「────で? 押し倒されて姉のことを侮辱されて? 手を出した、と?」
「うっ……」
「騒ぎを聞き駆けつけた下っ端諸共ものの数分で?」
「うぐっ……」
「私が来るから話を少しでも引き延ばそうとは思わなかったのかな?」
「ぐぐぐぅっ……」
悔しいことに何も言い返すことができない。
あの後すぐに、私は襲い来る下っ端たちを一瞬にしてうちのめし、最後の一人も動けなくした直後、アジトに景天様が兵を率いて現れた。
私が頭に押し倒されたから数分。
そのたった数分を少しでも話を引き延ばしていたならば、景天様は間に合い、当初の予定通りに
そうすれば景天様の思惑通り、景天様の手柄になっていただろうに……。
朝廷内での景天様のお立場はとても複雑だ。
母親が市井の出であること、そしてかつて市井に落とされ平民として育ったということから、彼の地位評価は低い。
そんな景天様の評価を上げるせっかくの好機を逃してしまったのは、本当に申し訳ないと思うので、とりあえず私は先ほどからひたすら村長の家で床に這いつくばり特技『美しい土下座』を披露している。
「こ、この度は大変申し訳なく……」
もはや何の言い訳もするまい。
下っ端に関しては完全なる正当防衛ではあるけれど、頭の言葉に血をのぼらせてやっちまったことがそもそもの原因だ。
「……」
「……」
沈黙が部屋を支配する。
傍らでは永寿様が私たちの様子を静かに見守っている。
「………………蘭」
やがて沈黙を破った景天様が、静かに私の名を呼んだ。
「へい」
噛んだ。
「……何故、待たなかった?」
「っ……」
きつく問い詰めるでもなく、怒り散らすでもなく、ただ静かなる問いかけが頭上から降り注ぐ。
「────私が、信じられないか?」
「!!」
葉っと息を呑み顔を上げると、真剣な眼差しが私を見下ろしていた。
「私が、君を助けないと? 君を見捨てて、全てが終わってから現れ、自分の英雄譚のために君を悲劇のヒロインに仕立て上げようとしている、とでも思ったか?」
「っ……!!」
図星だ。
景天様はきっと間に合わない。
ご自分の野望のため、最も感動的で効果的な演出をするべく行動する。
──そう決めつけていたのは事実だった。
「……私は、私が信じた者を見捨てるほど、薄情な皇帝になる気はない」
そう言うと、景天様は、膝をついてから私の頬にそっとその大きな手を添えた。
ゆっくり、自然と顔が引き上げられ景天様のその端整なお顔が間近に見えて、何だか時が止まったかのように感じる。
吸い込まれそうなほど綺麗な紫紺の瞳がまっすぐに私を見つめた。
「忘れるな。私は君の面倒は最後の最後まで見る気でいる。────君は、私のものだ」
「~~~~~~っ!?」
どくんどくんと鼓動が大きく胸を打ち付ける。
は? え? ど、どういうこと?
私は、景天様のもの?
って……それ……それって……。
まだ家族と都に住んでいた頃、旅芸人の演劇を見たことがあった。
その劇中に男性が女性に「君は俺のものだ」と言って思いを告げる場面があったのだけれど、まさかあれ!?
その言葉の意味に思い当たった瞬間、顔から火が出そうなほどに熱が上昇するのを感じた。
「け、けけけけ、景天様!? あ、あの、えっと……」
まずい。
こんな時何を言っていいのかわからない。
だってこんな……恋愛とか……し、知らんがなぁぁぁああっ!!
私がどもりながら言葉を探していると、景天様は私の頬から手を引いてゆっくりと腰を上げ、悪い笑みを浮かべてこう言った。
「故に、私の手足となり、しっかりかっちり働いてもらわねばな。さて、賊の輸送準備も終わったころだろう。都に帰るぞ」
「………………は?」
そう言って景天様は、呆然とする私に背を向けると、颯爽と村長の家から出ていってしまった。
「な……なんなのよぉおおおおおおおおおっ!!!!」