「お、送り届けてまいりました……!!」
「あぁ、ごくろうだった」
永寿も蘭も、無事アジトに潜入できたようだな。
気を見計らって永寿が内部情報を報告してくるだろう。
こちらも賊に悟られぬよう、20人程の小人数の部隊をこちらに向かわせている。
追加10名をいつでも襲撃可能な状態に準備で都の西門に待機させ、永寿の報告次第で追加要因として呼び、一気に討つ。
厳選した兵たちには私が選んだ早馬を与えてある。
都からすぐのこの村であれば、そう時間がかかることなく合流できるだろう。
「あぁぁっ……!! 私はなんということを……!! お許し下さい……お許しくださいぃぃっ……!!」
へなへなと床に膝をつき項垂れる村長は、おそらく全くの善の者なのだろう。
自分が蘭と永寿を送り込んでしまったことで、二人に危害が及ぶことを案じ、後悔しているのだろう。
だが────。
「案ずるな。あれは……彼らは、大丈夫だ」
永寿はうまくかわしながら手玉に取るのが得意だ。
男たちに酒を進めつつ、危険を察知すれば即座にそれを回避する。
問題は…………。
出会ったばかりの彼女の性格を、私もまだまだ把握しきれてはいない。
だが馬鹿ではない。
知識もあり、頭の回転も速い。
そして何より、姉の死の真相を知るという目的遂行のためを第一と考えている。無茶はせんだろう。
永寿が付いていれば、蘭に触れようとする者の気を逸らしてうまく助けてくれるだろうし、万が一危険にさらされたとしても、永寿がいる。
問題はないはずだ。
「必ず無事に帰ってくるさ。信じて待っていてやってくれ。夜明けは──すぐだ」
そう伝えた私を見上げると、村長ははっと息を呑んでから「はい……!!」と深くうなずいた。
その時──コツンコツン。
「!!」
窓をつつく硬い音にそちらへ視線を向ければ、漆黒のカラスがくちばしで窓をつつき、その小さな黒い瞳でこちらをじっと見ていた。
細長く尖ったくちばしには、一枚の紙切れがくわえられている。
「猫々!!」
すぐに窓を開けると、猫々は私の手のひらへとくちばしにくわえていた紙を落とした。
「永寿からだな? ご苦労だった」
猫々にねぎらいの言葉を述べてからその紙に視線を移すと、永寿の字で走り書きのような短い文字が書かれていた。
“頭1、補1、下15”
内部の人数と役割だ。
「ふむ……この人数ならば、今いる隊で事足りそうだな。村長、紙を」
「は、はいっ……!! これに……!!」
私の指示に、村長がすぐに紙と筆を持ってよこすと、私はそれにさらさらと指示を書き留めた。
“西門にて待機”
そうただ一言書いた紙を、再び猫々に差し出す。
「頼めるか?」
「カァーーーーッ!!」
猫々は大きくひと鳴きすると、私の手のひらの紙をくわえて再び夕闇の空へと飛び立った。
まったく、たいしたカラスだ。
蘭に出会ったその夜、私の部屋の窓を叩いたのは、一匹のカラス──猫々だった。
足首には文が括り付けられ、その文には延々と蘭についてが書き綴られていた。
元商家の娘。
両親を殺され、老師に助けられ、姉と二人で生きてきた故に、姉のことを一番に思い、慕っていること。
好きな食べ物は桃。
いつか食べてみたいものは、姉の文に書いてあった桃華饅頭。
嫌いな食べ物はない。腹が減れば草でも食べる。
老師の教えることのできる武術はほぼすべて教え込まれているということも、自分のことに無頓着で危機感が薄いことも。
彼女のこと、彼女を
そして最後には、こう書かれてあった。
“病気の進行があり、もう長くはない。私の代わりに、蘭の家族である猫々を、あの子の傍においてやっていただきたい。ただ、我が孫たちの幸せを祈る”
老師が大病を患って8年。
恐らく蘭や姉の蓉雪皇后には何も知らせていないのだろう。
8年前、胸の病を患っていることがわかってすぐに、老師は暗殺業から足を洗った。
余生はゆったりと田舎の村の自身の家で過ごすのだと言って我が元を去った老師が、その足で村に帰る途中に二人の女児を拾い育て始めたと聞いた時は、私は驚きすぎて翌日熱を出したものだが……。
あの冷徹な男が、あれだけ素直で真っすぐな少女に育て上げたのだ。
しかも。愛情をしっかりと注いで。
「あれがあなたの人生の集大成、か……」
老師がいつまでもつのかは、私にはわからない。
だがそう遠くはない未来、老師は逝ってしまうのだろう。
私はただ、老師に託されたあのおてんば娘を見守っていくことしかできないが、それが私を守り続けてくれた双刀の片割れへの手向けになればと思う。
「よし……。──出撃する!!」
私はすぐさま村長の家を出ると、村長宅の厩内に待機している部隊を引き連れ、山の中腹にあるアジトへと向かった。
***
ずいぶんと足場の悪い山をしばらく上ったところで、ちぐはぐな木材で作られた小屋が見えてきた。
「村の家を壊して作ったアジト、か……」
それをしても良心が痛まないのだろうか、なんて疑問はとうに捨てた。
痛まないから他人を傷つけるし、平気で踏みつけるのだ。
賊も朝廷の権力者も、結局は同じなのだと、私は思う。
弱者の立場に立つことができたならば、きっと誰も苦しみはしない。
「?」
物音に注意しながらそっとその小屋に近づくと、中から何やら大きな物音が聞こえた。
「一体何をしているんだ?」
ゴンッ!! ガンッ!! ドゴォオオオン!!
……いや本当、何してるんだ!?
おおよそ酒を呑んでいるような音ではない物騒な音が響きわたる。
「っ、全員、突入!!」
嫌な予感を察知した私はすぐに部隊に指示を出し、小屋へと突入した──!!
バンッ──!!
「蘭!! ……………………は……?」
何だこれは。
ぼっこぼこに打ちのめされた賊たちがそこらかしこに転がり、そのど真ん中では一人の少女が立ち尽くしていた。
その傍らでは頭を抱える永寿の姿もある。
目の前の信じられない光景に言葉を失うと同時に、狂気に満ちた異様な空間で立ち尽くしていた少女の大きな瞳が私のそれと重なった。
「景天、様」
「………………」
あぁそうだった。
私としたことがすっかり失念していた。
老師の手紙にはこれも書かれていたのだった。
この娘は────口より先に手が出る性格である、と。