馬車に乗って黒色の門をくぐれば、美しい庭園が広がっている。
始めて見る塀の向こうに胸がギュッと引き締まる。
ここが外朝。
そしてその奥にちらりと見える朱色の門が、皇帝やそのご家族のお住まいである後宮。
──姉様が入れられた場所だ。
そして、前皇帝の妃嬪の一部が未だにのさばる、複雑な場所。
きっと姉様が死んで好機と言わんばかりに考えているだろう。
自分こそが、次の皇后になるのだ──と。
後宮に関しては謎に包まれてはいるもののいくつものほの暗い噂がある。
皇帝陛下をめぐっての妃嬪同士のいさかい。
嫌がらせの応酬。
毒を以って殺し合いをしているだとか。
ある噂では、妃嬪が立て続けに謎の死を遂げているだとかいうものもある。
まったくもって……嫌な場所だ。
そしてそんな場所に放り込まれた姉様も、そんな争いに巻き込まれたのかもしれないという可能性が、また心を重くさせる。
「大丈夫か?」
外宮を見つめたまま眉間に皺を寄せる私の顔を、景天様が様子を窺うように覗き込んだ。
「大丈夫です。少し、気を引き締めただけ、ですから」
硬くなる表情を無理矢理和らげる。
大丈夫。
私は、私の目的を第一に考えていればいい。
そんな話をしている間に外宮の入り口で馬車が止まり、外から馬車の扉が開かれた。
そして景天様は私にその大きな手を差し出す。
「へ?」
「ん」
「えーっと?」
「手を。君は一応、女性だろう?」
なるほど、これも上流社会の作法というものなのか。
さすが、こんなでも皇弟。
作法がしっかりとしてらっしゃる。
「今失礼なこと考えたな?」
「い、いいえ? 別に……っ、さ、行きましょう!! ちゃっちゃと皇帝陛下に謁見して、ちゃっちゃと終わらせて帰りましょう!!」
「お、おい……!!」
私は景天様の手を取ると、そのまま馬車を降り、景天様をひっぱるようにして外宮の入口へと進んだ。
「景天様!! お待ち申し上げておりました!!」
「あぁ。ご苦労」
扉の前には二人の兵が控えていて、景天様を見るなりに姿勢をピンとただした。
「陛下への謁見に来た」
「はっ。伺っております。どうぞ中へ」
兵たちが言うと入り口の大扉が開かれる。
「行くぞ、蘭。あぁそうだ、お前たち、そこのうちの兵たちは、此度の働きで褒賞を得ることになっている。取次ぎを頼めるか?」
「はい!! そちらも聞き及んでおりますので、お任せください!! 授与が終わりましたら、こちらで待機していただいておきます」
「頼んだ」
兵の言葉にうなずくと、景天様は再び私の手を取り、中へと進んだ。
外宮の中にはたくさんの官吏がせわしなく働き、こちらに気づくなりに頭を下げた。
やっぱりこの人は、市井で育ったとはいえ、とてつもなく偉い人なんだ。
そう景天様本来の身分の高さを改めて実感する。
そして細部に細かい細工がなされた美しい廊下を、進んだり曲がったりと繰り返し、やがて外宮の奥へとたどり着くと、大きく重厚な扉が待ち構えていた。
「ついたぞ。──この先が、謁見の門だ」
「ここが……」
その瞬間、どっと重たい何かが身体に圧し掛かるような感覚になる。
どっどっどっと心音が大きく強く胸を打ち付ける。
ここに、姉様の夫が────この国の皇帝陛下がいるんだ。
そう思うと、全身の血がぶわっと沸き立つように感じた。
落ち着け私。
ここで失敗するわけにはいかない。
大人しく、聞かれたことだけに端的に答え、あとは景天様の後ろに控えるのよ。
「大丈夫ですか? 蘭」
「っ、は、はい、大丈夫です」
心配そうに声をかける永寿様の問いかけに、表情を硬くして俯く。
だめだ。笑顔を作ろうにも、頬が震える。
するとそんな私の頭に、景天様の手が降りかかった。
「……大丈夫だ。何かあっても、悪いようにはさせない。私も、永寿もついているんだ。だから、君は気を楽にしていろ」
「景天様…………。はいっ」
私の返事に景天様は頬を緩めると、扉に向かって声を上げた。
「──李景天!! 永寿、柳蘭!! 謁見に参上いたしました!!」
するとそれに応えるように、ゆっくりと扉が開かれた。
「行くぞ」
「はいっ……!!」
赤い絨毯の敷き詰められた大きな部屋。
その最奥に鎮座する大きくどっしりとした椅子──玉座に、その人はいた。
色の白い美しい男性。その切れ長の黒い瞳からは何の感情も見受けられない。
この人が皇帝陛下……。
私たちはそのすぐ傍へ足を進めると、跪いて首を垂れた。
「よく来た。景天、それに永寿も。そして──」
ちらりと、その黒い瞳が私へと向けられるのが、顔を上げずともわかる。
「そなたが、柳蘭。────蓉雪の妹、か」
「!!」