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第20話 対価

「──正装、ですか?」


 円卓で朝食をいただいていると、突然問われた言葉に私は箸を止めた。


 そんな私のことなど気にすることもなく、景天様は小さな魚を口に運んで咀嚼する。

 優雅な所作はたとえ市井に追放され、市井で育ったとしても、永寿様が丁寧に教え込んだのであろう。

 が、今はきちんと認められた皇弟であるにもかかわらず、食事はそんな豪華なものではなく、いたって普通の食事だ。

 味はどれも絶品だけれども。


 そして口の中のものをごくりと飲み込むと、再び私に視線を移してから口を開いた。


「兄上に此度の件を報告したら、お前をいたく気にされてな。女の身でよく耐えたと労いたいと、謁見の許可をくださったんだ。よかったな。存外謁見が早くに叶いそうで」

「うへぇ……」


 そりゃ嬉しいさ。

 目標に一歩前進したんだもの。

 だけど、まさか謁見の場で聞くわけにもいくまい?


『姉様は何で死んだんですか?』

『何で葬儀に読んでも下さらなかったのですか?』

 なんて……聞けない。いや、聞いちゃいけない。絶対。


 私は突然のことに反応に迷っていた。

 こんなに早くに達成されるなんて思ってもみなかったから、戸惑い半分、喜び半分というのが正直なところだ。


「まぁ、女性一人で賊を一掃したと聞いたら興味も沸くだろうが……、何分にもあまり表情の変わらない人で、考えが読めん。気を付けるに越したことはないな」

「……はい……って……まさかそのまま伝えたんですか!? 私が全部倒しちゃったって!? 馬鹿正直に話しちゃったんですか!?」

「仕方なかろう? 目撃者が多すぎたんだ。私と永寿だけならまだしも、兵たちもその場を見ているし、何より賊たち自身が生きた証言者だ。報告と供述の内容が違えば、後々問題になる」

「うぐ……」


 何も言えない。

 確かに、後から虚偽報告がわかってしまったほうが面倒だ。

 今後の信用問題にもつながるだろうし。


 つまり、私がやらかしてしまったがゆえに、景天様は手柄を私に持っていかれることになってしまったというわけだ。

 激しく申し訳ない。


「あ、あの、なんか……すみません」

 私の目的を達成するためとはいえ、私は景天様の野望に協力する立場だ。

 そのためにここにご厄介になっている、いわば居候。

 そんな私が主そっちのけで功績を立てるだなんて……なんてこった。


「別に君が気にすることではない。それに、私の指示によるものだという事実は変わりない。君は私の指示でアジトに潜入し、必要に応じた対応をした。つまり、私の功績でもあるというわけだ」


 おぉ、ぬかりない。

 さすが景天様。

 謝って損した。


「日時は陛下の都合の付き次第、追って知らせるとのことだが、準備はしておかねばならん」


 なるほど、だから正装っていうわけか。

 だけど──。

「謁見、この服じゃだめですかね? 正装なんて今まで必要なかったから持ってなくて……」


 姉様の結婚式でもあれば仕立てただろうが、あいにく結婚式は私は呼ばれていない。

 国内の高官と、国外の王侯貴族が朝廷に集まり、会が開かれたことは知っているけれど。

 それどころか姉様は私に皇家に近づいてはいけないと言っていた。

 皇后の妹としてではなく、曽蓉江の蘭として、平和で幸せな日々を送りなさい、と。


 どこにいても私は蘭で、姉様の妹に変わりはないのに、とその時は思っていたけれど、今ならそれがどういうことか、少しだけわかる気がする。

 権力に群がる者、権力を嫌煙し陥れ、滅ぼそうとする者。

 その両方から私を守ってくれていたのだろう。


「ふむ……。さすがに普段着で皇帝に謁見するわけにもいくまい。……よし、蘭。朝食後、出かけるぞ」

「へ? どこに……」

「決まっているだろう。都の中心地だ。君の正装服を仕立てる」


 仕立てる……って……。

 正装服がいくらすると思ってんだこの人。

 すんごく高いんだぞ!?


「そんなお金、私持って──」

 刹那、どしり、と私の目の前に大人の男性の拳サイズの麻袋が投げ出された。


「これは?」

「此度の報酬だ。受け取りなさい」


 手に取ってみるとずっしり重い。

 中を覗き見ると、中には金貨が大量に敷き詰められていた。


「!? こんなに!?」

「妥当な報酬だ。受け取ってもらわねば困る」


 無理ぃぃいいいっ!!

 こんな大金、正装服を買っても大量におつりが来るわ!!


「ちなみに服の金は別で私が支払おう」

「はぁぁっ!?」

「では、私は支度をしてくる。食べ終わったら君も支度をしてから厩に来てくれ」


 そう言い残すと、景天様は立ち上がり、広間を後にした。


「うそぉ……」

「ふふ、すみません。言い出すと聞かないんです、あの人」

 それまで苦笑いを浮かべてから成り行きを見守っていた永寿様がそう言って、そっと箸をおいた。


「だけど、それだけあなたの力を認めているのは本当です。私は雑務で離れますが、お二人で楽しんできてくださいね」

 それだけ言って、永寿様もにっこりと笑ってから部屋を後にした。


「えぇー…………」







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