「いらっしゃいいらっしゃい!! 良い毛布取り揃えてるよー」
「備蓄用の薪はいかがかね? 今年は寒波がやってくるらしいよ」
「暖かい敷物入荷したばっかりだよー!! 見ていってー!!」
あちらこちらから冬支度を促す声が飛び交う。
賑やかな町の中心部は、幼い頃見ていた景色と同じ。
活気にあふれ色づいて見える。
だけどそこを一歩離れれば色の無い、薄暗く寒い世界もあるのだということも、今の私は気づいている。
幼い頃は知る由もなかったけれど。
「もう冬支度なんですねぇ」
「秋がきたばかりだというのにな。屋敷の者たちも忙しくしているようだ。もうしばらく大丈夫だと思うんだがな」
「主の調子を整えるために先回りして準備をしておくのが使用人ですからねぇ。優秀な人材がそろってるってことですよ」
もともと裕福な商家だったうちには、片手で足りるほどだけれど使用人がいた。
とても優しくて、気さくで、いつも私たちのことを考えてくれて、大好きだった使用人たち。
家を出て逃げる数日前に父様が解雇して、皆バラバラになってしまったけれど……。
元気でいてくれたならと思う。
「都の中心地には?」
「昔都に住んでいた時以来です。それからずっと曽蓉江にいましたし、景天様に会いにここに来た日もわき目もふらずに薬屋を探していたので、そんなにじっくり見ることもなくて。……ふふ。でも変わってませんね、ここも」
私がそう言うと、景天様はじっと市場の様子を眺めてから目を細めた。
「あぁ。良いも悪いも変わらない。だからこそ私は、皇帝として変えていきたい。この賑わいの裏の静寂を」
「景天様……」
景天様のこれまでは、恐らくこの賑わいの裏側だったのだろう。
だからこそわかる、この国の現状。
私も、表と裏を平らにする手伝いが出来たなら……。
「さ、着いたぞ、ここだ」
いつの間にかついてしまった仕立て屋の前で、景天様が少しばかり古びた看板を見上げて言った。
「老舗だけに、良いものが揃っている店だ」
うわぁ……高そう……。
外から見るだけでも色とりどりの反物がずらりと並んでいるのが見える。
「綺麗ですね」
こんなにも煌びやかな衣がたくさん並ぶ店は久しぶりだ。
それこそ、都に住んでいた時以来。
「どこもこんなもんだろう?」
「いいえ!! 曽蓉江の仕立て屋は実用性重視で色は地味だし、種類も少なかったですもん。それに何より、私や姉の服はだいたい老師のお手製でしたし」
「老師が!?」
私の言葉に景天様が目を丸くして声を上げた。
「はい。手作りでした」
老師は手先がとてつもなく器用だ。
武器の製造から薬の調合、それに裁縫まで何でもこなす。
料理の腕も素晴らしかった。
……羨ましい。
「あの冷徹な暗殺者が……。……親馬鹿だな……」
「老師は訓練は鬼のように怖かったですけど、とっても心ある優しい人ですよ」
まぁ、合言葉のセンスは最悪だが。
だけど父母のことを嘆き悲しむよりも前を向いて生きていけたのは、老師が落ち込む暇など与えないほどにたくさんのことを教え、たくさんの話をして、私達と関わってくれたからだ。
私や姉にとっては、やっぱり老師は第二の親、なのだろうと思う。
「……景天様」
「ん?」
「謁見が終わったら、一度曽蓉江に顔を出しに行っても良いですか?」
すこしばかり、会いたくなってしまった。
まだ曽蓉江を離れて日も浅いというのに、こんなことを言ったら「早い」と笑われてしまうだとうかと思ったけれど、景天様から返ってきた言葉は、想像していたものとは全く違うものだった。
「良いんじゃないか? 老師に会いに行って来たら」
「へ? い、いいんですか!?」
予想していなかったほどに穏やかな表情を浮かべてそう言った景天様に、思わず間抜けな声が出た。
「むしろ会っておいた方がい。会える人間には、会えるうちに、な」
真剣な紫紺の瞳がまっすぐに私を映した。
その言葉は何を思ってのことなのか。
もう会えぬ母君か。
それとも────。
「さ、帰るぞ。他にもいろいろ見て回るものもあるんだ。さっさと決めてしまおう」
そう言って景天様は店の中へと足を踏み入れた。