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第16話 夜更けの来訪者

「皆様、本当に……本当にありがとうございました……!!」

 頭を下げて私たちに感謝を述べる村長の後ろには、たくさんの村人たちが顔をそろえて同じように頭を下げた。

 なかには小さい子供や妊婦、そして赤子抱っこした女性の姿まで……。


 いつ襲われるかわからない毎日の中、きっとずっと不安と恐怖に襲われていただろう。

 そんな思いが今日で終わったのだ。

 これからは明るい未来を過ごしてほしい。


「うむ。都に戻ったら、村に支援物資を送るように指示しておこう。当面の生活に困らないもの、木材、大工道具、それに家を修復するための人員も手配しよう」

「あぁっ……景天様……何と慈悲深い……!! 本当にありがとうございます……!!」


 この外面はぎ取ってやりたい。

 都に戻ってからも景天様にこき使われるのが確定している私としては、身が重く感じる。


「蘭様、永寿様も。本当にありがとうございました……!!」

 そう言って私達にも頭を下げた村長に、私と永寿様が顔を見合わせてから苦笑いした。

「気にしないでくださいってば。これからまた、村の復興、頑張ってくださいね!!」

「はい……!!」


 村長が私と永寿様にこれでもかというほどに頭を下げて謝罪をしてきたのをなだめるのは至難の業だった。

 自分のせいで無関係の私たちが傷物になるかもしれない。

 そんな恐怖を抱えながら待っていてくれたのだろう。

 私たちが村長の家に帰ってきた時には、夫人と共に目にいっぱいの涙を浮かべていたものだ。

 そんな心根の綺麗な彼らが、これからもっと幸せな時を生きられるようにと心から願う。


「──それでは皆、出発する!!」

 景天様はそう言うと、自身が乗っている馬の横腹を足で軽く蹴って村長に背を向け進みだした。

 私と永寿様も村長に頭を下げ挨拶をしてから、その堂々と前を行く背を追う。

 私たちの背後からは幾人もの兵と、賊を乗せた檻馬車、そしてそれを挟むように残りの兵が続いた。

 行きはこじんまりとした小人数。

 だけど帰りは捕縛した賊やかけつけた兵たちも合わさって大行列を成して、私たちは都へと帰還した。


 ***


 景天様の屋敷に戻ってきてすぐに、景天様は永寿様と共に賊を連れて朝廷に向かわれた。

 私も一応景天様の側近という扱いだし、当然お供するものだと思っていたけれど、景天様は一言「君は残ってゆっくりしていなさい」とだけ言ってから、そのまま行ってしまわれた。


 かわりにしばらくして現れたのは、都の女性医官だった。

 そして医官の指示で女官によって服を剥かれ、全身くまなく観察されてから診察を受けることになったのだ。


「っはぁ~~~~……。疲れた……」


 全ての診察を終え、身を清めてからようやく自室の寝台へと飛び込む。

 ふかふかの布団に顔を埋めれば、そのまま溶けてしまいそうなほどに気持ちいい。

 もうここから動きたくない。


「もう……なんあのよ一体……」

 真面目な顔をして話してくれたと思ったら冗談みたいに……。

 かと思えば、私の身を心配してくれるかのように女性医官まで派遣して……。


『──君は、私のものだ』


 私の脳裏に響く低い声。

 あぁ……身の程をわきまえず一瞬でもときめいた私がバカだったわ。


 私がもふんと再び布団に顔を埋めたその時──コンコンコン、と小さく戸を叩く音が響いた。


「誰かしら、こんな夜更けに……。はーい」

 首をかしげながらも身体を布団からのそりと起き上がる。

 そして叩かれた扉を開けると、そこには複雑な表情をした永寿様が立っていた。


「永寿様? お戻りだったんですか?」

「えぇ。つい先ほど。すみません、夜分に」

「いえ……」


 帰ってきたこと、全然気づかなかったわ。

 ってことは、景天様もよね?


「わ、私すぐに着替えてご挨拶に──」

「その必要はありませんよ」

「え?」


 主人が帰ってきたというのがわかっているのに挨拶にもいかずに部屋にいるだなんてよろしくないのではないだろうか?

