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第24話 景天視点


「で、どうでしたか? お二人での逢瀬は」

「馬鹿言うな。謁見に必要なものを買いに出かけただけで、これも仕事の内だ」

「必要なものにしては可愛らしいうさぎのぬいぐるみを抱いていましたね、蘭」

「うぐっ……」


 くそっ、痛いところをつく男だ。

 だが断じて逢瀬などではない。


「蘭、とてもうれしそうに帰って来ましたねえ」

「うぐ……い、良いだろう別に!! 報酬だ!! 報酬!! 報酬の追加だ!!」


 我ながら苦しい言い分ではあるが、おそらくこの私が唯一頭の上がらない男は全てわかっていてからかっているのだろうから、相手にしていてはこちらが疲弊するだけだ。

 まったく、うさぎなんぞどうでも良いだろうに。


「ごほんっ。それよりどうだった? 登安の方は」

「えぇ。しっかりと人員を配置し、物資も大量に持ち込み、復興に向けて動き始めました」

「そうか、よかった」


 永寿には登安の復興支援の指揮をまかせ、朝から登安へ行かせていた。

 賊に壊された村の建物を直すための人員の配置と、物資支援。

 雇った大工や兵と共に食料や木材もすべて運び、あらかじめ渡していた私の指示書をもとに復興指揮をする。


 疲れただろうに、こいつは律儀にも即日報告書を書いて夜遅くに持ってきた。

 真面目か。

 いや真面目は良いが私は寝るところだったので正直勘弁してほしい。


「すぐに元通りとはいきませんが、新しい農具も揃い、荒らされた畑を耕す準備もできましたし、また新しく作物を育てれば、少しずつ生活の基盤も整うでしょう。それまでは都に食料を買い付けに行って何とかしのぐとのことなので、少しでもこちらで援助を続けていければと思います」


「あぁ。そうだな。当面、農作業などの手伝いに人をやろう。ある程度の支援を期間を決めてしていくことを伝えてやってくれるか?」


「わかりました、そのように」


 一回手伝ったからといって、復興状況はたかが知れている。

 ある程度の生活のめどが立つまでは、金銭的援助だけでなく人員派遣援助もしていかなければ、生活は立ち行かないだろう。

 とはいえ、手を貸しすぎたり、いつまでもだらだらと援助を続けていては、それが当り前の日常となって発展を逆に停滞させてしまう。

 村人が暮らしていける最低限度の生活援助に留めるべきだ。


「蘭の衣装は無事購入出来ましたか?」

「ん? あぁ。……あの強情娘、お題は私が払うというのに、自分で払うと聞かなくてな。結局自分の報酬で賄いおった」


 正直、おもしろくない。

 私がむすっとため息をつきながら言うと、永寿は一瞬目を丸くしてから、やがて「ぷふっ」と吹き出した。


「っふふふ。さすが蘭です。どうせ店内で押し問答でもして、蘭が訳の分からない理由でごり押ししたうえお金を置いてさっさと景天様をひっぱって店から出たのでしょう?」


 こいつ見てたのか?

 あらためて側近護衛の勘の良さに恐怖を感じる。


「まぁ、そんなところだ。せめて何か贈らないと示しがつかんだろう? 扇も結局あの小娘が自分で買ってしまったしな」


 あいつは欲というものが無いのか。

 買ってやると言っているのに全力で拒否してくる。

 あれか? 嫌われているのか?


「……なら飾りは?」

「は?」

「衣装と扇の最低限のものしか購入していないのでしょう?」

「ぁ…………」


 そういえば何も買っていないな。

 今日買ったのは服と扇と、それから────うさぎ……。


「かんざしの一つでも買えばよかったのに」

「うっ……」


 今まで女性と関わることもそこまでなかったのもあるが、飾りなんぞ気にしたことが無かったからそこまで頭が回らなかった。

 礼儀として最低限度の格好を、としか思っていなかったから、最低限度のものしか買っていない。

 そうか。かんざしか。

 そういえば蘭の髪は長く美しい銀髪だったな。

 いつも無造作に手櫛で解いているようだが、綺麗に整えればかんざしがさぞ映えることだろう。


「……待てよ? 確かあれが──」

 私はあるものの存在を思い出すと、部屋奥の戸棚を開けごそごそと漁り始めた。

 そして奥の方に突っ込んだままになっていた、古い箱を取り出した。


「それは?」

「……これを、蘭にやる」

 そう言って箱をそっと開けると、中から出てきたのは朱と金であつらえられた美しいかんざし。

 桃の花の飾りがしゃらりと揺れ、愛らしくも優美なそれを見た永寿が、大きく目を見開いた。


「っ、それは……景天様のお母上の……!!」

「あぁ。形見だな。唯一の。だが私がもっていても使うことなくこのように戸棚の奥にしまているだけだし、蘭にでも使ってもらった方が母上も喜ぶだろう」


 母上の私物は、母上が亡くなってすぐに着物から書物まで全て処分され、一人息子である私は身一つで市井に送られた。

 唯一このかんざしだけだ。

 あとから自ら護衛になると私を追いかけてきた永寿によって届けられた、このかんざしだけが、私と母を繋ぐものだった。


 母上は、亡くなる少し前にこうなることを予想して、自身の信頼する老師の弟子であり、若くして護衛資格を得た永寿にこれを託したのだろう。


「ま、これを見た兄上は、複雑な心境にはなるだろうがな」

「はぁ……。まったく、あなたという人は……」

 呆れたようにため息をつく永寿に視線を移すと、私はにやりと笑って再び口を開いた。

「明日から蘭に所作指導と礼儀指導を頼む。とんでもない山猿だから、厳しく躾けてやってくれ」


 兄上への謁見が終われば、私の使いで宮中に入りやすくもなる。

 外朝も後宮も、ものは違えどどちらも魔物が多く棲む場所。

 いざという時、彼女が取り込まれてしなわないように、万全にしておきたい。

 私の言葉に、永寿が真剣な眼差しでうなずいた。


「わかりました。そのように──」



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