを付いて行った。


















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