「そなたが、柳蘭。────蓉雪の妹、か」
「!!」
知っている……。私のことを。
一度もあったことがないにもかかわらず。
どうする?
私はこれに、応えるべきなのか?
それとも黙って知らないふりをする?
私は頭を伏せたまま、ちらりと景天様に視線を移すと、それに気づいた景天様が小さくうなずいた。
応えてもいい、ということか。
私は頭を伏せたままに、意を決してゆっくりと口を開いた。
「はい。故・蓉雪皇后の妹、柳蘭でございます。お目にかかることが出来て光栄にございます、皇帝陛下」
思ってもいない言葉を並べ連ねる。
冷静に。
大人しく
私は、私の最低限の目的を果たすだけだ。
「あぁ。蓉雪が頑なに守ろうとした妹とようやく相まみえることが出来て私も喜ばしく思う。皆、顔を上げよ。気を楽にするがいい」
そこにどんな感情が入っているのかわからないほどに無で単調な声は、とてもじゃないけれど喜ばしく思っているようには思えない。
むしろ嫌われているのではないかと思うほどだ。
だけれどもその言葉に促され、私はゆっくりと顔を上げた。
「此度の働き、皆ごくろうだった。そなたらのおかげで、隣国華蓮による侵略作戦を阻止することができた。礼を言う」
「ありがたきお言葉」
平坦で、おおよそ感謝しているようにも見えない表情と声に、私と永寿様、そして景天様は再び頭を下げた。
形式だけの、茶番のようだ。
「景天とは昨日話をしたが、先日、華蓮から書状が届いた」
「!!」
華蓮から……いったい何を……。
「謝罪の意が書いてあるとともに、その詫びとして以下の提案をされている。一つ、和平同盟の締結。両国互いに侵略、その平和を脅かすことないものとす」
おぉ、都合のいい提案だな。
自分たちは侵略して平和を脅かそうとしてきた側のくせに。
まぁ、それだけ華蓮の兵力を恐れていたということなのだろう。
そこにきて皇帝陛下の腑抜け情報で、今が好機と思ってしまった、というところか。
「そして二つ、二国間貿易における、華蓮から天明国への輸出関税の引き下げ。天明国よりの輸出関税はこれまで通りとす」
華蓮と天明国はもともと少ない数ではあるものの貿易取引は行われている。
あちらは酒を。
こちらは反物を。
それぞれの名産を、決して安くはない関税と共に取引する。
その税の引き下げというのは、ずいぶん思い切ったことだろうが、被害を受けた村への賠償のつもりでもあるのだろう。
「そして三つ──華蓮の王族の娘を一人、皇帝の妃として差し出す」
「!!」
華蓮の姫を……!?
和平の証に権力者の娘を差し出すということは、国と国の間ではよくあることだと聞くけれど、妻を亡くしたばかりの皇帝にそんな提案をするだなんて……。
それじゃ姉様は……いったい……。
姉の存在を軽んじているようで、言い得ぬ悔しさがふつふつと湧き上がって、私は拳を固く握りしめた。
「昨日、景天の助言通り、1と2に関しては受けることにしている。が、3は──────受けることは、できないと思っている」
「!! 陛下……、では……」
「あぁ。すまないな景天。他の決め事は全てお前に任せているというのに、此度に関してだけ都合よく口を挟んで。だが、皇后を亡くして間もないこの身としては、それは受けるわけにはいかんのだ」
喪中であれど、明けてからの約束を取り付けることはできる。
だけどこの人はそれをしないのか。
それは、少しは姉様への情があると考えても良いのだろうか?
それとも、ただの建前?
分からない。
それほどまでに表情が読めない。
「わかりました。ではそのように書簡をしたため、持たせましょう」
「たのんだ」
景天様が承知と頭をさげると、すぐに目の前からため息がおちた。
「だが、それでは示しがつかんだろうな。おそらく食い下がっても来るだろう。あちらの顔を立てることも考えなばならない。その時は景天、そなたに対応を頼む」
丸投げしたーーーーーーーっ!?
「承知」
きっとこれがこの二人の日常なのだろう。
景天様は気にすることもなく、それを承知してしまった。
これが、今の皇帝陛下の姿、か──。
なんとも、頼りの無いものだ。