「で? いったい何がどうしてこうなった?」
「すみません……」
唖然とする景天様の目の前には、たくさんの割れた皿の残骸。
それらはすでに足の踏み場もないほどに、至る所に散乱している。
はい、すみません。
本当にすみません。
全部私がやりました。
朝から永寿様による所作指導を受けていた私。
まず立ち方、歩き方からのダメ出しから始まった。
どうも私の歩き方は、すぱすぱと思い切りが良すぎて、男性、それも兵士のような歩き方なんだとか。
高貴な女性ははんなりしんなり優雅にゆったりと歩くのだと言われ、頭に皿を載せられた私は、そのまま落とさずに姿勢正しくゆっくり歩く練習をひたすら続けていたのだ。……つらい。
「これが一番効果的かと思いまして」
「だが全く効果が出ていないんじゃないか? こんなに割って……」
景天様は広間の惨状に再び視線を向けると、大きくため息をついた。
「これは私も想定外でした。やはり山猿的本能が染みついているのでしょう。一朝一夕にはどうにも……」
山猿的本能って何!?
景天様だけでなく永寿様まで、私への扱い悪くない!?
ここでの唯一の良心だと思ってたのに……っ!!
「ふむ……。育ってきた環境での振る舞いはそう簡単には抜けん、か……。まぁ、兄上からはまだ謁見の日程も知らされていないし、その時が来るまで気長にやるしか無かろう」
「それまでに屋敷の皿がすべて割られてしまうような気もしますが」
「……」
ぐっ……その可能性については私もなんとも言えない。
正直割らないでいられる自信がない。
長年沁みついている動作というものは、なかなか矯正できるものではない。
私が何とか女性らしい動きができるようになるまでに、一体どれだけの皿が犠牲になるのだろうか。
「とりあえず、皿はやめろ。本でも載せていればいいだろう。あれならば割れる心配はないし、皿よりは重いから体幹も鍛えられる」
「本、ですか……。……あぁ、そうですね。ちょうどいい本が あったのを思い出しました。少々お待ちください」
そう言うと永寿様は、にこにこと笑顔を浮かべたまま一度部屋を出ていった。
よかった。
本ならば皿より重いとはいえ、たかが知れているし、皿が割れていく様を見るたびに申し訳なさが積み重なるという思いをしなくても済む。
「……おい」
「はい?」
「気をつけろ。あいつはあぁ見えて──鬼畜だ」
「…………は?」
それからすぐに、永寿様は良い笑顔で現れた。
極厚の辞典を抱えて……。
「こんなの頭に載せたら首が折れちゃうじゃないですかぁっ!!」
「大丈夫ですよ、蘭の首なら」
「どういう意味で!? 私なら丈夫だから折れないってこと!? それとも私なら折れても問題ないってこと!?」
「ふふふふふ」
「永寿様ぁぁああああ!?」
あ、あれ? 個々の唯一の良心、どこ行った?
「言ったろ? 永寿は鬼畜だって。諦めろ蘭。永寿、後は頼んだ。私は此度の登安の復興進行についての報告書を制作するため、少し部屋にこもる」
「登安の復興、ですか?」
景天様の言葉に反応を示す私に、景天様が頷く。
「あぁ。これからある一定の期間、私が個人資産を用いて登安の援助をすることになった。壊された家を補修する人材や新しい農機具、食料、金銭的援助……。とりあえずの基盤ができるまでは、な」
それだけの援助があれば、登安の復興も早いだろう。
よかった。
景天様、その後のこともきちんと考えてくれていたのね。
「じゃ、そういうことだから、永寿、何かあれば部屋まで来てくれ」
「はい」
「蘭、しっかりな」
「はへ!?」
そして景天様は私を見捨てて部屋を颯爽と後にした。
「さ、蘭。もう一度」
「いやぁぁあああああああ!!!!」