 そう思って、着替えるために室内に戻ろうとした私を、永寿様の手が止めた。

 私の腕をつかむ大きな手は、私の頬に触れた景天様のものとはすこしばかり違って、所々が突っ張り、まめで硬くなっていた。

 私と同じ、武術に生きてきた手だ。


「あの、でもご挨拶──」

「景天様は、朝廷での報告と賊の引き渡しを終えてから、後宮で皇帝陛下と会食をすることになりまして……。ご兄弟二人だけで話すことでもあるのでしょう。私だけ、先に帰されました」

「えぇ!? それ、大丈夫なんですか?」


 いくら兄弟とはいえ、皇帝になろうと画策する景天様だ。

 皇帝がそんな野望の可能性を注視していないとは限らない。

 もしなにかあったら……。


「大丈夫ですよ。あぁ見えて景天様は強い。それに、あの皇帝陛下が景天様を手にかけることなど、あるはずがない」

「え……?」


 皇帝が景天様を手にかけることはあるはずがない?

 お二人の関係の複雑性はもちろん、皇帝と景天様の仲自体あまり良くないということは推測していたのだけれど……それは違うってこと?


「まぁ……そうなりますよね。……少し、お時間よろしいですか?」

「え? あ、はい。ここではなんですし、どうぞ中へ」

 私が室内へと促すと、永寿様は僅かばかりに躊躇しながらも「……失礼します」と一言断ってから部屋に足を踏み入れた。


「……」

 向き合って椅子に座ると、妙な緊張感が過ぎる。

「……すみません。夜更けに女性の部屋を訪ねるだけでも失礼なことなのに、部屋の中にまで……」

「い、いえ、大丈夫です!! 永寿様ですし!!」


 忠誠的な美しさを持つ永寿様は男性と感じることもないし、何より、まだ出会って間もないけれど、信頼できるお人柄だということはわかる。

 どこかの情緒無視、人の心無視、からかってばかりのお方とは違う。


「ふふ。ありがとうございます。……蘭。まずは謝罪をさせてください」

「謝罪、ですか?」

 私が首をかしげると、永寿様は私に向けて深く頭を下げた。

「村では、きちんと守ってあげることができず、申し訳ありませんでした」


「え、ちょ、何言って……あれは私が勝手に逆上しちゃって……」

「私がついていれば、あんなことにはなりませんでした」

「それは……。でも、永寿様のせいじゃないですよ」


 確かに永寿様がそばにいたならば、何があっても私が逆上する前に私を止め、相手の気を逸らして時間を稼いでくれたことだろう。

 だけどアジトに入ってすぐに、私は頭に目をつけられてしまっていたんだから、最初からやりようなどなかったのだ。

 あの場では私が話を引き延ばすことに注力する以外なかったのだ。


「そ、それより、お話って何でしょうか? まさか謝罪がお話ってわけじゃないですよね?」


 これ以上この話題を引き延ばしていても永寿様の罪悪感が消えるわけではないし、私も、悪くない永寿様にいつまでも気にしてほしくはない。


「あ、あぁ。……実は、景天様のことで……」

「景天様の?」

「えぇ。……率直にお聞きします。あなたは、景天様がお嫌いですか?」

「!?」


 ためらいなく尋ねられた言葉に、私は思わず目を見開いた。


「………………嫌い、じゃあないです」

 それが率直な問いかけ。

 ならば私も、素直に答えなければならない。


「……嫌いではないですが、信頼は────してもいいのか、してはならないのか、今の私にはまだわかりかねます」

 景天様を信頼しているから彼についているのではない。

 それが自分の目的を遂げるためであるからここにいるのだ。


「……そう、ですか。まぁ、出会ってまで日もない。当然といえば当然です」

「そ、それもそうなんですけど、あの方、すぐにからかいますし……どれが本当のお言葉なのか、私には皆目……」


 真剣な言葉を紡ぎ出したと思えば、冗談に塗り替えられ、ごまかして、心を許して良いのかと思えば次の瞬間にはそれが遠ざかるかのようだ。


「……」

「……」

「……少し、昔の話をしましょう」

「え?」


 穏やかに笑って、永寿様が窓の外を眺め、そしてゆっくりと口を開いた。







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