「邪魔をする」
「いらっしゃ──あら、
けいう?
誰?
店に入って景天様を見るなりにそう聞きなれない名前で景天様を呼んだ壮年の店主に、私は首をかしげた。
地方ならまだしも都で皇弟である景天様を知らないだなんて。
「あの、この方は──」
「久しぶりだな、
「へ?」
訂正しようとする私の言葉を遮って、景天様が店主に愛想のいい笑顔で言った。
まるで黙っていろ、と言わんばかりに背にかばわれて、私は口をつぐむ。
「はい、おかげさまで。それで、今日はどんな御用で?」
「あぁ、私の部下の正装を仕立ててもらいたくてな」
そう言ってちらりと私の方を見る景天様に、店主が目を輝かせた。
「んまぁっ!! 女性のみで官吏だなんて、すごいわっ!! 優秀なお方なんですねぇ!!」
「ははは、これからですよ。だが見ての通り田舎から出てきたばかりの山猿なんでね。きちんとした正装を持っていないとと思って来たわけさ」
…………山猿って私!?
くっ……景天様、人前だからって言いたい放題……!!
「そうですの? 正装でしたら、あちらの奥の方に反物をそろえてありますので、ごゆっくりお選びくださいまし」
「あぁ、ありがとう」
景天様が言うと、店主はひらりと身を返して、また作業スペースの方へと戻っていった。
「……」
「……」
「……で、何なんです? 景羽って。天下の景天様が偽名ですか?」
じっとりと横目で見つめる私に、景天様が苦笑いした。
「そんな顔するな。景天は市井に落とされ、市井で育った身だが、皇帝の血を継いでいるからな。身を守るためにも、身分を偽り名前も変えて生きてきた。景羽として馴染んだ場所では、今はまだ景羽として接しているだけだ。景天としてはあまり市井に出ることはないから、彼らは私が景天であることも知らないしな。昔から知る景羽が出世して官吏になったと思ってもらっている」
身分を隠すことは、生き残るためには必須だったのだろうけれど、なんだか複雑な気持ちだ。
「さ、とっとと選ぶぞ。時間は有限なんだからな」
「あ、はいっ……!!」
私は景天様の後をついて、奥の方へと小走りで駆けて行った。
「これなんてどうでしょう?」
「地味だ。もう少し柄のあるものを選べ」
「こ、こっちは!?」
「色が無い。何で黒なんだ。喪服か」
「これならどうだぁぁああっ!?」
「それは男物の柄だ馬鹿」
店に入ってどのくらい経っただろうか。
さっきから私が選んだものは景天様によってことごとく却下されている。
「もうっ!! どれならいいんですかっ!!」
これじゃまるで私の感性が絶望的に悪いみたいじゃないか。
半ば自棄になった私が言うと、景天様はふむ、と少し考えてから、そこらかしこにかかっている反物を眺めた。
「そうだな……。これが内衣。
内衣に白、襦裙に朱色と黒、帯は黒で帯締めが金。
鮮やかすぎず、だけど地味でもない色合い。
正直、私なんかよりよっぽどセンスがいい。
だけどとても──私に似合うとは思えない色だ。
「美しい姉様なら似合うと思うんですけど、私には似合いませんよ、こんな綺麗な色」
地味な色合いの方が私には似合う。
華やかで暖かな色合いの似合う姉様が着れば、さぞ美しく場を魅了するだろうに。
「……君は馬鹿か?」
「は!?」
喧嘩売られた!?
「いや、アホだな」
「んなっ!?」
次々飛び出してくる悪口に、私が全として口をパクパクとさせると、景天様は再び口を開いて続けた。
「君は君でしかなく、蓉雪皇后ではない」
「っ……」
「君は蓉雪皇后にはなり得ないし、蓉雪皇后もまた、君にはなり得ない。君は君だ。他と比べるもんじゃない」
「景天様……」
比べたつもりはなかった。
だけど、改めて考えてみると、私は常に『姉様ならば』を考えていたことに気づく。
無意識のうちに何をするにも姉を思っていたのは確かなのだ。
「景天さ──」
「私は似合うと思うぞ? 綺麗な色」
「~~~~~~~~~~っ!!」
この人たらしめ……。
私は熱くなる頬を隠すように景天様から背を向けると、小さく「これにします」と言った。